もし、運命の番になれたのなら。

天井つむぎ

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【中編】第六章 夏の思い出

項の代わりに。(R18)

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 ふと目覚めた。体はかなり重く、熱気に包まれている。視線を下ろせば布団の丘。後頭部には枕。どうやって眠ったのか思い出せず、巻き付くなにかから離れようとした。
「ンッ……」
 背後からする抜けた鼻声。チラリと首をそっちに向いたらオレンジ色の髪とつむじが一つ。寝顔を見せないよう背中に押しつけてある。
「彼方? 眠っちゃったの?」
 すやすやと寝息を立て、腕が締まる。なぜかまだ裸の彼方はペンダントと自分の胸板を背にピタリとくっつける。指腹が水樹の乳首に触れ、「んひぃ……」と変な声が漏れた。
(そうだ。抑制剤を取りに行った彼方をここで待ちながら)
 今の時刻を知りたくて顔を動かすと──ちゅ。
 首元。もしくは首回り。名称を改め、
「ちゅ、ちゅう、ちゅ……」
 乳飲み子がおっぱいを飲むような仕草で、オメガの急所である項に吸いつく。
「やっあ、かな……んっ、ふう……」
 甘く焦ったいキスに気が動転する。バクバクの心臓をそのまま吐きそうなくらい緊張が走り、鼻につくくらい甘ったるいオメガのフェロモンが漂う。
 さらに本人の意図ではなかろう男性器がムクムクと本人よりも先に起床し、突く穴を探す。
(俺のフェロモンに無意識に充てられている。早く、早く飲まないと……)
──でろっ。
「……アッ!?」
 肉厚な舌の伝いに声が裏返る。乳首も硬くなってきた、こねこね、ピンッと弾かれる。ペニスは尻たぶを弄り、愛液が漏れたところを集中攻撃する。アナルには突っ込まれなかっもの股の間に割って入る。
(あ、熱い。大きいっ。こ、これ、ゴム着けてない……っ!!)
「ぢゅっ」
「ああっ、彼方……あ!!」
(どうしよ。欲しい。嫌だ。噛んで。ダメ。孕まして)
 いつもに比べて頭が働かない。ぬるぬるで突く素股や弾く乳首はわかる刺激を与えてくれるのに、項には変に焦れったい刺激を続けられるだけだ。
(寝ながらセックスってあるの? あ、全身ぐじゃぐじゃする……)
 奏斗の時には項を散々弄ばれ、水樹は淫らな獣に戻った。今はそこまでじゃない。唇が項に触れる度、ビリビリした感覚が腰にずくんとくる。苦しいが、こっちの方がまだ人間性を保てるはずだ。
「項……ぃ、項……」 
 彼方のキスも、もどかしさはあっても首が後ろに仰け反る。舌が外気に触れ、カウパーを漏らした彼方のを自らの穴へ誘導させようとする。目玉が一周し、喉の奥が焼けそうだ。
──噛んで、噛んで、噛んで!!
 ぶづり。
「彼方っ……俺の項、噛んでっ! 噛み跡残んなくてもいいからっ!! ルール破って、めちゃくちゃにしてもいいから! 俺を……彼方の番にさせて欲しい!!」
 切羽詰まった途端、現れた本音。
 ベータとかもうオメガとかどうでもいい。番がアルファとオメガだけのもの? なら、他はどうでもいいのか。神様はそんなにもアルファだけを愛すのか。オメガは、そのためだけのモノか。ベータと幸せになってはならないのか。
 どうして、彼方とは運命の番になれないのか。
 本音を吐き切ったら咳が止まんなくなった。口の中が苦くて辛くて痛い。喉は締まり、呼吸が上手く吸えない。
(死んじゃ……う)
 こんな意地悪な世界にもがいた。救いがあるようでない世界に手を伸ばした。人間、死ぬ間際は怖いという。
「……水樹っ!」
 怒号に近い呼び声に肩を振り向かされる。表情を見る前に唇を押しつけられ、なにかが舌と一緒に入ってきた。
(これ飲んだら、彼方に──あっ)
──こくん。
「はあ……、はぁ、っ……はあ……」
 顔を離した彼方の表情が鬼の形相をしていて、飲まざるを得なかった。今まで敵視する相手にしか見せなかった顔を水樹に当てた。
