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番外編
【父の日編(一)】奇跡の贈り物。(一)
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「やあ、水樹君。お疲れ様」
二本目の収録が終わり、水樹が自動販売機で飲み物を買おうとしていたら、額縁メガネにハットを被った先輩が声を掛けてきた。
「波田さん! お疲れ様です。あはは、そうです……かね?」
「ゲスト出演した生放送番組で世界トレンド入りしたんだろ? 凄いじゃないか。Mizuの新作アクセも若い子に人気みたいだし。こっちの事務所でも話題になってるよ」
波田は五百円玉でブラックコーヒーを購入し、お釣りを水樹に渡す。断ろうとしたが「頑張ったご褒美」と促され、ご厚意に甘えることにした。
カフェオレと迷ったが、結局オレンジジュースにする。ぷしゅり、と缶を開けたのはほぼ同時だった。
「僕は大したことしていません。番組MCの桃田君と真城君、一緒にゲスト出演した奏斗がいなければあそこまで面白くなりませんでした。それに新作アクセの方も、晃さんが紹介してくださらなければ話題にすら上がらなかったでしょう」
桃田と真城コンビは、デビューするなり女子中高生を始めとした同年代から人気を博し、今月から有名生放送番組の新MCに抜擢された。今回四人が出演するアニメの宣伝の他に、水樹達はMC就任を発表する大役を任された。
桃田と真城は代役MCとしての出演で、番組終了まで秘密にされていた。奏斗が適度にちょっかいをかけなければ怪しまれたかもしれない。
ちなみに晃という男は、以前空港で水樹に絡んできた動画配信者だ。本人と連絡を取れば『Mizuだったんすか!? しかもあの守谷水樹!?』と随分驚かれたものだ。
冷静な分析結果を伝えている間に、波田はもう缶コーヒーを飲み切っていた。
「謙遜もし過ぎると自分への毒になるよ。とにかく君は頑張ったんだし、素直に自分を褒めてあげたら?」
波田は別事務所の先輩声優だが、面倒見がとても良い。癖のある後輩だけでなく、同期や波田よりもベテランの声優からも「居心地が良くて、気付いたら成長させて貰っている」と言わせるほどだ。奏斗が憧れるのも頷ける。
「……ありがとうございます。俺を応援する人が笑顔でいられるよう、今後も精進したいと思います」
まだ口をつけていない缶を持ち上げると、口直しにミルク味の飴を舐めた波田が「あ、そうか」とわざとらしく微笑む。
「もう君には、自分より喜んで傍で応援してくれる相手がいるんだよね」
一口飲めばオレンジの酸味と甘味が疲れた体を労ってくれる。しかし「美味しい」と味を感じるまで時間がかかった。
「そうかそうか。一見美人で近寄り難い。しかし話してみると相手への気遣いやたゆまぬ努力が窺える。ギャップのある君だから、惚れた相手はさぞぞっこんだろう」
「い、いえ……俺の方が」
反射神経的な返答をしてしまい、水樹は顔の熱を誤魔化せなくなる。缶を頬に当てる水樹を見て、波田は口角を上げた。
水樹は今、幸せ絶好調の最中にいる。
左手薬指にはめられたリングはシルバー色に輝き、青の濃淡が美しいカラーの下には愛する番からの噛み跡がある。
六年も遠距離恋愛を続けた恋人とようやく結ばれた。
「今日もアドリブシーン多めだったのに難なく切り抜けたね。仕事が順風満帆なのもやっぱり……運命の彼のおかげかな?」
破顔した波田に、水樹は幸せを抑えられずはにかむ。
彼方が帰ってきてもうすぐ二ヶ月が経つ。ヒート後、二人で役所に結婚届けを提出し、水樹は晴れて彼方の夫になった。
声優仲間へ少しずつ報告しており、にこやかに笑う波田もその一人だった。
「そこは素直で良かった。大切なパートナーの存在は頑張る君の原動力と支えになるだろう。まあ、独り身の俺が色々説いたところで、厳しい運命を共に歩んだ君達からしたら迷惑かもだけど」
「い、いえそんな! これからもご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」
勢いよく頭を下げる。波田には水樹や奏斗が声優界へ入った頃から大変世話になっている。ライバルの神崎と火花を散らしつつ、声優のいろはを言葉や背中で教えてくれた。人としても尊敬する先輩。むしろこちらが迷惑かけてばかりだ。
(あ、れ……?)
