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―― 序:周囲に見えた現実 ――
SIDE:周囲に見えた現実(2)
しおりを挟む――聖龍暦:7251年(開始)
そこは神々が住まう【神世界】……ヴァミューダ。
創世神である超越聖龍が治める『正常化機関』――<鎮魂歌>は、騒乱の渦中にあった。<鎮魂歌>の師団に属してこそいるが、創世神が持つ”王位”の簒奪を企てている空神族と、超越聖龍を擁護するその他の神々の間で、激しい諍いが発生していた。
超越聖龍にとっての最たる敵――空神族を統べる空巻朝蝶が、師団長を務めているのは第二師団だ。
その空巻朝蝶を相手にするため、白羽の矢が立ったのは時夜見鶏である。
彼は、第一・三・四・五・六・七の師団及び近衛騎士団の総合指揮官だった。
時夜見鶏が、空神達を相手にする際に指揮をするのは、第五師団となった。
第五師団は――対神戦において最強の部隊と恐れられている。
神々同士の師団の争い……。
――下手をすれば世界は終焉へと向かう。
だが幸いな事に、どちらの師団も、名目上は<鎮魂歌>に所属する部隊だ。
双方共に、世界の消滅を望んでいるわけではない。
――”ほぼ”不老不死の神々は、当初より落としどころを決めて『戦争』をしていた。
一定数の負傷者が出た段階で、双方が軍勢を引き戻していたのである。
現在までの所、指揮官である時夜見鶏や空巻朝蝶が、最前線に出て対峙した事はない。
表に出ない二人がこれまでに顔を合わせた事は、幸運にも一度も無かったのだ。
しかし……今後、いつ何時、彼らがが直接相対する場面が訪れるかも分からない。
その日が来れば、神々同士の戦闘が起きる。
二人が一対一で戦う場合、あるいはそれは、世界滅亡の危機が訪れる事を意味する。
それほどまでに、彼らはそれぞれ、強力な神であった。
世界に傷をつけなかったとしても、一方の消滅――敗者が、神としての生を終えると、想像するのは、実に易い。そこで超越聖龍は、一対一のやりとりにも、事前に落としどころを決めておくようにと、主席筆記官の暦猫星霜に申しつけた。
――その頃、第七官舎の裏手の庭には、二人の青年の姿があった。
神界には珍しい、白い子犬に手を差し伸べている、黒い髪の空色の瞳をした青年が一人。
空巻朝蝶である。
もう一人は距離を置き、それを見据えている青年。時夜見鶏だ。
時夜見鶏が空巻朝蝶を眺める瞳が、少しだけ煌めいていた。
暫し、じっと朝蝶を見た後、時夜見は歩き去った。
その姿を、静かに視線を向けた朝蝶が一瞥する。
後ろで結んだ長い銀髪を揺らしながら、暦猫星霜は、空神側には事前に決めておくように通達し、時夜見鶏には直接話をしに出向いた。
時夜見鶏は本来、時神であるが、闘神と渾名されるほど容赦なく≪邪魔獣(モンスター)≫を倒すため、周囲に恐れられている。直接言葉を交わせるのなど、聖龍を除けば暦猫と愛犬天使くらいのものだった。
暦猫星霜は、第七師団官舎の裏手で、時夜見鶏を見つけた。
黒と茶を混ぜ合わせたような暗い色の髪に切れ長の瞳。
瞳はもう少し、茶味がかった色だ。
「時夜見、少し宜しいですか?」
すると顔を向けた時夜見鶏が、僅かに眼を細め、静かに暦猫を見る。
場には静寂が訪れ、暦猫はその威圧感に気分が悪くなった。
時夜見鶏は、いつもじっくりと相手を観察するように見据えるのだ。
「なんだ」
たっぷりと沈黙を挟んで、時夜見が言う。
答えが返ってきたことに、僅かに安堵の息を暦猫が漏らす。
「今夜の話し合いで、朝蝶をどうするか決定します。どうしますか?」
その声に、思案するように、僅かに時夜見が首を肩へと近づけた。
考え込んでいるのか。だが、表情に変化はない。
再びじっと暦猫を見た後、口元だけで弧を描き、時夜見鶏が笑った。
「チョウチョウは長針で刺して張り付けるものだろ? 形が崩れないよう、平らな場所にでもな。そして眺める。しばらくの間だな」
――磔にして痛ぶるとは、やはり時夜見鶏も敵には容赦がないのか。
ゾッとしながら、普段はそれでも、部下などには傷がつかないよう行動している時夜見のことを思い出しながら、暦猫は嘆息した。
「しばらくとは……どのくらいの間でしょうか?」
「――二時間くらいだろう」
「分かりました」
頷くと暦猫は会談の準備のため、<鎮魂歌>の室内へと戻った。
会談が始まった。
「――と言うことで通達したように、一対一で遭遇した場合は、双方が相手を追いかけ、捕まえた側が一つ行動を起こすことになりました。まずはそちらの条件を」
進行役の暦猫の声に、空神を代表して来訪した、空巻朝蝶が笑った。
その笑みだけ見れば、非常に柔和で、見る者を惹きつける。
彼の後ろには、二人の護衛がいた。
「――捕まえたら一つ、僕の頼みを聞いて貰います。勿論、殺しはしません」
穏やかに告げた朝蝶だったが、暦猫は朝蝶が嘲笑するように瞳を揺らしたのを見逃さなかった。拷問でもする気なのだろう。五神に数えられる朝蝶は、その中では最も若いが、残忍さにも定評がある。笑いながら追い詰めて、痛めつける。
「分かりました。良いでしょう」
暦猫が言う。
「そちらは?」
朝蝶が首を傾げて、微笑んだ。花が舞うような笑みだった。
「こちらは――刺して磔にし、石壁などに貴方を拘束し、二時間ほど眺めるなど致しましょう」
尤も、時夜見鶏の出した案とて、残忍でないとは言えない。
その二時間という時間であれば、十分に痛めつけることは可能だ。
暦猫がそれで良いんですよね、と視線を向けると、時夜見鶏は静かに瞳を揺らし、やはり間を挟んでから頷いた。
「ああ」
「決まりですね」
暦猫の言葉に、空巻朝蝶が頷いた。
会談は終了した。
――これが、悲劇の始まりだった。
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