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第七章 一転

環境の変化。

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 ここ数年で水樹は激動の日々を過ごしている。長い冬眠期間を終え、人生天気予報では稀に見ない晴天が連日続き、春の気温の高さには驚いたものだ。半年前だというのにもう懐かしい。
 だからなのか心身共に春に慣れ過ぎた。夏はよくても秋になると滅入る。
「おはよう、水樹」
「あ。うん……。おはよ」
 朝の挨拶も交わして水樹は自分の席へ。彼方はクラスメイトと会話に夢中だ。チラリと見やれば男子高校生らしい笑顔を友人達に見せ、肩を組んでいる。
 最近、水樹は彼方から避けられていた。
 会えば先ほどのように挨拶はするし、水樹の一部に指先が触れたからとブレザーの裾で拭く行為もしないが、あくまでそれは学校内での話だ。
 毎朝七時に送信されるメッセージは一週間と三日前から途絶え、夜もこない。『忙しい?』とこちらから二回送ってみたものの、既読がつくだけで返事はなし。電話をする気もなれず、ひっそり眺める習慣がついた。
 困ったことに一日の終わりがとてつもなく遅い。歳を取れば速くなると聞くが秒針の回る遅さに苛立ち、焦燥感が募る。
 もう一度、廊下側の方に視線を向けたら忽然と姿を消えている。
(いない。別のクラスに遊びに行ったのかな)
「おーい、遊佐くーん。一時間目は移動教室だよ?」
「行こ行こー」
「あ、あ、うん」
 教室の鍵をチリンチリンと回し、ドアに凭れている女子達の元へ向かう。文化祭経由でよく話すようになった光希みつき芳美よしみ希星きららだ。急ぎ支度を整える。
「光希の欠伸、ひどっ」
「ハーモニーくんの枠を少し覗くつもりが、終わった深夜三時だった。まじ眠い」
「せかセンの授業ならいいんじゃないのー。どうせ世界史に関するビデオ鑑賞会でしょー。よっちゃんは真面目すぎー」
「あんたらがぽけーっとするからじゃない。希星のそれは世界史じゃない」
「ほんとだー。美術の教科書持ってたー。待っててー」
「すまんのう、遊佐くんや。希星は抜けてるところあるから……」
「あはは……」
 意外と性格のバランスが良い三人と行動するようになりぼっち回避した水樹だが、彼方への寂しさは日が経つほど膨らむ。胸のモヤモヤを潰すそうが慰めでしかない。
(キスマークの跡も完全に消えてなくなった)
 袖下に隠した噛み跡は練習で付けたもの。上達はしたが、自分の手首じゃ彼方の肌触りとは異なる。
「ねーねー、遊佐くん。答え合わせペアお願いできるー?」
 肩をポンと叩かれ、隣に座った希星が世界史のプリントを渡してきた。ピンク色のカチューシャとミディアムヘアの外ハネが、希星のふわふわな雰囲気に合う。プリントを交換し、配られた解答を確認しながら丸をつけた。
「あちゃー。うち、ここ間違えたー。あ、年号も間違えたー」
 希星は独り言が多い。本人曰く癖らしく、「うるさかったらごめんねー」とのこと。
関口せきぐちさん。どうぞ」
「ありがとー。遊佐くんの解説文は読みやすいんだー」
 普段から目尻も落ちがちで、希星のことを馬鹿にする人を見たことも聞いたこともない。時たま、こんな風に心穏やかに生きられたらいいな、と羨ましくなる。
(彼方は日本史か。選択科目のほとんどは分かれているな)
「……心ここにあらずって感じだねー。セコかなのことかー?」
 言い得て妙の希星に左手がぴくんと動いた。とてもじゃないが心臓に悪い。正解した本人はさほど気に留めなかったのか、突拍子もなくスマホを取り出す。
「そういや、うちらまだ連絡交換してなかったねー。ほら、せかセンがゆめで授業してるうちにフリフリしよー」
 マイペースさに飲み込まれた水樹は動揺を隠せないまま連絡先を交換し、「今晩電話するねー」と笑いながら眠りに落ちる希星を見守った。
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