28 / 108
【前編 了】第五章 呪いが解ける時、魔法がかかる時
謝罪より感謝。
しおりを挟む
「じゃあ、また学校でね!」と両手を振る恋人に片手で返す。真隣に立つ母は終始、事の成り行きを観察しているようにも見えた。
朝食時に昨夜みたいな重い空気が感じられなかったのは、彼方の頑張りがあってこそだ。彼方本人にその気はなくとも見事に食事に会話を織り交ぜ、「そうね」「そうかしら」と最初は相槌を打つ母だったが、
「……あの子、まあまあ良い子ね」
「えっ」
もう彼方の姿は見えず、それでも玄関に立つ母はぽつりと褒めた。
「『水樹君が僕の兄に襲われました』とか『責任を持って僕が送り届けます』とか事細かく説明する割には腹立つくらい冷静で、焦る親の気持ちにも配慮しなさいよ、と子供相手に思ったわ」
「……彼方君、母さんにそこまで?」
抑制剤を飲んだ後、一眠りした水樹はその間に起きたことを彼方の口から語られた部分からしか知り得ない。いわゆる鬼電がかかり、彼方が代わりに出たことや『僕からも説明させて欲しい』と手を挙げたのがきっかけだ。
「ええ。後は『水樹君にアレルギーはありますか?』とか『汚れた服の代わりを取り揃えますのでサイズを教えてください』とか。無関係なことも質問されたわ……ほんと」
母はため息を吐くが、横顔から覗く表情は朝の穏やかそのもので目元のクマが少し消えている。
「おかげで変な落ち着きを取り戻したのよね。二時間も話っぱなしだから疲れたのかしら。でも、彼方さんには『水樹君から直接ご報告したいことがあるようです』と聞かされただけで、真相は教えてくれなかった。はあーあ、ようやく遊佐家自慢の息子の魅力に気づいた輩が現れたか、と父さんと作戦練り捲っていたわ」
どこか吹っ切れた物言いに水樹は鳥肌が立った。感情がもう喉まででかかっているのに、母音の『あ』くらいしか出せない。
「さ、そろそろ家に入りましょう。今日は母さん独占日よ。水樹の好きな……」
「か、か、母さん……っ!」
唐突に出た。緊張で語尾が震えたが、振り返る母は急かさずに静かに待ってくれる。いつだって水樹の母は息子が本音を暴露するまで待ち続ける、根性のある母親だ。もしくは信頼していると言っても過言ではないだろう。
──いつか謝りたい。
この約一年、もしくは十年以上前からそんな腑甲斐無い気持ちを母の背中に投げかけた。
「あ、りがとう。いつも、本当にありがとう。今までもじゃなく、これからも迷惑かけるかもしれないけれど、母さんの息子で僕は良かった」
伝えたら伝えたですっきりし、脱力感と一気に涙が流れた。随分とでかくて泣き虫な息子が目に映っただろう。なにか言いかけた母はそんな息子を抱き締める。いや、抱き着いた。
「本当に、良かったわ……水樹っ」
朝食時に昨夜みたいな重い空気が感じられなかったのは、彼方の頑張りがあってこそだ。彼方本人にその気はなくとも見事に食事に会話を織り交ぜ、「そうね」「そうかしら」と最初は相槌を打つ母だったが、
「……あの子、まあまあ良い子ね」
「えっ」
もう彼方の姿は見えず、それでも玄関に立つ母はぽつりと褒めた。
「『水樹君が僕の兄に襲われました』とか『責任を持って僕が送り届けます』とか事細かく説明する割には腹立つくらい冷静で、焦る親の気持ちにも配慮しなさいよ、と子供相手に思ったわ」
「……彼方君、母さんにそこまで?」
抑制剤を飲んだ後、一眠りした水樹はその間に起きたことを彼方の口から語られた部分からしか知り得ない。いわゆる鬼電がかかり、彼方が代わりに出たことや『僕からも説明させて欲しい』と手を挙げたのがきっかけだ。
「ええ。後は『水樹君にアレルギーはありますか?』とか『汚れた服の代わりを取り揃えますのでサイズを教えてください』とか。無関係なことも質問されたわ……ほんと」
母はため息を吐くが、横顔から覗く表情は朝の穏やかそのもので目元のクマが少し消えている。
「おかげで変な落ち着きを取り戻したのよね。二時間も話っぱなしだから疲れたのかしら。でも、彼方さんには『水樹君から直接ご報告したいことがあるようです』と聞かされただけで、真相は教えてくれなかった。はあーあ、ようやく遊佐家自慢の息子の魅力に気づいた輩が現れたか、と父さんと作戦練り捲っていたわ」
どこか吹っ切れた物言いに水樹は鳥肌が立った。感情がもう喉まででかかっているのに、母音の『あ』くらいしか出せない。
「さ、そろそろ家に入りましょう。今日は母さん独占日よ。水樹の好きな……」
「か、か、母さん……っ!」
唐突に出た。緊張で語尾が震えたが、振り返る母は急かさずに静かに待ってくれる。いつだって水樹の母は息子が本音を暴露するまで待ち続ける、根性のある母親だ。もしくは信頼していると言っても過言ではないだろう。
──いつか謝りたい。
この約一年、もしくは十年以上前からそんな腑甲斐無い気持ちを母の背中に投げかけた。
「あ、りがとう。いつも、本当にありがとう。今までもじゃなく、これからも迷惑かけるかもしれないけれど、母さんの息子で僕は良かった」
伝えたら伝えたですっきりし、脱力感と一気に涙が流れた。随分とでかくて泣き虫な息子が目に映っただろう。なにか言いかけた母はそんな息子を抱き締める。いや、抱き着いた。
「本当に、良かったわ……水樹っ」
5
お気に入りに追加
515
あなたにおすすめの小説

