もし、運命の番になれたのなら。

天井つむぎ

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第八章 エンカウント

変身。

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『お集まりの皆々様、元気ですか? 可愛い子も美しい子も元気がでますよね!? 今年もやって参りました人気イベント。第二回女装コンテストをここに開催します!!』
 熱の籠ったアナウンスを聞き、舞台袖に待機する水樹は緊張を張り巡らせていた。
「はーい。深呼吸してー」
「すう……。はあ……。すう……」
「みーくん、見てみてー」
 肺と腹に溜まった空気を吐き出そうとしたら、希星が表現し難い変顔を披露する。深呼吸する時は大抵目を瞑りがちな水樹は、急に開いた視界に肩を震わせた。
「ま、待って……希ら……さ、ふふっ。卑怯だよ……ふぐ……」
「うちね、顔がめっちゃ解れやすいのー。こんなのもできるよー」
 鬼瓦と切り替わり、とうとう笑いを耐えられなかった。女子三人衆の茶化し担当は主に光希だが希星も大概である。浅いツボのせいか笑い涙まで目尻に浮かんだ。
「はあはあ……はあー。うん、かなり落ち着いたよ」
「良かったー。澄まし顔の美人も捨て難いけれど、笑顔はやっぱ最高のメイクで高級アクセサリーだよねー」
 希星のほっこりした笑顔につられ、水樹も笑う。
(笑顔が最高の……か。彼方の太陽みたいな笑顔もそうだったな)
 太陽や夕焼け、光と相性抜群の屈託のない笑みは心をぽかぽかさせる。
 結局のところ水樹は彼方と撮った写真類も、彼方の連絡先も全部復活させた。今はボタン一つでなんとでもなる。優柔不断な性格にはありがたくもあり、決断を揺るがせる迷惑な機能だ。
(情けないな。社交的な笑みを浮かべる回数が増えると心が擦り切れそうになる。俺が弱いからだよな)
「こういうのって大好きな人にやってもらう方が効果あるみたいー。うち調べー」
 本音を言えば、水樹は今も彼方が好きだ。気持ちの踏ん切りをつけたいがために『守谷君』と呼んだ時、彼方は明らかに狼狽えた。手洗い場の方に走る足音が耳に入り、思い出しても良心が痛む。
「……彼方はもう、俺のこと嫌いだよ」
 隣の空いたパイプ椅子を横目で確認して項垂れる。せめて、文化祭という気分が浮き立つ行事ではなにもかも忘れたかった。いつもと違う自分へ変身した姿なら少しは前の関係に戻れるかも、と淡い期待があったのも事実。
「みーくんは切ないのもよく似合うよねー。美しさと儚さを兼ね備えるうちの友人は趣きがあって、良きかな良きかなー」
 慌てて目元をなぞるが濡れることはなかった。鈍色の弱い陽が舞台袖の隙間から差し込み、希星はふにゃりと笑う。
「うちも、みーくんの人生も高校生活で終わりじゃないー。遠い回り道もまた違った景色があるから楽しいよー」
 希星は両手を彼方の肩に置くと前のめりに体重を乗っけた。予測不能な言動をしがちな友人だが、これには水樹も驚く。
「いよーっしょ。好きなら好きでいいんじゃないかなー。うちも、みっちゃんとよっちゃん、みーくん達のことは勝手に好きだしー、卒業した後もこれからもずっと好きでいるー。嫌われようがうちの好きは止められないのだー」
 不思議な力加減だった。体重も軽めなのか肩への負担はそう辛くない。ただ、ズシン、と心の底へは響いた。
『会場の熱気も高まったところで最後の学年に参りましょう! トップバッターは三年一組、遊佐 水樹さんです!』
 浮いた踵を下ろした希星は「今のルル様は全盛期と同等の強さなのだー。思いっきり楽しんで民を従えるのだー」と独得な応援の仕方で見送ってくれた。
(よくわかんないけど、少し元気出たかも)
 水樹が袖口から出て行けば騒々しかった場が静まる。穴が開くほど視線が右手半身に集中し、歩き慣れないブーツが軸をブラつかせる。平常心を大切に「今の俺はルルなんだ」と心の中で何度も唱えた。
 巻舌の司会者も唇を半開きにして目をまん丸にさせている。
(無理があったか? ルルの方が華奢だからな。男の肩幅じゃ全然違うよな)
