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information:01 情報屋バニー・ラビット

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 ここはルフモ連合国・ホランド。公園通り821――

「追い詰めたぞ。この国は我々国家保安局が守る!!」

「げっ!? 待ち伏せかよ……」

 穏やかな公園通りの路地裏で指名手配犯が国家保安局に取り押さえられようとしていた。

「クソッ! がぁ! バラしやがったな!」

「貴様の言う通りこの逃げ道は情報屋から教えてもらった。もう逃げ場はない。袋のねず――」

 袋の鼠だ、と決め台詞を国家保安局の指揮官らしき人物が言おうとしたが、瞳に映る光景に思考が停止してしまい言葉を最後まで発することが叶わなかった。
 思考が停止したのは指揮官だけではない。待ち伏せをしていた局員七人とここまで追い詰めた局員十人の合計十七人全員の思考が停止したのだ。

 時間にしてニ秒。
 ――僅かニ秒、されどニ秒。強盗犯にニ秒もの時間を――猶予を与えてしまった事になる。

「な~んてなッ! 残念だったなぁ!」

 指名手配犯はほくそ笑みながら急上昇していく。
 翼を持たない人間が空を飛ぶはずがない。ましてや超能力や魔法など存在しない世界だ。
 ではなぜ指名手配犯は飛んだのか?
 その答えはバタバタと鼓膜を振動させるプロペラ音が教えてくれた。

「ドローンだ! 大量のドローンが奴を引っ張っている!」

 二秒の思考停止から一拍。指揮官が叫んだ。
 指名手配犯はドローンから垂れ下がっている縄梯子なわはしごを掴み急上昇したのだ。そしてこの場から脱せようとしているのだ。

「縄を、ドローンを撃て!」

 指揮官は必死に指示を出す。それに従う局員たちはそれぞれ銃を構える。

「――まぶッ!?」

 拳銃を発砲しようとした国家保安官たちの視界が強い光によって奪われる。
 この光は太陽の光。そして不自然に壁に取り付けられている鏡による反射光だ。

「撃てぇー! 奴に当たっても構わない! ここで逃すくらいなら殺してもいい!」

 指揮官は自棄糞やけくそに指示を出した。
 奪われたのは視界のみ。戦意や体の自由を奪われたわけではない。奪われた視界の中でも拳銃を発砲することくらいは容易い。
 だからこその指揮官の指示だ。ここで逃すくらいなら殺した方が良いと判断したのである。

 局員たちは拳銃を連射。銃声が穏やかな公園通りの路地裏に連続して響き渡る。

 標的は上昇するだけで激しい動きはない。さらに狭い路地裏だ。すぐに銃弾の一発や二発は当たる、とこの場にいる国家保安局の十七人全員は思っていた。
 それを確認する術はやはり視覚。銃弾が命中し悲痛な叫びでも上がれば聴覚で確認することは可能だ。しかし連続して銃声を聞いた直後ではそれは叶わない。
 だから視覚で――己の目で確認するため、指揮官は影に飛び込む。

「……逃げられた……か……」

 指揮官の瞳には太い額縁に飾られた一枚の絵画のような青空だけが映っていた。


 ここまでの逃亡劇を国家保安局と指名手配犯以外の者が視ていた。

「ンッンッ」

 ミニウサギだ。
 漆黒色の体毛と全てを吸い込むかのような闇色の瞳。
 小さな立ち耳と丸い尻尾、Y字の鼻が特徴的な黒いミニウサギだ。

 これ以外にもこの黒いウサギには特徴が――ウサギには不相応な特徴がある。
 カメラのレンズが付いた首輪をしているのだ。
 つまり逃亡劇を視ていたのはウサギではなく、このカメラを装着した人物ということになる。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇


 ルフモ連合国・ホランド。とあるビルの8階2号室――
 ウサギにカメラを装着した人物はここにいる。
 ここで今回の逃亡劇をウサギ型のプロジェクターで投影し、ドラマや映画を鑑賞するかのように観ていた。

「だからあれほど忠告したんだ。だけじゃ意味がないよ、って。十七人もいながら逃げられるだなんて、本当にマヌケだな……」

 まだ湯気が立っているブラックコーヒーを片手に不満を溢すウサ耳のカチューシャをつけた十歳くらいの幼女。銀色の髪は床に付いてしまいそうなほど長い。

 ウサ耳をつけた銀髪幼女の不満げな言葉とは裏腹に表情は実に満足そうだった。

「まあ、今回は四回もを訊きに来た依頼主様の大勝利ってことだね。当然の結果と言えば当然の結果だね」

 ウサ耳をつけた銀髪幼女はウサギ型のプロジェクターのスイッチを切った。そして飲み始めたばかりであろうブラックコーヒーを一口飲み、酸味と苦味を楽しみつつ喉を潤わせた。
 そんなウサ耳をつけた銀髪幼女に向かってため息まじりの言葉がかかる。

「大勝利なのはですよね。指名手配犯の……えーっと、誰でしたっけ?」

 指名手配犯の名を――ましてや依頼主の名を忘れているのは、肩までかかった薄桃色髪をした十八歳ほどの少女だ。眼鏡とフォーマルスーツでいかにも知的そうに見える。
 そしてもう一つ彼女には特徴があった。それは実りに実ったたわわだ。フォーマルスーツがはち切れんばかりに膨らんでいる。

 そんな知的そうで豊満な彼女は、人差し指で額を押しながら依頼主の名を思い出そうとしているが、一向に思い出せずにいた。それどころか「ぬん~、うぅ~ん」と唸るばかり。
 そもそも人差し指で額を押す行為で記憶の蓋が開くというのなら誰しもが毎回行うだろう。人間という生き物はそんな便利な機能を持っていない。
 それを知っている幼女は、呆れた表情を今もなお人差し指で額を押している少女に向けながら口を開く。

