もし、運命の番になれたのなら。

天井つむぎ

文字の大きさ
上 下
54 / 108
【後編】第十章 チョコレートに溶かされて

夢に向かって歩き出す。

しおりを挟む
 大晦日は一緒に年越しそばを食べながら特番を観たり、正月には二人で初詣に行ったりし、年末年始も水樹は彼方と楽しく過ごした。
「うおお!! 打倒卒業テスト! 鷹っちへの雪辱を晴らす!」
 雪も溶ける熱気と蓄積した闘志で英語教科を突破した彼方は、本人史上最高の百点を叩きだした。
「英語に全振りってか。総合的に高い水樹を見習え」
 ……と、普段よりも意地の悪い評価でさらに彼方の恨みを燃やしたわけだが、「面倒事が一つ減って肩の荷が下りたわ」と漏らす鷹橋の顔は、我が子が子離れしたそれだった。
 周囲が入試や就活に勤しむ空気の中、水樹達もまた己の将来に進む。彼方は片っ端からコンクールへ応募し、登校日以外は家に籠って描き続ける日が続いた。一方で水樹は。
「ねえねえねえ!! 水樹さんいる!?」
 Legendプロダクションに届いた一通の封筒が羽生のテンションを有頂天にさせた。
「あ、はい。いますけど……」
 読書をしていた水樹は出された封筒を凝視する。水樹宛てのものだった。既に開封済みの中身を取り出すと、明朝体の印字が並ぶ紙切れが。
『厳正なる審査の結果──』
 最初に目に入ったのはその一文。緊張感がマックスに達した。
「──や」
「おのれええ、羽生! 勝手に資料を持ち出すなああ!」
「げっ。だって社長が置いておくから悪いんです! 水樹さんも今か今かと結果を……」
 水樹を中心にぐるぐる駆け回る神崎と羽生の言い合いも、姿も目に入らなかった。
『第二次審査のお知らせ』
 数字と漢字が配列する部分を何度も読み返し、内容を咀嚼する。
「や……った……」
 「た」はほとんど消えた。プリントがガタガタ震え、肩に手が置かれるまで揺れは収まらなかった。振り返ると汗だくかつ満面の笑みの神崎と羽生がいる。
「おめでとうございます、水樹さん! 最高のスタートじゃありませんか!」
「自己PR頑張っていたものね。努力は必ずしも認められるとは限らないけど、報われて良かったわ」
「……はいっ!」
 声優になり初のオーディション。一次予選突破なんてミラクル、本人が一番信じられないが、周囲に祝福されると脱力した体に実感が湧いてくる。
 挑んだのはアニメ発のヒーローアイドル作品だ。
(父さんも辿り着けなかった舞台へ一歩近付けた。幸先のいいスタートだが気は抜けない。でも、純粋に嬉しい!)
 父の雪辱を晴らすため狙って受けたというよりは、たまたまチャンスがそこにあったから迷わず飛び付いた。
「チームのマドンナ的存在・麗音れおんを水樹さんが演じる世界線……。今からワクワクが止まらなくなってきた!」
「麗音さんはメンタル面の強さとミステリアスな雰囲気が魅力的ですよね。テープの歌撮りも頑張らないと。受かりたいなあ……」
「願望を抱くだけじゃダメよ。必ず掴み取るつもりで挑みなさい。あ、適度なリラックスは大切にね」
「が、頑張ります」
 二次は麗音の他に受けた三役も含めたキャラクターのセリフや歌をテープに録音し送るテープテスト、三次はスタジオでのオーディション。新人からベテランまで強者達が勢揃いした戦場所。そこを突発するためにも相応の努力と構成力が必要だ。
 早速、羽生達と作戦を練るために「第十回 水樹専用緊急会議」を開くと、開けっ放しの扉から重めのコンコン。
「どなたかしら」
「あっ、忘れていました。こんなこともあろうかと、助っ人を呼んでいたんです。彼女には水樹さんの歌レッスンに携わっていただきます」
 Legendプロダクションは事務所を立ち上げる以外にもレッスンスタジオをいくつも同ビル内に作った。軌道が安定したら養成所を作る神崎の思惑もあり、所属人数が少ない今は最大限利用させてもらっている。高品質な機材の使用や講師とのワンツーマン指導は、経験値が浅い水樹からしても贅沢な体験だった。これも長年、女性声優の第一線で活躍する神崎が良いものに出会ってきたお陰だ。
 今以上に質の高いレッスンが受けられるのかと期待し視線を扉の方へ向けると、ヒールを鳴らす人物が死角から登場する。
 黒髪ロングに、研いだ刃のような目付き。口を閉ざすと恐ろしさが増す女性。
「はじめまして、比良山 聖です。いつも翠がお世話にな──」
 辺りを見回す目が留まる。自分も間抜け面を顔をしていただろう。
「お、お世話になりました!!」
 考えるよりも先に体が動き、頭を垂れた。悲鳴とも取れる声に場は戸惑いを隠し切れないまま粛清するが、比良山の一言が切り裂く。
「これからお世話をする側なんですが」
 さも当然だという返しに羽生は笑う。
「そうですよ! 姉ちゃんはコミュニケーション不足だし、後輩への面倒見も人望もありませんけど、歌と楽器の才能だけは抜きん出ているんですから!」
 一点の曇りもない瞳で語られるも、羽生の背後に立つ比良山はわかりやすく眉間に皺を寄せる。殺し屋ばりの刺すような視線だった。
「すみません、比良山さん。羽生君は悪気が全くない馬鹿なんです」
「いいえ。こちらこそタチの悪い従姉妹で申し訳ないです。重要な役割を担った以上、翠も徹底的に再指導しますので」
「是非そうしてください。遠慮なく」
「エェ……ナンカボク、ヘンナコトニマキコマレタ」
 不気味に笑い合う女性二人に反発しようとする男一人を、水樹は遠く眺めていた。まさか蒼空学園を去った比良山が歌のレッスンを引き受けるとは。
 遊佐 勇樹のファン。ズバズバとした物言いも全部が的外れではない。ボイトレで「水樹さんは腹式呼吸が上手いのね」と講師から褒められたのも、あの助言や授業が成長させるものとなったからだ。
 放置された水樹に比良山はいち早く気づき、水樹の前に立つ。姿勢の正しさは凛とした雰囲気を引き立てる。水樹の体が揺れたのは学校以外で会うと思ってもみなかったせいだ。
「ご存知の通り、私は教えるのが下手くそです。一匹狼を好むタイプのため、教育者どころか皆とワイワイするタイプは向きません」
 きっぱり言い放つ比良山に「なにもそこまで言わなくても……」と止めに入る羽生に聞く耳も持たない。だが彼女が口にすると自己卑下じゃなく、変えられぬ事実をただ述べたようにも受け取れる。 
「しかし仕事を受けた以上、貫き通すのが私の役目。遊佐 水樹さんに思い出オーディションをさせるためにここへ来たのではありませんから」
 彼方に出会う以前は人に苦手意識を持ちやすく、身長が伸びようが自己評価はずっと低いままだった。倦怠期や別れを乗り越えた今では、仕事やプライベートの場面には誰かが必ずいて、サポートしてくれることを知った。今までが気づけなかった? 運が返済され始めた? たしかなのは周りに恵まれたこと。自分以外の誰かの夢に想いを賭けることは美しく尊い。
(思い出じゃなく、取りに行くんだ。新人声優の俺が夢を掴んで、ものにするんだ)
「姉ちゃんよ、声優業界の水樹さんはもう『遊佐 水樹』じゃないんだよ」
「……ゆさゆーの名字を受け継がなかったの?」
 信じられない、という顔をされた。
 肩を竦める羽生と目が合い、こくり、と頷く。
「ああ、はい。俺の声優名は『守谷 水樹』。本名の水樹は変わらずそのままに。守るに谷と書き、守谷です」
 そう。声優名は本名にせず、名字を弄った。遊佐 勇樹の息子だとバレると面倒くさいとかではなく、どうせ物理的に離れるのなら名字という部分で彼方に守ってもらいたい。
 法的な拘束も番の絆も今はまだないだが、これくらい許されるだろう。母や神崎達にも好きにしていいと了承を得たし、彼方本人には大泣きされた。
 改めて「よろしくお願いいたします」と比良山に一礼する。神崎や羽生も続く。やはり自分は周囲に恵まれた。
「こちらこそ、また貴方の指導ができて光栄です。夢物語には終わらせませんよ」
 正面には顔を綻ばせる比良山がいる。かつての偏見は薄らいだ気はするが、果たして親の七光りがどこまで影響しているのか。
 だがそれも上手く活用すれば、強い味方を得られる。
「はいっ!」
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

