もし、運命の番になれたのなら。

天井つむぎ

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【中編】第六章 夏の思い出

才能の蕾。(R18)

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 映画鑑賞はもちろんした。彼方の饒舌な感想も聞き、笑顔も増え、楽しい時間を取り戻せたはずだ。
 それがどうして水樹がヌードモデルになった経緯と結びつくかというと、映画の内容に関連していた。作品は芸術家と、小説家を目指す二人の青年のお話。とあるシーンで二人は全裸となり、片方が片方を観察して鉛筆を動かす。   
 特にそのシーンが大好きな彼方に言わせれば『生まれたてあられのない姿になるからこそ、心まで丸裸になれる。彼らは奥底に眠る感情や欲望と向き合い、心に従うから生き生きと創作できるんだ』だそうだ。
 作品作りに熱中するアーティスト達を夢中で見る青年。現在公開されたものより肌面積が広く、今の時代なら確実にアウトなシーンだ。キャンバスや椅子、本棚で必要以上に隠しながら撮ったリメイク版の意図もわからなくもない。
 けど、あまりにも目を輝かせるものだからつい口が滑った。
『やってみたいの?』
(脇から汗が吹き出す。冷房をつければ良かったか)
 膝立ちしながら胸を突き出したり、手首を後頭部まで曲げて脇を見せつけたり、仰向けに寝ながら天井に片足を上げてみたり……。
 ベッドの上でいくつかポーズを取る。射るような視線が変な心地にさせるが、彼方は表情はどれも真剣そのものなので我慢する。ペンを走らせる音だけが部屋のBGMだ。
(……下は正直なんだけども)
 腹に張りつくペニスも描写しているのだろうか。皮付きの赤いこれを。想像したらピクリと動いた。正直過ぎるのもどうかと思う。
 ぺらり。厚紙が捲られ、彼方は悩ましげに唸る。
「なんか……違う。もっとこう、被写体のなまめかしさをきちんと描きたいな……」
「ひ、被写た……」
「ああ、ごめん!! 悪気はないんだ。水樹君が綺麗で美しい体躯をしてるのに、上手く描けない自分にもやもやするといいますか……」
 彼方はスケッチブックで顔の半分を隠す。小麦色の肌に朱色が注入され、水樹も生娘のように顔を瞬時に赤らめた。
(褒めたのも無自覚なんだろうな。穴があったら入りたいくらい恥ずかしいけど、う、嬉しいなあ……)
 付き合いを始め、もう三ヶ月目だ。倦怠期と呼ばれるこの時期に水樹達はまだまだ初々しい反応を見せる。
 教師や生徒のいない廊下の角でキスをすることもあれば、移動教室や帰り道にはバレないよう恋人繋ぎで歩き、空き教室で抱き締め合うだけの時もある。どれも幸せな時間で、積極的な彼方が谷間見せる恥じらいも纏めて愛おしい。
「……見る?」
「いいの!?」
「もちろんだよ、何個もポーズ取ってもらったからね」
 ベッドから彼方の隣に移動し、屈んだ水樹は息を飲んだ。
 繊細なタッチで描かれた写実的な絵。肩のなだらかさや腹や指の薄い肉感まで再現されている。陰影があることにより、本人の持つ儚さと色気が際立つ。
「デッサンだけは得意なんだけど、やっぱ水樹君に見られると……」
「すごい……」
 まるでため息みたいに自然と感想が乗る。
「うえっ?」
「すごいよ、彼方君! 俺本人なんかより何倍も綺麗だ。こんな絵が描けるなんて……ほ、本当にすごいよ!」
 本心からの褒め言葉がすらすら出てきた。絵に疎く、絵の才能もない水樹でさえ確信する。彼方にはとてもすごい技と才能があるのだと。夏の暑さや短期間で襲ってきた疲れ、羞恥も全て吹っ飛ぶ。
「デッサン……か。すごいなあ、すごいなー!」
 語彙力皆無だが、美術の破壊神と呼ばれた水樹にとって、絶対に辿り着けない憧れの領域だ。純粋に尊敬しかない。
 だからこそ水樹は知りもしない。感嘆の声を上げる水樹の下で唇を噛む彼方を。
「そっ、かな……。美術選択してる奴らだと結構上手い人、たくさんいるんだけど……」
 謙虚とは別物。己を卑下する彼方は珍しかった。
 水樹の通っていた習字教室でも伸びる子は伸びるし、ゆっくり芽を伸ばす子もいる。日々研鑽して同じ手本で作品を書いても、滲み出る個性や能力が理解されない場合もある。学業優先のため辞めてしまったが、字を書くことは未だに好きだ。そう思えたのも師範や母が水樹の作品を好いてくれたからだろう。
「でも、俺は彼方君の作品をすぐに好きって思えたよ?」
 顔を上げた彼方の瞳がゆらゆら揺れる。カフェで飾られていたオレンジ水ってあんな感じだ。綺麗でどこか危うい。
「こんなにも素敵な絵を何枚も描けること自体、すごいよ。彼方君は映画の内容を話す時や創作に打ち込む時も真剣だったよね。絵が好きだからこそ自分に厳しいんだと思う。確信を持って言えるのは、他の作品も彼方君が描いたものなら俺は好きだよってことかな!」
 それほどに彼方の絵は美しく、自分の新たな魅力に出会ったと勘違いするくらいだった。美術の安堂が彼方の絵を評価しないのなら節穴だと胸張って言える。
「そっか。……そうかあ」
 彼方のため息が安心したものであればいい。水樹は心の底から願った。

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