もし、運命の番になれたのなら。

天井つむぎ

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【前編 了】第五章 呪いが解ける時、魔法がかかる時

ブルーライト。

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『水樹……やっぱり僕、君を孕ませたいんだ。僕はベータだろう? 番の噛み跡も残せない。水樹のモノである証が欲しいんだ。ダメ……かな?』

 閉じた隙間から刺すような陽の光が入り込む。窓を背にして眠ったはずなのにどうしてだ。
 むくりと起き上がり寝惚けたまま、ぐんっと腕を伸ばす。欠伸がぱかぱか。
(寝過ぎた? 昨日は土曜日だから今日は……というか、あれ)
 キスをしながら寝落ちし、隣で眠ったはずの彼方が忽然と消えている。シーツには彼方が先ほどまでいた温かみがあった。その事実に胸を撫で下ろす。
 昨日は目紛しいことが続いたが、彼方と無事に想いが通じ合った。頬の泣き跡が生々しい。誕生日もお祝いできて良かった。
「彼方君の誕生日……」
 たるむ笑みが引っ込み、大急ぎでリュックの中身をカザゴソ探しだす。目当てのものは運良くすぐに見つかった。
「一日過ぎちゃったけど、受け取ってくれるかな」
 ショッピング中に選んだ品。先月の誕生日はたくさん贈り物をもらったので、日頃の感謝も含めてのお返しだ。
 お手洗いに行ったのかも、と一階へ向かう。遊佐家は洗面所もトイレも一階の奥にあるが、ユニットバスではない。あと、親子二人で暮らすには十分な部屋の数だ。
(迷わないとは思うけど……うん?)
 裸足でペタペタ。階段を降りると左手に玄関、正面にリビングだ。そのリビングの霞んだガラスが中の状況を淡く光らせている。母はまだ睡眠中だ。──となると。
『今、若者にも拡大しているバース性の揺らぎ。その実態を視聴者の皆さんと一緒に詳しく見ていきたいと思います』
 慎重に引き戸を開けると暗いリビングでテレビだけが青白く光る。ソファに腰をかけるのはオレンジ色の髪型の青年だ。
(もう起きたんだ。休日なのに早いなあ……)
 彼方が観ているのは朝のニュース番組だ。各専門家や教授などをコメンテーターに招き、視聴者目線を心掛ける長寿番組でもある。時間帯が合わず、水樹はあまり観たことがない。
嶂南やまなみ先生はどうでしょうか?』
『そうですね。生まれつきの症状ではなく、後天的なものや事故などの後遺症からバース性が揺らぐ場合もございますが、原因は残念ながらまだ解明されていません。私もフェロモン治療を担当する一人の医者として、佐賀さが先生の仰るように治療だけでなく、患者様のメンタル面のサポートも課題になってくるかと』
 難しそうなトピックだ。彼方はこういった番組やスマホを利用し、世間で話題のニュースに触れるのだろうか。
(呼吸音すら聞こえてこない。真剣に聞き入ってるのに俺が邪魔しちゃダメだよね)
 プレゼントを渡すタイミングを失ったのは仕方がない。彼方を見送る前に渡しそびれたことも謝り、着けてあげよう。
 それから、自分ももう三年なのだから幅広くニュースをチェックしなくてはならないと心に刻む。面接で『気になるニュースはなんですか?』と質問された際、ちゃんと答えられるよう知識を身につけておかなければ。
 しかし、第二性が揺らぐような症状の存在は初耳だった。
『わたしは学生時代の頃でしたね。ベータフェロモンが弱くなり、オメガフェロモンが体内から漏れるようになりました』
「……うん? 誰かいるの?」
 またまた慎重に閉めようとすれば、彼方とばちりと目が合う。赤みのある瞳が青く映ったのは気のせいか。
 水樹は慌てて「し、真剣に観ていたのに邪魔してごめん!」と小声で謝罪する。
『ヒート周期自体はないもの、第二性検査では三回に一回の確率でオメガだと診断され……。今も治療を続けていますが──』
──ブツリ。
「いやいや、邪魔じゃないよ。居心地良すぎてつい守谷家のモードでテレビ観ちゃってさ、あはは。笹アナのお天気コーナー、今朝はやけに遅くてね。難しいニュースを垂れ流ししちゃった。音量、でかかった?」
 困り眉で笑う彼方は普段通りといえば普段通りだ。ただ、リビングが暗いせいで太陽パワーを本領発揮できていない。
(それに笹アナって、平日担当じゃなかった?)
 疑問を脇に置き、水樹は首を振る。いつもより起床時間が早いから頭に酸素が回らないのだ。
「全然。自分家みたいにくつろいで」
「そこまではできないけど……おりゃっ!」
「えっ、……わわっ!?」
 突進してきた彼方に腰を捕まえられる。温かな体温と小柄なのにがっしりとした体付き。あぁ、本当に彼方は遊佐家に泊まったのだと実感が湧いてきた。
「なんか、新婚の朝っぽいよね。好きな人と同じ空間に入れる……最高」
 背丈の違う下から迫るキス。ぷにっ、と触れるだけのキスで朝から甘い気持ちになれた。
(し、新婚かあ……。彼方君と毎朝、毎日……)
 式場で愛を誓い合った二人に待ち受ける日常。なにもかもが新鮮で、きっと何気ない仕草や癖にもドキドキするに間違いない。
(今度は俺からプロポーズするの、かな)
 妄想で口元がもにょもにょしだし、大事なことを忘れそうになった。いけない、いけない。
「彼方君……これ。一日遅れたけどプレゼント」
「えっ、うわっ! ありがとう!」
 小さな白箱から姿を現したのはシルバーのネックレスだ。
「格好良いな~。中身に写真を入れられるタイプ?」
「うん、そうみたい。彼方君は丸いイメージがあるからシンプルに丸がよく磨かれたものにしてみたの。中に好きな写真入れて楽しんでね」
 貝のように重ねた形状が格好良くも可愛げのある彼方に似合っていると思い、即買いだった。予想以上に喜んでくれ、早速身に着けている。大きめのシャツにキラキラなネックレスが下がり、華やかになった。
「……どう?」
「すごく似合っているよ! 格好良い! オシャレ!」
 一晩ぐっすり眠ったら声も出しやすくなった。休日の朝から恋人と話したおかげもある。
(恋人パワーは偉大だ。つまらない週末が彩り豊かになるんだから)
 チュッ。可愛らしいリップ音が水樹の頬や唇からではなく、彼方の方からした。彼方は小さなペンダントに唇を当てて微笑む。不本意にも鼓動が高鳴る。
「なら、大切な水樹君の写真を収めなくちゃね。毎日このネックレスと一心同体になって、日々励まなきゃ」
 朝方には早すぎる熱色の視線が絡み、心臓をパジャマの上から押さえた。ドクンドクン。
 情景が目に浮かぶ。学業でも大事な試験前にも、一日の始まりと終わりに、ペンダントの中の水樹にキスをする彼方が。
「……僕の水樹君はほんと、目に入れても痛くないくらい可愛いよね。もちろん、本物の方が何百倍も愛しているけれど」
 踵が浮き、当然の如く唇を愛す。甘々な心地に崩れ落ちそうになった水樹は招かれたソファに座り、何度も与えられる。
「こんなにも美味しい朝ご飯を提供できるの、水樹君一人だよ」
 もし、本当に彼方の旦那様になれたら朝から溺愛されて大変な目に遭うな、とまだこない未来を悟った。

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