(……捨てら、れる)
 水樹の予感は半ば的中する。
「今はまだ……欲情しても君の項は噛めない」
 絶対零度な声音が心臓に刺さった。あんなに頼っていた抑制剤が胸焼けし、胃もたれする。耳が……痛い。
 呼吸は震え、ちゃんとできている感じがしない。穴の開いた風船にガスを入れるようなもの。
 押し黙る水樹に彼方はさらに言葉を続けた。
「中途半端は遊びと同意義だ。軽はずみに心に従っちゃダメだった」
 釘を打たれ、トンカチで深く刺さる。布団の中が暗くてもう夕方を超えたのだとわかった。
 謝罪に効果がなくても謝罪しなきゃダメだ。頭と心がダメージを受け過ぎて、なにひとつ口から紡ぐことができない。
「……だけど」
 布団が浮かび、向き合わせになった全裸姿の若者二人が照明に晒される。
「水樹の気持ちは痛いほどわかった」
 腕をすぐさま引かれ、彼方が鎖骨の辺りに息を吐く。
「噛み跡はまだ残せない。だから今はキスマークだけでも付けさせて欲しい」
 頼んだのも彼方の逆鱗に触れたのもこっちだと言うのに。彼方の声は異常に震え、抱き締めなければ崩れそうな力の弱さだった。
「捨てない……の?」
「捨てる?」
「俺のこと、捨てるんじゃ……ないの?」
 うわごとを呟けば、激しい鎖骨の痛み。窄めた唇に、じゅっと吸われる。
「ぷはぁっ。仮にお願いされても、捨てる気なんてさらさらない。水樹は僕と生きる人だから」
 また吸われる。少し移動した箇所を。次も、また次も。激しく強く。結構、痛かった。
(ああ……痛い。痛いけど、気持ち良い……)
 項に走ったような快楽には満たないが、懸命な行為には愛があり、太陽の甘さが心が満たされる。
「……彼方、俺もさせて」
「はあっ、え?」
「俺にも付けさせて」
 胸から顔を上げた彼方の目元は涙跡があった。いつ泣いたのだろうか。
 彼方が最初に付けてくれた鎖骨の反対側に濡れた唇を窄めて押す。軽く食んで吸う。
「……んっ」
 数秒くらいきつめに吸ったけど、付かない。もう一度するけど涎しかつかない。これ以上やると彼方が痛がるからやめた方が。
「甘噛みでもいいよ」
 後頭部を撫でて促される。甘く噛むのがどういうことなのかよくわからない水樹は薄い皮をかみかみしてみた。
「うん、その調子」
 上手く付かないのに撫でる手が熱い。水樹は必死に噛みつく。少しでも彼方が自分と歩む人だという証の欲しさに。
「彼方……」
「どうかした?」
「……ごめん」
「いいよ、キスマ付けるの苦手な人だって……」
「それもある……けど、色々ごめん……」
 また吸いついて噛む。傷つけないように付けるのがこんなに難しいとは思わなかった。
「……僕もごめんね。嫌な思いさせた」
 反論することを読んだのか、水樹の髪をかき上げて耳朶に触れる。そのせいで「ガリッ」と勢いよく噛んでしまった。
「痛てっ」
「ごめん、かなたぁううあっ」
「本当に耳が弱いよね、触りがいがあるなあ」
「ふにふにしちゃ……。ぞわぞわする……う……」
 両耳が赤くなりやすいことは髪を伸ばす前から知っていたが、彼方と出会ってからは耳で感じやすくなった。首筋から肩、背筋にぞわ、ぞわっとするのが曲者で、体のくねりを治めたくて彼方の胸に唇を押さえつける。
 ちろちろ舐め返せば「擽ったいなあ」と無効化であることを教えられ、せめて痛そうな噛み跡をちゅうちゅう吸った。
「……ンッふ」
 どうやら彼方の弱点を見つけられたようだ。少し優越感に浸れる。自分ばかりやられるものか、とまた吸った。
「ちょ、水樹ってば。あはは……、もうー……。こんな可愛い恋人、捨てられるわけないじゃん。……捨てられるわけないんだよ」
 噛み締めるような言い方に違和感と胸キュンを覚えたが、またすぐに耳を弄られ始めたのでぞわぞわした感覚に身を流した。


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