「……ロバート・J・デーモンドだよ」

「そう! それです! その彼、ロバート・J・デーモンドさん以上にの方がお金を頂いてるのですから」

 幼女に向かって叫ぶ少女。
 幼女と少女が発した言葉から分かる通り、彼女たちは国家保安局と指名手配犯に情報の取引した情報屋だ。
 彼女たちがいる事務所の玄関とビルの案内看板には『情報屋バニー・ラビット』という小さな表札が飾られている。
 見た目はどうあれ彼女たちは紛れもなく情報屋。歴とした情報屋だ。

 ちなみにウサ耳をつけた可愛らしい銀髪幼女が情報屋バニー・ラビットの社長である。
 見た目は十歳くらいの幼女だが年齢は不詳。生まれた年がわからないからという理由ではなく、彼女の大人びた発言や知識量が見た目と反しているという理由からだ。
 そんな年齢不詳の彼女の名はネーヴェル・クリスタルだ。という部分を強調しているので察していると思うが、この名は偽名である。
 彼女の本当の名を知るものは彼女の他にいない。否、ネーヴェル自身も知らないかもしれない。

 そしてもう一人の人物――鼻息を荒くしている薄桃色の髪の少女はネーヴェルの秘書兼助手である。
 名前はセリシール・S・パール。これは偽名でもなんでもなく彼女の両親から授かった正真正銘彼女の名だ。

「そうかな? 正当な金額だけど?」

 小首を傾げる幼女ネーヴェル。

「どこがですか!!!」

 と、今度は怒鳴りながら指を指した少女セリシール。
 彼女の指の先には黒を基調としたテーブルの上に大量に置かれた札束があった。

「一回の情報の取引で100万ベカって詐欺ですよ! 詐欺!」

 100万ベカのベカとはこの国――ルフモ連合国の通貨単位である。

「シールくん。ボクたちは詐欺師じゃない。情報屋だ。それに犯罪者から金を巻き上げて何が悪いというんだ?」

「いや……国家保安局からも100万ベカを……」

「そうだね。そこに並んでいる500万ベカのうちの100万ベカはからのものだよ。それが何か?」

 ネーヴェルは満面の笑みを向けた。幼女の満面の笑みだ。

「はぁ~、もういいです」

 幼女の満面の笑みほどの破壊力はどこにもない。鼻息を荒くしていたセリシールだったがその鼻息はため息へと変わり引き下がった。
 世界を平和にするのは国家保安局でも正義のヒーローでもない。幼女の笑顔なのかもしれない。

「知りませんよ。国家保安局に指名手配犯の協力者とか言われて逮捕されても」

 引き下がったセリシールだったが、最後に一言だけは言わせて欲しいと言った表情でその一言を発する。彼女なりの優しさがこもった忠告だ。

「そんなことは万が一にも億が一にもあり得ないな。ってもうこんな時間か。そろそろだなそうだ」

 ネーヴェルは壁にかけてある時計を見た途端、何か予定があるかのような口振りをする。
 その直後、一つしかない事務所の出入り口を水晶のような瞳に映す。

「そろそろって何がですか?」

 気になるセリシールは当然の如く、それが何かを訊いた。

「新しい金が…………客が来るんだよ」

「今、金って言いましたよね!? 言いましたよね!?」

「正確には言いかけただけだ。ギリギリ言っていない」

「それってもはや言ってるのと変わりないのでは? というか! なんでそれを先に言わないんですか!? お客様を招き入れる準備とか依頼を受ける準備とかこっちには色々とあるんですよ!」

「うん。知ってるよ」

「テーブルのお金とかもどうするんですかー! こんなの見たらビックリしちゃって依頼したくても依頼ができなくなっちゃいますよ! マフィアの事務所だと思われちゃいますよ!」

「ここはマフィアの事務所ではなく情報屋の事務所だよ。シールくん」

「わかってますよ! そんなこと!」

 そんなやりとりの最中にドンドンと扉が激しくノックされる。その音が事務所内に響き、二人の鼓膜を振動させた。

「あーもう! なんてタイミングに……ネーヴェルさんはお金を片付けてください。である私はお客様を案内しますから」

「……こんなにいっぱいボクの財布には入らないね」

「財布に入れずにそこの袋に入れてください!」

「シールくん。お金は大切に扱わないとダメだよ」

「今はそれどころじゃないです! お客様が来てるんですから!」

 大声で叫ぶセリシール。その声は扉の先の人物にも届いているという事は全く頭に入っていない。
 そのままセリシールは眼鏡の位置を直してから何事もなかったかのような表情をつくり、客が待っている扉をゆっくりと開いた。

「お待たせしました。どうぞ中へお入りください」

 扉を開けるセリシールの姿は、まさにできる女。先ほど彼女の口から発せられた超絶有能な助手と呼ぶに相応しい姿だ。
 そんな姿を真っ先に瞳に映した客――四十代半ばスーツ姿のオールバックの男は、自称超絶有能な助手の肩を激しく掴んだ。止めることのできない感情のままに掴んだのだ。
 そして命乞いをするかのように叫ぶ。

「頼む助けてくれ! 娘が! 娘がぁあ!」

 男は息も荒く、額は汗で光っている。それだけで切羽詰まっているのだろう。

「あっ、えっ、ふぇ!? お、落ち着いてください!」

「娘が殺されるー! 殺されるぅう!!!」

 情報屋バニー・ラビットに大きな依頼が舞い込む。
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