ぐにゃり。目の前に飛び込んだ床が捻れて見えた。急に頭を下げたからだろうか。何度か瞬きを繰り返すと自然と治まったので、念のため目薬をさそうと思う。
次の現場への移動まで時間もあり、「そういえば神崎ちゃん元気?」というお決まりの質問に、水樹は最近のエピソードを交えながら談笑して過ごす。話が終わる頃には空になったオレンジジュースが三本も並んだ。
二本目の収録が終わり、水樹が自動販売機で飲み物を買おうとしていたら、額縁メガネにハットを被った先輩が声を掛けてきた。
「波田さん! お疲れ様です。あはは、そうです……かね?」
「ゲスト出演した生放送番組で世界トレンド入りしたんだろ? 凄いじゃないか。Mizuの新作アクセも若い子に人気みたいだし。こっちの事務所でも話題になってるよ」
波田は五百円玉でブラックコーヒーを購入し、お釣りを水樹に渡す。断ろうとしたが「頑張ったご褒美」と促され、ご厚意に甘えることにした。
カフェオレと迷ったが、結局オレンジジュースにする。ぷしゅり、と缶を開けたのはほぼ同時だった。
「僕は大したことしていません。番組MCの桃田君と真城君、一緒にゲスト出演した奏斗がいなければあそこまで面白くなりませんでした。それに新作アクセの方も、晃さんが紹介してくださらなければ話題にすら上がらなかったでしょう」
桃田と真城コンビは、デビューするなり女子中高生を始めとした同年代から人気を博し、今月から有名生放送番組の新MCに抜擢された。今回四人が出演するアニメの宣伝の他に、水樹達はMC就任を発表する大役を任された。
桃田と真城は代役MCとしての出演で、番組終了まで秘密にされていた。奏斗が適度にちょっかいをかけなければ怪しまれたかもしれない。
ちなみに晃という男は、以前空港で水樹に絡んできた動画配信者だ。本人と連絡を取れば『Mizuだったんすか!? しかもあの守谷水樹!?』と随分驚かれたものだ。
冷静な分析結果を伝えている間に、波田はもう缶コーヒーを飲み切っていた。
「謙遜もし過ぎると自分への毒になるよ。とにかく君は頑張ったんだし、素直に自分を褒めてあげたら?」
波田は別事務所の先輩声優だが、面倒見がとても良い。癖のある後輩だけでなく、同期や波田よりもベテランの声優からも「居心地が良くて、気付いたら成長させて貰っている」と言わせるほどだ。奏斗が憧れるのも頷ける。
「……ありがとうございます。俺を応援する人が笑顔でいられるよう、今後も精進したいと思います」
まだ口をつけていない缶を持ち上げると、口直しにミルク味の飴を舐めた波田が「あ、そうか」とわざとらしく微笑む。
「もう君には、自分より喜んで傍で応援してくれる相手がいるんだよね」
一口飲めばオレンジの酸味と甘味が疲れた体を労ってくれる。しかし「美味しい」と味を感じるまで時間がかかった。
「そうかそうか。一見美人で近寄り難い。しかし話してみると相手への気遣いやたゆまぬ努力が窺える。ギャップのある君だから、惚れた相手はさぞぞっこんだろう」
「い、いえ……俺の方が」
反射神経的な返答をしてしまい、水樹は顔の熱を誤魔化せなくなる。缶を頬に当てる水樹を見て、波田は口角を上げた。
水樹は今、幸せ絶好調の最中にいる。
左手薬指にはめられたリングはシルバー色に輝き、青の濃淡が美しいカラーの下には愛する番からの噛み跡がある。
六年も遠距離恋愛を続けた恋人とようやく結ばれた。
「今日もアドリブシーン多めだったのに難なく切り抜けたね。仕事が順風満帆なのもやっぱり……運命の彼のおかげかな?」
破顔した波田に、水樹は幸せを抑えられずはにかむ。
彼方が帰ってきてもうすぐ二ヶ月が経つ。ヒート後、二人で役所に結婚届けを提出し、水樹は晴れて彼方の夫になった。
声優仲間へ少しずつ報告しており、にこやかに笑う波田もその一人だった。
「そこは素直で良かった。大切なパートナーの存在は頑張る君の原動力と支えになるだろう。まあ、独り身の俺が色々説いたところで、厳しい運命を共に歩んだ君達からしたら迷惑かもだけど」
「い、いえそんな! これからもご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」
勢いよく頭を下げる。波田には水樹や奏斗が声優界へ入った頃から大変世話になっている。ライバルの神崎と火花を散らしつつ、声優のいろはを言葉や背中で教えてくれた。人としても尊敬する先輩。むしろこちらが迷惑かけてばかりだ。
(あ、れ……?)
ぐにゃり。目の前に飛び込んだ床が捻れて見えた。急に頭を下げたからだろうか。何度か瞬きを繰り返すと自然と治まったので、念のため目薬をさそうと思う。
次の現場への移動まで時間もあり、「そういえば神崎ちゃん元気?」というお決まりの質問に、水樹は最近のエピソードを交えながら談笑して過ごす。話が終わる頃には空になったオレンジジュースが三本も並んだ。
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