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【14】
しおりを挟む「試しにモンスターを倒しに行ってきたんだ」
目が覚めると、俺はリュートに抱きしめられていた。腕の中で座っていたのである。俺を膝にのせ、リュートが俺の髪を撫でている。ミスカはシャワー中らしい。ぼんやりとする頭で、俺は頷いた。
「どうだった?」
「おう、リアルだったな。やっぱ――……MMOとは話が違う。生々しいんだ、野生の熊とか猪を相手にする気分だ。現実感に溢れていて、レベル以前の問題だった。レベルよりも慣れだ。レベルが関係あるのは、こちらからのダメージの通り具合だが――……当たらなきゃ意味がない。高いレベルの攻撃で当たらないのと、低いレベルの攻撃で当たるならば後者の方がマシだ。レベルを問わず、戦える人間は、現状ほとんどいない」
その言葉に、俺はローレライの事を思い出した。
「けど、ローレライは高レベルを募ってた」
「ああ。あれから話し合いが進展して、あちらは高レベルギルドを新設する計画だと聞いた――が、失敗するだろうな。レベルだけじゃ意味がない。言いたくはないが、プレイヤースキルの有無が関わってくる。それも、VR版のものだ。単なる高レベルプレイヤーのギルドじゃ、地下迷宮の攻略は困難じゃねぇか?」
「そうなのか……」
おずおずと俺が頷くと、ギュッとリュートが抱きしめてくれた。
「はっきり言って、VR経験豊富な奴や、リアルで武術をやっていた人間が有利だ。これはVR版開始時から言われていたことだが、この状況だと更に確実だ。試してきたが、今もレベル上げは可能だ。確かに前とは違って格段に恐怖はあるだろうけどな。俺としては、ユーザースキルがある低レベル層のレベル上げをした方が良いと思ってる」
いつになく真剣なリュートの声に、俺はポツリと聞いた。
「リュートは、それを手伝うのか?」
するとリュートが、苦笑するように吐息した。
「俺がそういうキャラじゃないって言いてぇのか?」
俺から体を離し、リュートが俺を覗き込んだ。ミスカが戻ってきたのはその時だった。
「いや、俺はお前ならそうすると信じていたぞ」
「聞いてたのか。へぇ。お前に言われてもな。バジルは俺を信じてくれるか?」
「悪い、正直以外だった。そんなことを考えてるなんて……」
「おい」
「バジルはまだまだだな。いいか? リュートは今、バジルに良い所を見せたいんだから、当然の選択肢じゃないか。格好良い事を述べて、実行する」
「ミスカ、俺の同期を一瞬で不純に変えて、株を下げるのはやめろ。俺は純粋にバジルとお前とログアウトするための方策を考えただけだ!」
そう口にしてから、リュートが一人頷く。
「そこで、ユーザースキルがある奴らを支援したいと思うわけだ。やろうかと思うんだ、久しぶりに――ギルメン募集を」
「それは良い考えだな」
ミスカが小さく頷いてから俺を見た。
「元マスターの見解は?」
「俺には全然わからないから、任せる」
「よし、決まりだな。ミスカ、バジル、明日から勧誘すんぞ。覚えておいてくれ」
こうして、ギルメンの勧誘が決定したのだった。
――翌日。
「では、行ってくる」
持ち回りで、リュートとミスカが交互に行くことに決まり、初日はミスカが出かけることになった。見送ってから、本日俺とリュートは、食事作りをして待つことになった。新たなる加入者が空腹かも知れないし、そうでなくとも倉庫で保存できるからと、大量のシチューを作ることに決めたのである。
しばらく雑談しながら、二人で料理をした。とは言っても、俺に手伝えるのは、野菜を洗うことくらいだった。ほぼ全てをリュートがこなしていく。本当に頼りになる、そんなふうに思った。もしも俺一人きりでこの状況化に置かれていたら、どうなっていたのだろう。そんな事を考えていた時、作業が落ち着いたようで鍋の蓋を閉めたリュートが俺を見た。
「――不安か?」
「いや、既に美味しそうな予感しかしないよ」
「そうじゃなくて、ログアウト不可の現状だ」
その言葉に、俺は顔を上げた。思わず腕を組むと、手錠の鎖が啼いた。一瞬だけ考えてみたが、俺にはよくわからない。なにせ――現実と違って、常にここでは、リュートやミスカが共にいてくれるのだ。寧ろ、ログアウトした世界よりも、俺の不安感は少ない気がした。
「お前らがいてくれるから、平気だよ」
だから俺は、本音からこう口にした。すると振り返ったリュートが俺を抱きしめた。ふわりとリュートの優しい香りがする。だが腕の感触は力強い。じっと見据えられたので、俺は顔を上げた。顎を持たれてさらに上を向かされ、覗き込まれる。
「お前『ら』、か。俺じゃなくて、二人セットか?」
「ン」
少し拗ねたような口調でそう言ってから、リュートが俺の唇を奪った。
「俺だけを見てくれ。俺は――」
その時後ろで、扉がバーンと開く音がした。
「帰ったぞ」
ミスカの声が響き渡る。すると顔を上げたリュートが、あからさまに眉を顰めた。
「なんで邪魔すんだよ!」
「この前の仕返しだ」
そのやり取りを聞いて、俺は思った。もしかして、俺はからかわれているのだろうか?
なにせ素直に受け取るならば、リュートは、自分を好きみたいな顔と声をしていたからだ。ミスカの言葉にだって、そう言うニュアンスがある。そこで俺はハッとした。なるほど、これは、初心者ごっこをしていたのと同じなのだろう。本気じゃないのだ。遊んでいるに違いない。演技だ。
「それで、収穫は?」
リュートが聞くと、ミスカが腕を組んだ。
「情報を得た。なんでもNPCは全て的になったらしい。人間のようにリアルな敵だ。天気予報の館のNPCすら、迂闊に話しかけると襲って来るそうだ。ペットは味方のままらしい」
頷いたリュートは、それから半眼になった。
「で、ギルメンは?」
「使えそうなのがいなかった」
あっさりと言い切ったミスカは、俺達の隣の椅子を引いて座った。
それからシチューが出来るまでの間、俺達は、雑談をして過ごした。
――完成したシチューは、非常に美味しかった。
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