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第八章 エンカウント

スカウトマン。

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 授賞式も終わり、野外ステージでは次のイベントが開催されている。
「今回はほっんとーに残念でしたね!」
 パーマをかけたような頭の青年が苦々しく笑う。格好はグレースーツに青ネクタイ。身長の差から男も学生に見えなくはないが、二十五だという。
「そう……ですね。お恥ずかしい限りです……」
(易々と付いて行っちゃったよな)
 見ず知らずの男は「遊佐 水樹さん、少しお話いいですか?」と希星達の元へ向かおうとする水樹を引き止めた。こういう時「知らない人には着いて行っちゃダメよ」と母親か小学校の先生の言いつけを思い出すのだが、なぜか男からは敵意も不審者とも感じ取れなかった。
 背丈は百七十後半から八十センチ程度。目鼻がくっきりした顔に、物腰が柔らかそうな礼儀さ。進行方向を塞がれた際、シャツから覗き見えた首輪。
 『高校生モノマネ選手権! 開始ですっ』と司会の元気な声がキーンと響く。
 水樹達がいるのはステージの付近に立てられたテントだ。お天道様が姿を見せない今は意味をなさず、女装コンテストと並ぶ人気イベント注目する観客が大勢いるので、男と水樹の話に聞く耳を立てる者は恐らくいないだろう。
 テーブルを挟んだ向こうで「申し遅れました、私、こういう者です」と遅い自己紹介を名刺と一緒に受け取る。
「『Legendレジェンドプロダクション』の羽生 翠はにゅう みどりさん……」
「Legendは新設したばかりの小さな声優事務所で、私はそこでマネージャー業を務めています」
 聴き馴染みのない事務所名にハテナマークが出現するが、ビックリマークも追加される。
「遊佐 水樹さん、私達と共に声優を目指してみませんか?」
(俺が……声優、目指す……?)
 三つの単語がバラバラのピースになる。
 数ヶ月前に父親が声優だったことを知り、優樹が貫いた信条を母に課せられた。自分の意志で正解を見つけようと努力する中で、『声優』という職業の存在が頭の片隅になかったわけではない。そうじゃなきゃ、オープンキャンパスにすら出向かないだろう。
 そもそも声優ってスカウト制なのか? 父の所属していた『Flyフライプロダクション』は、タレントの母数もある有名どころだが、所属方法はオーディションと小耳に挟む。養成所や専門学校を経てようやく事務所に所属できるのでは? と素人レベルの水樹の脳内では、ハテナマークがビックリマークを押し出した。
「遊佐 勇樹さんの最初で最後のファーストシングル『水』を潤いたっぷりに堂々と歌い上げ、魔法少女ルルが歌っているかのようなアレンジには感動いたしました! 中性的な声から女性らしい声を使い分ける男の娘声優……うん、いける! おれはビビッと感じたんです」
 羽生の澄んだ瞳に、水樹が表現したかったことが伝わったのだと安心できた。比良山のアドバイスは的を得ている。
「お褒めいただき光栄……なのですが、俺は男の娘ではありません。あくまでイベントで女装をしただけですから」
「なるほど」
 それに『水』が特殊なシングル曲であることを羽生は、さも当然のように話した。
 Mizukiのリスナー達も歌声は褒めてはくれるが、『若い頃の遊佐さんみたいな綺麗な声』『遊佐さんキャラの物真似やって欲しい』というコメントの方が圧倒的に多い。この男も……恐らく。
「それに俺よりも素敵な声の持ち主はいらっしゃいます。今日は文化祭で色んな催しものもございますし、羽生さんがさらにときめくような声の方がいますよ」
 プロダクションの大きさや知名度が断る原因ではない。父と血が濃くても、若い頃の遊佐 勇樹と声が似ようが、自分は遊佐 水樹だ。期待された分、がっかりさせる。水樹が物真似動画を撮らないのも、変なプライドが邪魔していたからだ。
「たしかにそうかもしれませんね」
(話が穏便に済んで良かった。これで……)
「それでも諦めきれません。私はあなたをスカウトし続けます」
「な、何故です? 俺は声優の基礎力もなければ……、声優になりたいとは一度も……」
 引き下がらないどころか、体を前のめりにした羽生と距離が近づく。第一ボタンを外せば明らかになる襟元がチラつき、水樹は視線をどこに向けるか迷った末、羽生の眉間に合わす。すると、羽生の眉間は広くなる。
「あなたには可能性があるからです。力は後でついてきますしね。歌が始まる前から遊佐 水樹さんの声におれの鼓膜は震え、胸が高鳴りました。ルルになって歌えば、彼女の新たな魅力に気づける。あなたの声で命を宿したキャラクター達をもっと聞きたい、と心が叫んでいるんです!」
 微笑みながらも羽生の瞳は真っ赤な炎が燃え続ける。夢中なものを一瞬足りとも落とそうとせず、眼中に収めた。
「一緒に声優の道を歩みませんか? この出会いは必然だったとおれは感じます」
 覚悟や本気を前にした水樹は口を塞ぐことができず、どっと汗が噴く。
「あっ、いた!! もう探したよ!」
 羽生の背後よりも向こうから、SPの格好をした二名がすごい勢いで走ってきた。
「ご友人と待ち合わせをされていましたか。貴重な時間を共有でき、ありがたかったです」
「いい、えっ……」
「また日を改めてお伺いしますね。もしよろしければ気軽にプロダクションへ足を運んでください。お菓子もご用意しますし、ここからそう遠くありませんので」
 最後に爽やかな笑顔を浮かべ、「また会える日を楽しみにしています」と深いお辞儀を水樹と光希達にした羽生は文化祭の客に紛れていく。
(Legendプロダクション……声優……)
 頭の処理が追いつかず、胸がドキドキする体験は恋以外にあるのだろうか。
「あの人、知り合い?」
「不審者だったらすぐポリスメン呼ぶよ。準備OK」
「あ、ちが……うん、遠い親戚のお兄さん。俺の勇姿を見にきたみたい」
 咄嗟に吐いた嘘だが、光希達のギラギラした視線を抑えるには効果的だった。
「二人共、とっても似合うね。お仕事もお疲れ様です」
「ありがとう~って言いたいところなんだけどね……」
「ちょい、光希」
 三年一組の出し物『新世界ニューワールドカフェ』は、営業も裏方も交代制だ。水樹は午後から向かう予定で、午前を担当した二人に労いの言葉をかけるも、表情は沈み気味だ。
 「言おうかどうか迷ったよ。でも、友達に隠し続けるのは私の主義に反するから」と光希は前置きし、不安な眼差しをする芳美を退けて水樹にとある目撃情報を伝えた。

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