Endless Summer Night ~終わらない夏~

樹木緑
BL
ボーイズラブ・オメガバース "愛し合ったあの日々は、終わりのない夏の夜の様だった” 長谷川陽向は “お見合い大学” と呼ばれる大学費用を稼ぐために、 ひと夏の契約でリゾートにやってきた。 最初は反りが合わず、すれ違いが多かったはずなのに、 気が付けば同じように東京から来ていた同じ年の矢野光に恋をしていた。 そして彼は自分の事を “ポンコツのα” と呼んだ。 ***前作品とは完全に切り離したお話ですが、 世界が被っていますので、所々に前作品の登場人物の名前が出てきます。***

君はアルファじゃなくて《高校生、バスケ部の二人》

市川パナ
BL
高校の入学式。いつも要領のいいα性のナオキは、整った容姿の男子生徒に意識を奪われた。恐らく彼もα性なのだろう。 男子も女子も熱い眼差しを彼に注いだり、自分たちにファンクラブができたりするけれど、彼の一番になりたい。 (旧タイトル『アルファのはずの彼は、オメガみたいな匂いがする』です。)全4話です。

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

春風の香

梅川 ノン
BL
 名門西園寺家の庶子として生まれた蒼は、病弱なオメガ。  母を早くに亡くし、父に顧みられない蒼は孤独だった。  そんな蒼に手を差し伸べたのが、北畠総合病院の医師北畠雪哉だった。  雪哉もオメガであり自力で医師になり、今は院長子息の夫になっていた。  自身の昔の姿を重ねて蒼を可愛がる雪哉は、自宅にも蒼を誘う。  雪哉の息子彰久は、蒼に一心に懐いた。蒼もそんな彰久を心から可愛がった。  3歳と15歳で出会う、受が12歳年上の歳の差オメガバースです。  オメガバースですが、独自の設定があります。ご了承ください。    番外編は二人の結婚直後と、4年後の甘い生活の二話です。それぞれ短いお話ですがお楽しみいただけると嬉しいです!

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

処理中です...