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番外編

【水樹、二十歳の誕生日編(五)】緊張感のある再会。(二)

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 空港を後にすると、水樹達は街へ足を運んでいた。特に行き先も決まっていなく、前へ前へと引っ張る彼方がどんな気持ちを抱いてるのかわからない。
(ずっと黙ってる。火に油を注ぐ行動しちゃったかな)
 あの時、彼方を呼び止めた理由は、自分が待ち合わせ場所の目印だったからだ。馴れ馴れしく声を掛けられたとは言え、男を探すお婆さんがいる。
 あの人だかりだ。自分が動いてしまっては惑わされてしまう。
(カーブミラーに映った彼方、膨れっ面だった)
 彼方の逆鱗に触れたに違いない。謝罪しようとしても、店外から聞こえる呼び込みの声や広告の音に掻き消される。
 街の賑わいはあっても、二人だけ沈黙の世界にいるようだった。でもこのままなのも辛い。折角会えたのだ。フランスからはるばる日本へ帰ってきたのだ。
「……彼方、怒らせてごめんなさい」
 何度目かの謝罪。トラックの騒音にまたしても声が消え、顔が俯いていく。声優の端くれなのに声もろくに出せない。
 彼方の動きが止まったのは、ひと通りの少ない路地裏へ曲がった時だ。急に振り返られて抱き締められる。少し後ろへよろめいた。
「謝らなくちゃいけないのは、僕の方だよ水樹。怖がらせてごめん」
 恐らく、背中で彼方の姿は見えないだろう。胸元におさまる恋人を優しく抱き締める。温かくて太陽みたいにぽかぽかした。
「ううん。俺が勝手に行動したから……。嫌な思いさせてごめんね」
 すると、彼方が顔を上げた。頬が元通りに萎んでいて、赤オレンジ色の目と合う。
「水樹の方が美人なのにな」
「……え?」
「だって彼女、水樹を一瞥して『年月を重ねた美しさが足りないわ』って評価するんだよ? 赤の他人に掛ける言葉じゃなくない!?」
 彼方が言う女性とは、空港に現れた青年の祖母だ。背筋がピンと伸び、紫のアイシャドウや身体のラインが浮き彫りになる黒のワンピースも様になっている。ハリウッドの女優バリに存在感があり、水樹はおろか空港を行き来する人々も目を奪われていた。
「てか、マジで見る目がない。節穴だとしても美しさの基準は人それぞれってこと、理解してないのかなあ?」
 どうやら彼方の怒りの矛先は、青年や自分の行いではなかったそうだ。
 年の離れた二人は本業がてら動画配信をやっているようで、孫と祖母の関係性が微笑ましいと視聴者に受けているらしい。自分より歳下だと思っていた青年は、なんと水樹より三歳も上だった。
「僕の恋人の方が、何倍も綺麗なのにー。『心から美しさが表れる』もんだよ」
 容姿を褒めても何も出ないが『僕の恋人』と表現されたことで頬が緩み、彼方の耳に近づいてお礼を言う。
「俺は、『俺の恋人』だけが綺麗だと思っていてくれたら充分嬉しいよ。ありがとう」
 上手く伝わっただろうか。改めて口にすると独占欲が強く恥ずかしい。
 頭がぐっと沈んだのは、彼方が首に腕を回したから。
「機嫌悪くしてたの馬鹿みたい。時間がもったいないな」
 声は右耳近くから、するっと手が伸びた場所には項がある。水樹はムズムズした感覚に甘く震えた。
「ちゃんとした場所で祝うけど、先に言わせて。会えて嬉しい。水樹大好き。誕生日、おめでとう」
「……! 彼方、俺も会いたかった。大好き。祝ってくれて幸せだよ」
 ちゅっ。リップ音の後にゴールドのアクセサリーを舐められる。彼方が支えてくれなかったら膝から崩れ落ちるところだった。
「去年あげたイヤーカフ着けてきてくれたんだ。すっごく似合ってる。めちゃくちゃ嬉しい」
「あ、あう……っ、そっちだけじゃなくて……」
「そうだね。左耳にも」
 そうではなかったが、左耳も差し出すように傾けた。頭が馬鹿になるくらい蕩けるってわかっているのに。
──ちゅ、ちゅう、ちゅっ。
 膝がガクガクし、彼方にもたれかかる。ビクともせず水樹の重みも愛おしそうに抱き留めた。
「唇はいいの?」
「する……っ。して?」
 んぐっ、と彼方の顔が顰めいたのも束の間、食らうようにキスをされた。大好きな人と再会しキスできた喜びに夢中なり、二人がその場を離れるにはまだ時間も回数も足りなかった。
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