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
1/27 1000❤️ありがとうございます😭

白い部屋で愛を囁いて
氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。
シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。
※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。
事故つがいの夫は僕を愛さない ~15歳で番になった、オメガとアルファのすれちがい婚~【本編完結】
カミヤルイ
BL
2023.9.19~完結一日目までBL1位、全ジャンル内でも20位以内継続、ありがとうございました!
美形アルファと平凡オメガのすれ違い結婚生活
(登場人物)
高梨天音:オメガ性の20歳。15歳の時、電車内で初めてのヒートを起こした。
高梨理人:アルファ性の20歳。天音の憧れの同級生だったが、天音のヒートに抗えずに番となってしまい、罪悪感と責任感から結婚を申し出た。
(あらすじ)*自己設定ありオメガバース
「事故番を対象とした番解消の投与薬がいよいよ完成しました」
ある朝流れたニュースに、オメガの天音の番で、夫でもあるアルファの理人は釘付けになった。
天音は理人が薬を欲しいのではと不安になる。二人は五年前、天音の突発的なヒートにより番となった事故番だからだ。
理人は夫として誠実で優しいが、番になってからの五年間、一度も愛を囁いてくれたこともなければ、発情期以外の性交は無く寝室も別。さらにはキスも、顔を見ながらの性交もしてくれたことがない。
天音は理人が罪悪感だけで結婚してくれたと思っており、嫌われたくないと苦手な家事も頑張ってきた。どうか理人が薬のことを考えないでいてくれるようにと願う。最近は理人の帰りが遅く、ますます距離ができているからなおさらだった。
しかしその夜、別のオメガの匂いを纏わりつけて帰宅した理人に乱暴に抱かれ、翌日には理人が他のオメガと抱き合ってキスする場面を見てしまう。天音ははっきりと感じた、彼は理人の「運命の番」だと。
ショックを受けた天音だが、理人の為には別れるしかないと考え、番解消薬について調べることにするが……。
表紙は天宮叶さん@amamiyakyo0217
【完結】何一つ僕のお願いを聞いてくれない彼に、別れてほしいとお願いした結果。
N2O
BL
好きすぎて一部倫理観に反することをしたα × 好きすぎて馬鹿なことしちゃったΩ
※オメガバース設定をお借りしています。
※素人作品です。温かな目でご覧ください。
表紙絵
⇨ 深浦裕 様 X(@yumiura221018)

僕はあなたに捨てられる日が来ることを知っていながらそれでもあなたに恋してた
いちみやりょう
BL
▲ オメガバース の設定をお借りしている & おそらく勝手に付け足したかもしれない設定もあるかも 設定書くの難しすぎたのでオメガバース知ってる方は1話目は流し読み推奨です▲
捨てられたΩの末路は悲惨だ。
Ωはαに捨てられないように必死に生きなきゃいけない。
僕が結婚する相手には好きな人がいる。僕のことが気に食わない彼を、それでも僕は愛してる。
いつか捨てられるその日が来るまでは、そばに居てもいいですか。

【BL】声にできない恋
のらねことすていぬ
BL
<年上アルファ×オメガ>
オメガの浅葱(あさぎ)は、アルファである樋沼(ひぬま)の番で共に暮らしている。だけどそれは決して彼に愛されているからではなくて、彼の前の恋人を忘れるために番ったのだ。だけど浅葱は樋沼を好きになってしまっていて……。不器用な両片想いのお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる