きっかけとその先に

天井つむぎ

文字の大きさ
上 下
2 / 28

日常

しおりを挟む
「ボールペン一点と消しゴム二点、コミックス二点の計五点で二千百六十円です」
「え……っと、じゃあ、二千五百円でお願いします!」
「承りました。……三百四十円のお釣りです」
 差し出された小さな両手から溢れないようお釣りを乗せると、二つ結びをした少女の目がキラキラと輝く。後ろには彼女の母親もいて、「良かったね」と娘に声をかけていた。
「お兄さん、ありがとう!」
「いえいえ、こちらこそお買い上げありがとうございました。こちら、商品です。またのご来店お待ちしていますね」
 商品を詰めたトートバッグを肩にかけた少女は、店を出てからもこちらを向いて手を振り続けてくれた。
「ありがとうございました」
「樫さーん、小さい女の子には慣れましたよね」
 トゲのある声が背後から聞こえ、肩が跳ねた。
「へ……っ、変な言い方はやめてよ坂下さん」
 なるべく笑顔を意識して答えるが、口角が引きつってしまう。
 日和に声をかけた少女は三つ編みの先を人差し指でクルクルと回している。その行為に意味は特にないのだろう。
 彼女に対しタメ口で喋っても大丈夫なのは、同じ青色のエプロンを身に着けているからだ。
「この書店に来店する女児が増えたのは事実です」
「じょ、女児って……」
 悪意のある言い方だが否定はできない。たしかに、学校帰りや親子で来店する小学生から中学生くらいの少女は増加傾向にあった。
 坂下がバイトをし始め、仕入れるジャンルや品数も幅広くなってきた。無愛想ながらも美人が滲み出ている紅一点の店員。本来の立ち寄る目的以外に彼女に憧れを抱く少女は多いはずだ。現に、さっきの少女もチラチラ坂下を見ていた。些細なきっかけが思春期の女子の来店率を上げたに違いない。
 おかげで日和もいい経験になっている。小さな女性客と接する機会はグンと増えた。
(確実に慣れたとは言えないけど、その辺りの年齢の子には臆せず話しかけられるようになったし、流れで親御さんとも目を合わせて対応できている)
 まさに一石二鳥。
 全ての層の女性が苦手なわけではない! そう強く心に言い聞かせていると、坂下が遊ばせていた髪の先端から日和の方を向いた。心臓が音を立てる。恐怖心に近い。
 それを誤魔化すように笑みを濃くする。
(視線だけは苦手だ……)
 同じSubであっても、やっぱり女性の視線はまだ怖い。バイト三日目、坂下は自らSubだと明かした。
 早々に暗示や積み重ねた経験の効力を失う。どうしてこうなのだろうか。
 日和をじっと見つめていた坂下は、興味をなくした猫のようにまた視線を髪へ移し、またクルクルと弄り始めた。
「ま、気楽に慣れていったらいいんですよ。もしもの時はうちに任せてくれたらいいですし」
 少女の名前は坂下芽唯めい。一目見てわかる美人要素以外にも、ハスキーな声とシャープな目が印象的だ。バイトの一人でもあり、近所の高校へ通っている。
 そして、日和の女性恐怖症を知る一人でもあった。
 歳下の子に、しかも女性相手に気を遣わせてしまうなんて情けない。
「……ありがとうね、坂下さん」
「二人とも、いいかな?」
「あ、店長。段ボールお持ちしますね」
 バックヤードから現れた店長から段ボールを受け取る。新刊や入ったそれはずしりと重く、重い物を持ち慣れたはずの腕が下に伸びた。
 そんな頼りない先輩店員を見かねたのだろう。後輩店員が半分持ってくれたので少し軽くなった。
「手伝います」
「あ、ありがとう……!」
 即座にお礼を述べるが、坂下は何も反応しなかった。むしろ目線を外される。
(も、申し訳ない……)
 図体だけはでかいのに、力もない。仕事仲間の視線を怖がる。決して悪い人ではないが、嫌悪感を抱かれている可能性は高い。
 箱を少年漫画棚の前で下ろすと店長が腰を摩りながら隣に座った。
「ボクもやるね」
「ゆう……夏目さん、来ていたんですね」
 手を動かしながら話しかけた。
「うん。子供達に人気のスポーツ漫画やファンタジー漫画が届いたみたいでね。急いで届けに来てくれたんだ」
「アニメが放送されてから人気出たみたいですよね」
 コミックスの帯には「おかげさまで重版決定!」「アニメ化決定!」と大々的に宣伝されている。出版業界もアニメ業界も潤うのは喜ばしいことだ。
 もう一つ来店層が広くなった理由に、店長の若者文化への興味が挙げられる。
「これなんか孫のお気に入りで、勧められるがまま原作を読んだら一気に読破してしまったよ。早く次が出ないかと今から楽しみなんだ」
「ああ、今期深夜に放送しているアニメの。どっちも触れてみましたが、コミカルの中に心理描写をしっかり描いた作品で面白かったです」
「そうだよね! 近くに話し相手いて嬉しいな~」
 顔は見てないが店長の皺をくしゃりとさせた笑顔が浮かぶ。
 ここ、中村書店は商店街の一角にあり、中村統なかむらとおるが経営する書店だ。文房具屋だった店を改装し、現在は本を中心に扱っている。
 サイドと顎、口周りにグレーの髭を生やしており、ソフトなツーブロックヘアスタイル。いかにもダンディな六十代のイケおじだが、笑顔を絶やさない穏やかな性格の店長だ。キャンディーとチョコ、今度中学生になる孫を愛する素敵なお爺さんでもある。
(こんな僕も正社員として雇ってくれたし、いい人に見つけて貰えたな)
 先ほど少女の来店率の話が上がったが、中村書店は老若男女……特に商店街の人に贔屓していただいてる。これこそ店長の人望が厚いおかげだろう。
 放課後になるとカラフルなランドセルが店の奥に並べられるのは、店長主催の宿題会があるからだ。他にも年代別に合わせ、定期的にイベントを行なっている。
「それから、見て見て? これ、孫が作ってくれたんだ。可愛いエプロンだろ」
 エプロンからもはっきりと分かる逞しい胸におにぎりのキャラクターが刺繍されていた。
「今、ネットで流行ってるんだって。可愛いよね!」
「……か、可愛いですね」
(ここは書店ですよ、中村店長)
 惚気ける店長から作業に視線を戻すと坂下の手が視界に入り込んだ。男の骨格とはかけ離れ、たっぷりのクリームパンみたいな自分の手とは全然違う細い指に小さな手。
 ゆめに出てきたあの人は女性らしい雰囲気だったが、比べてみると一回りほどサイズが大きい。
 自分の右手を凝視しても店長よりは小さいし、骨格も肉で埋もれてる。比較対象にはならなかった。
(身長と関係あるのかな? そもそもゆめなんだから関係ないんだろうけど)
 ゆめといえば久々に尿を漏らした形跡を見た時、青ざめた。クリーニングに持っていくこともできず慌てて洗った結果、縮んだジーパンが家のタンスにある。布団に染み込んでいなかったのが幸いか。
(どんな手だったかな。日に日に忘れていきそう……)
「……なんですか?」
「え? う、ううん! なんにもない!!」
 思わずじっくり舐めるように観察してしまったことを反省し、後で坂下におやつをあげようと心に決めたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

ストレスを感じすぎた社畜くんが、急におもらししちゃう話

こじらせた処女
BL
社会人になってから一年が経った健斗(けんと)は、住んでいた部屋が火事で焼けてしまい、大家に突然退去命令を出されてしまう。家具やら引越し費用やらを捻出できず、大学の同期であった祐樹(ゆうき)の家に転がり込むこととなった。 家賃は折半。しかし毎日終電ギリギリまで仕事がある健斗は洗濯も炊事も祐樹に任せっきりになりがちだった。罪悪感に駆られるも、疲弊しきってボロボロの体では家事をすることができない日々。社会人として自立できていない焦燥感、日々の疲れ。体にも心にも余裕がなくなった健斗はある日おねしょをしてしまう。手伝おうとした祐樹に当たり散らしてしまい、喧嘩になってしまい、それが張り詰めていた糸を切るきっかけになったのか、その日の夜、帰宅した健斗は玄関から動けなくなってしまい…?

たとえ性別が変わっても

てと
BL
ある日。親友の性別が変わって──。 ※TS要素を含むBL作品です。

おしっこ8分目を守りましょう

こじらせた処女
BL
 海里(24)がルームシェアをしている新(24)のおしっこ我慢癖を矯正させるためにとあるルールを設ける話。

不本意な溺愛です!

Rate
BL
オメガバースの世界で、ある一人の男の子が将来の番に出会うお話。小学六年生の男の子、山本まさるは親からの長年の虐待に耐え兼ねて家を飛び出し無我夢中で走っていた、すると誰かにぶつかり転んだ。そこに立っていたのは……………

年上が敷かれるタイプの短編集

あかさたな!
BL
年下が責める系のお話が多めです。 予告なくr18な内容に入ってしまうので、取扱注意です! 全話独立したお話です! 【開放的なところでされるがままな先輩】【弟の寝込みを襲うが返り討ちにあう兄】【浮気を疑われ恋人にタジタジにされる先輩】【幼い主人に狩られるピュアな執事】【サービスが良すぎるエステティシャン】【部室で思い出づくり】【No.1の女王様を屈服させる】【吸血鬼を拾ったら】【人間とヴァンパイアの逆転主従関係】【幼馴染の力関係って決まっている】【拗ねている弟を甘やかす兄】【ドSな執着系執事】【やはり天才には勝てない秀才】 ------------------ 新しい短編集を出しました。 詳しくはプロフィールをご覧いただけると幸いです。

処理中です...