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【18】
しおりを挟む「……なんだって?」
俺達の話を聞いたリュートは、正面を向いたまま、祭壇のマークを睨みつけるようにして、聞き返してきた。
「だから――」
「いや、良い、分かった。一つ確実なのは、ミスカが、前に『バジルは弟のような系図にある』と言って、自分の母親の旦那の浮気相手の子だとかいう回りくどい説明を俺にしたことがあるって事だ。合う。お前らの話と。元々ミスカが俺に会いに来たのは――現実で接触を受けたのは、バジルと付き合っていた兄について聞かせろという話だったからな」
そう口にすると、リュートが、双剣を握り締めた。
「俺にやらせてもらえるか? 俺が直接聞く。あいつは一応、俺のサブマスだからな」
誰も異論は唱えなかった。立ち上がったリュートを見る。
しゃがんでマークを見ていた他の俺達も立ち上がった。そして振り返りミスカ達がいる位置を見ようとした時――その時には、リュートが地を蹴って飛んでいた。双剣が宙を切る。
「なんだいきなり」
それをあっさりと交わしたミスカが、不機嫌そうな声を出した。
「お前、”日没の夜明け”の今日その息子か?」
単刀直入にリュートが切り出した。俺の方が狼狽えてしまう。ミスカはといえば、面倒くさそうに背中から大剣を抜きながら、大きく吐息していた。
「だったらなんだ?」
「このログアウト不可事件の首謀者かと聞いてんだよ」
「ああ、そうだ。一度、自分が書いた物語を自分の目で見てみたくなってな」
あっさりとミスカは認めた。俺は今度こそ言葉を失った。
「巫山戯るな。すぐに俺達をログアウトさせろ」
「良いのか? リュート。そうしたら、バジルに会えなくなるぞ」
「それとこれとは話が違う」
リュートが再び双剣を掲げた。すると、真っ直ぐにミスカもまた大剣を向けた。
周囲が固唾を呑む。二人を中央に人々は交代し、円の中心に二人がいる形になった。
俺は祭壇の前に立ったまま、それを見ている。そうして、二人の戦闘が始まった。
風を斬る音が響いてくる。時にそれが布を裂く音になると、俺はヒヤリとした。リュートの双剣がミスカの腕を切り裂いたかと思えば、ミスカの大剣がリュートの肩を掠める。二人とも強い。
ここにいる者は、俺を含めて、二人よりも弱い。誰も、彼らの戦いには踏み込めない。緊迫感がその場を包む。なにせリュートが負ければ終わりだ。分が悪い。ミスカは死んでもログアウトできるらしいのだが、リュートは死んでしまうのだ。
俺の隣では、ユフテスが外部への連絡を試みている。敵に気づかれないように通信をしているらしく、全てが数字のチャットをどこかに送信しているのだ。俺には読み取れない。
いてもたってもいられなくなって、俺は十字架を出現させた。それを構えて、リュートにヒーリングを行う。蘇生術もかける。リュートにスキルをかけるのは、初日に出会った日以来のことである。すると一度、リュートが俺をちらりと見た。そして、ニッと笑った。
瞬間、速度が桁違いに早くなった。
「っ」
押し倒されたミスカが息を飲んだ時、彼の首のすぐ脇に、双剣が突き立てられた。
そしてもう一本が、すぐに喉の真上にあてがわれる。
「降参か?」
「チ……退け」
「嫌だね。俺達をログアウトさせろ」
「――現実の何がいいんだ? ”日没の夜明け”の教義に、VR世界こそが人の本来の幸せを実現しているという名文がある」
「さぁな。俺は、バジルが帰りたいと望むなら、帰してやりたいだけだ」
その言葉を聞いて、俺は小さく息を飲んだ。実を言えば、俺は別に帰還を望んではいないからだ。本当は、もっとずっと、ここにいたかった。例えばリュートやミスカのそばにいたかったのだ。ミスカは、今では怖いが……。トキワとだって前よりはずっと仲良くなれてきた気がするし、ユフテスやローレライもいる。
すると、そんな俺を見透かすようにミスカが見た。
「帰りたいと望んでいると思うのか?」
「――どうだろうな。ただ俺は、今度は俺がそばにいて、バジルに帰りたいと思えるような現実を約束してやる」
迷い無い様子で、そう言ったリュートが双剣を振り下ろそうとした。
――辺りが最初のように振動したのは、その時のことだった。
地震が来たのかと思った瞬間、視界に光が溢れた。
瞬きをした時、俺の視界には、白い天井が入った。緩慢に視線を左に向けると、点滴のチューブが見えた。直感的に、病院だと判断できる。
「目が覚められましたか、良かった。事態のご説明を」
そこに、今回の事件の対策研究室の人がやってきたのは、すぐの事だった。
なんでも――契約の子であるミスカの危機により、敵集団が、今度は強制ログアウトを実行したらしい。そのため、囚われていた俺達全員がVRから解放されたのだという。そしてユフテスが連絡を取っていた機関の人々が、保護先の各機関と調整して、今事情説明に回っているらしかった。
こうして、一つのログアウト不可事件は終焉を迎えた。
俺が退院したのは、その一週間後の事である。非常に大きなニュースになっていて、大学でも顔見知り程度の人々に、口々に心配された。なんだか――照れくさかった。
ニュースでは連日、主犯としてミスカの顔写真が流れている。
だが、まだ行方は分からないらしい。俺は捕まって欲しいような、よく分からない気持ちになった。結局直接話したわけではないから、俺についてどう思っていたのか聞く機会はなかったが――もし現実が今と違ったならば、俺達は兄弟だったのかもしれないのだなと、時々考えた。
もう一つ気になる事――それは、リュートの事である。
そんなある日、俺はトキワの実家のカフェに出かけた。あれ以来ちょくちょくトキワと俺は遊ぶようになっていたのだ。だから今日も、顔を見に行こうと決めたのである。
「よぉ」
声をかけられたのはその時だった。振り返るとそこには、リュートが立っていた。
色彩がアバターとは異なるが、ひと目で分かった。息を飲んだ俺を、リュートが笑顔で見ている。
「現実はどうだ?」
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