魔王の求める白い冬

猫宮乾

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―― 第五章 ――

【072】頬へと零れた雫

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「……――ルト。アルト」

 誰かに強く名を呼ばれ、僕は目をうっすらと開いた。
 何故なのか泣いていた僕は、睫の上から頬へと零れた雫に困惑する。
 正面には、オニキスの顔があった。

「大丈夫か?」
「……え?」
「魘されていたぞ」
「僕が……?」

 そう言えば、随分と懐かしい夢を見ていたんだっけと思いだし、思わず苦笑しながら、片手の腕で涙を拭った。

「ごめん、煩かった?」
「違う。心配になったんだ」
「心配?」
「好きな奴が、例え夢だとしても苦しんでいるのを放っておけるか? その権利すら、俺には無いのか?」

 そういうと僕の体の上にのり、オニキスが額にキスをしてくれた。
 それから髪の毛を撫でられる。

 そんな優しさが逆に苦しくなって、声こそ堪えたが、僕は涙が零れるのを止められなくなった。もう、あんな苦しみは味わいたくない。和平は、確かに模索していたけれど、あの時頷いたのは、本当に軽い気持ちだったのだ。けれどそのせいで二人目の勇者だったトキトは死んだ。死んでしまったのだ。そうだ、僕のせいで。

「オニキス……やっぱり僕は、君の好意は、本当に本気なのだとしても、からかってるんじゃないんだとしても、受け入れられない」
「何故?」
「もう……僕のせいで、誰かが死ぬのは嫌なんだ」
「それは、」

 オニキスが眼光を強めた。僕は腕で涙を拭う。

「過去に好きだった相手が死んだと言うことか?」
「違う、そんなんじゃない。だけど、勇者だった。彼は、何も考えずに僕を殺せばそれで良かったはずなのに。お姫様と結婚してさ、その後二人は幸せに暮らしました、みたいなハッピーエンドになるはずだったのに、だけど……」
「それで、どうなったんだ?」
「人間と魔族の和平を模索して、魔族に魅入られたって言われて処刑された。今の君とほとんど同じだ」
「――俺とそいつを重ねているのか?」
「顔も性格も何もかも似てないけど、僕を生かしてくれるって言う共通点はある。やっぱり僕は、倒されて、死ぬべきなんだ、そうなんだよ。それが、それが、ハッピーエンドなんだ」

 言いながら苦しくなって、僕は咳き込みながら、また泣いた。
 寝台の上で、僕は上半身を起こした。
 するとその瞬間、不意に抱きしめられた。



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