 壇上を囲むように座る他の出場者達は強者揃いだった。メイド服やプリンセスなどの恰好をしても滲み出る綺麗なオーラ。勝ち目はなさそうだと出鼻をくじかれ、視界の端に映った祈る皆へ内心謝罪する。
「三年一組の遊佐 水樹です」
『おおっとすみません。つい洗礼された美しさに見蕩れ……いえ、司会者は中立な立場でなければいけませんね!』
 汗をかく司会者の様子から、もう圏内は決定事項なのだと水樹は悟る。
(彼方や紅城くん達が出場した方が盛り上がっただろうな。メイクの魔法で幾分かマシになったが、俺自身は万人受けしないな)
 しかし、負け確だと決まれば変に気負う必要がなくなり、詰まった呼吸がしやすくなった。
『今回の女装したイメージやテーマはなんでしょうか』
「テレビアニメ『魔法少女ルルア』に登場するキャラクターの一人です。凛々しくも脆さのある彼女は、主人公と相互に多大な影響を与える魅力的なキャラクターです。テーマは……『変身』ですかね」
『変身というと?』
「自分の顔を出しつつも、新たな自分になれるのが変身です。ルルになった今だったらなんだってできそうな気がします!」
(すらすら答えられる。テンションは幼少期のルル風か)
『一組は二ペア同時出場だとお聞きしましたが、ペアの方は?』
「ルルアちゃんは『ルルさんの隣に立つのも恐れ多い』と辞退しちゃいました」
 ルルアとルルの関係性を踏まえた返しに、会場の笑いをかっ攫えた。
 大勢の前に立つこと自体、無理だった水樹は自身の変化に高揚していた。施されたメイクやコスプレの魔法がかかったのだろう。
(父さんがキャラを演じるのにこだわった理由、なんとなく読めた。そうか。自分以外に変身するのも悪くない)
『次はアピールタイムです! ご自身を最大限に活かしたアピールをお願いします!!』
 水樹は魔法少女ルルをどう表現するか悩んだ。観客が求めるのは水樹自身よりも、魔法少女ルルへの期待が強いだろう。しかしそっちを重視した場合、司会者の意図とズレる可能性を懸念するべきだ。現に自分の個性を意識した「若頭、お務めご苦労さまでした!」と手下感強めのメイドや、「もしもプリンセスが武道派だったら」とショートコントを始める筋肉ムキムキのプリンセスもいる。
『では、遊佐 水樹さんこと魔法少女ルルさん! お願いします』
 当たらずともいえど遠からず。事前に申請した曲が流れ始める。胸に手を当て、深呼吸。
(大丈夫だ。歌もたくさん練習した)
 一人寂しく朝を迎えるのが嫌で嫌で、無趣味の水樹は新しい沼を開拓した。父の歌以外に感情に寄り添える音楽に浸り、アピールタイムの練習のためにも歌う側に立ったのだ。父が遺した機材を使い、歌詞を丁寧に時間をかけて読み解く。水樹は新たな自分──歌い手『Mizukiミヅキ』という人格を形成した。表現力はまだまだで、再生数もあまり伸びないひよっこ。
 けれど比良山は言った。表現力を伸ばせば光ると。水樹は未だ『樹』を目指そうとしている。彼方との縁を切るきっかけになった樹にしがみつく。
 だってもう、独りで生きていかなければいけないから。
(少なからず場数を踏んだ俺なら、きっとできる……!)
「きっかけが呪縛になろうとも いつかきっと魔法に変えてみせるよ」
 父や母のような強い樹にはなれない、彼方と縁が戻る可能性は無に等しい。
「まるでなにかに押されるようだ こんなんじゃまた弱くなる」
(辛い。めちゃくちゃ辛い。けど、ルルも全部失ってから過ちに気づき、独りで立ち上がったすごい少女だ)
 声は普段よりも高めに、キャラに合わせて掠れないようゆったりと発音良く『水』を歌う。
 戻りたい。けど、戻れない。今の水樹の心境は、仲間を捨ててラスボス化したルルとドンピシャだった。登場人物それぞれの心境とマッチする歌詞を書いた父は、水樹にとって偉大な存在になっていく。
「ここでもう一度 やり直せないかな」
(……彼方が、どこかで聞いてくれていますように。水の流れが止められないように、俺の心はまだ彼方に夢中なんだ)

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