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 それからトキワの修行の日々が始まった。トキワも大剣士だから、主にミスカがレベル上げを手伝っている。二人共剣士特有の範囲攻撃を使用可能だから、そういった意味でも効率が良い。リュートは、ローレライやユフテスと共に、地下迷宮攻略のための会議に出かけるようになった。その間俺は――……相変わらず繋がれている。壁から伸びる鎖を俺は眺めた。ただし玩具は突っ込まれなくなったし、服も着ている。

 名目上、俺は、保護されている。

 最初はトキワやフレ達に怪訝に思われるかと考えていたのだが、トキワは何も突っ込んでこなかった。ある日顔を出したユフテスの言葉で、その謎が解けた。

「聞いたよ、バジル。リアル事情が本当に大変だったらしいね」
「へ?」
「今回のテロにも関係があるのかもしれないね」

 何の話かわからず、俺は鎖を引きずりながらお茶を二つ用意した。
 俺の正面の席に座ったユフテスは、礼を言って受け取ると続けた。

「今回のログアウト不可は、時々出現するウィンドウ的にも、例のVR新興宗教――”日没の夜明け”の仕業で間違いないじゃない?」
「ああ、俺もそう思うよ」
「――そこの契約の子の母親、つまり教主様の最初の妻が、バジルのお父さんとお母さんを刺殺したって話、トキワくんから聞いたよ」
「え?」

 俺は寝耳に水だった。

「契約の子の母親?」

 刺殺したと犯人は、父の本妻である。しかし俺の父は、教祖様ではない。頭が混乱したから、なんとか沈めようと湯呑を傾ける。

「そ。バジルのお父さんと結婚する前に、未婚で契約の子を孕んだらしいね。だけどその後、元々許嫁だったバジルのお父さんと結婚したんだって」
「待ってくれ、俺はそんな話は知らない。それ、トキワが言ったのか?」
「トキワくんから聞いたのは、刺殺の件までだよ。そこから先は、僕が調べた。このVR内部にも宗教信者はいるし、君のご家族有名人だったから噂を知っているものも案外いた」

 俺は俯いた。確かにユフテスならば、情報収集は可能かも知れないとは思う。いつもまっさきに攻略情報を手に入れていたのは彼だ。といっても、まっさきに攻略していたのは俺だから、俺の結果を彼は手に入れて、公表していたというのが正しい。ただ時々、俺もほかのパーティの情報をいち早く教えてもらったりもした。どうしてこんなになんでも知っているのかは、いつも謎だったが。だが、ゲームと現実は違う。少なくとも今の俺にとっては、別のものだ。同じであれば良いと最近思うこともあるが。

「噂の域を出ないんだろう? 信憑性がない……」
「ううん。内側からVR知覚情報を操作して、外部へのアクセスを試みて、無事に対策研究室に繋がったんだ。だから警察提供の情報も僕は保持してるよ」
「え?」
「バジルはお父さんに認知されてたでしょう? それで教祖様の契約の子も、ご両親の事件の直前まで、君のお父さんの家の戸籍に入る話があったんだって。もしそうなってたら、君と契約の子は兄弟だった事になる。契約の子の兄弟は、また契約の子――と、言ってる人もいるらしいよ、その宗教では」
「何を、馬鹿馬鹿しい」
「少なくとも契約の子は、バジルに興味を持って、身辺を調べさせていたみたいだよ」
「それ、真面目に? 全く覚えがない」
「とにかくここから出ないように気をつけてね。どこにいるか分からないから。まだ、契約の子が、何処のなんていう人なのかは掴めていないらしいんだ。いくつも戸籍を持ってるし、VR接続情報からも洗い出せないらしい――っていうのは、おそらく契約の子はログアウト可能状態で安全地帯から接続してるからなんだ」
「俺は大丈夫だよ」
「そう? それなら良いけど」

 ユフテスはそんな事を語った後、帰っていった。残された俺は、嫌な胸騒ぎに駆られた。上手く思考がまとまらない。溜息をつきながら、俺はお茶を飲み干した。


 ――それから一ヶ月が経ったある日、ついに地下迷宮に初めて踏み込むことになった。今回は、俺も連れて行って貰えることになった。パーティは、俺とリュートとミスカ、トキワである。だが、至近距離にいるからだけでなく、グループレイドとして入っているから、全員の音声が聴こえてくるし、チャットも見える。

 地下へと続く巨大な螺旋階段は、どこか黴臭い。周囲の風景は、黒と夕焼けが入り混じったもので、不安感を煽ってくる。一歩ずつ慎重に歩きながら、俺は手袋をはめ直した。今日は手錠がない。なんとなく開放感があった。

 階段を下り切った時、中央に祭壇が見えた。黒い空間に、茶色い祭壇がポツンと存在しているのだ。ローレライとユフテスが歩み寄ったので、俺も行こうと思った。リュートに視線で確認すると、小さく頷かれたので、一歩踏み出す。

「これは……?」

 祭壇には、白いマークが付いていた。九重角の一つ目鶏のマークである。あれ?
 俺はミスカに振り返った。MMO時代にこんな祭壇があったかは思い出せないが、ミスカはここからデザインをとって、あの腕輪を作ったのだろうか? 首を傾げていると、ユフテスに腕を引かれた。

「これ、”日没の夜明け”の契約の子の紋章だよね?」
「え」

 狼狽えた俺は、体を強ばらせた。そして――思い出した。
 以前話した時、ミスカは言っていた。

『――血の繋がりの無い弟がいる。戸籍上も無関係だから、弟というのは正確ではないだろうが』

 これは、この前ユフテスから聞いた話と、状況的に合致する内容だ。
 だけど、まさか。ドクンと心臓が強く鳴った。俺は、恐る恐る振り返る。
 するとミスカと目があった。腕を組んでいるミスカは、気怠そうな顔をしている。
 ――いつか、誰かに似ていると思った。そうだ、俺の母を刺した人物に、そっくりなのだ。

「バジル、どうかしたのか?」

 ローレライに声をかけられて、慌てて俺は視線を向けた。

「いや、あの……――なぁ、おい、お前ら」

 俺は声を潜めた。この二人は、長い時間を共にした、俺の嘗てのフレンドである。実際の所、現在ゲームの中で誰を信用できるかと言われたならば、俺の中ではこの二人だ。リュートやミスカよりも、だ。現実で知っているトキワとも比べ物にならない。それくらい二人とは死地をくぐり抜けたのだ。ここにレイトがいれば、四人一緒の昔のままである。

「俺……ミスカがこのマークの腕輪をつけているのを見た」
「「!」」

 静かに告げると、俺の声に二人もまた硬直した。それぞれが目を見開いている。一拍おいてから、ユフテスが正面を見たまま声を潜めて続けた。

「――事実なんだね? なるほど、バジルに興味があるっていうだけあって、非常にそばにいたわけだ」
「捕まえよう。契約の子が捕まったとなれば、敵方もテロを収集させるかもしれない」

 二人の声に、俺は静かに頷いた。そして――少し迷ったが、リュートを見た。
 リュートは目が合うとすぐ、考えるように首を傾げた。
 ――リュートは、ミスカが契約の子だと知っているのだろうか?

 少し不安になったが、俺は……決意してリュートを手招きした。
 ユフテスとローレライは、俺のその判断に口を挟んだりはしない。いつも、リーダーは俺で、決定も俺だったからだ。昔と変わらないそんなところに、少しだけ俺は、落ち着きを取り戻した。


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