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【8】
しおりを挟むウィンドウに現れたのは、白い三角形のフードを被った人間だった。三人いて、皆額に当たる部分に、巨大な目のマークが付いている。俺はそれを見た時、小さく息を飲んだ。
――VRができる手前から流行していた新興宗教のローブだからだ。
実は俺の母を刺殺した本妻が加入していた。信仰は自由だし、VRダイブを”新たなる自由への解脱”と位置づけているこの宗教は、意外と人気が高くてニュースでも時折取り上げられる。もっともニュースでは、現教祖の子供――契約の子が失踪中だとか、そういうゴシップが多い。契約の子の顔は誰も知らないらしかった。
俺の知識はその程度だ。たまたま本妻が身につけていた数珠から垂れていた飾りのマークが、同じ目玉だったから、ちょっと印象に残っているに過ぎない。宗教なんか関係なく、母は浮気相手だったから刺殺されたのである。
『空腹感もリアルデース。餓死しまーす』
そんな声が、字幕付きでウィンドウに流れた。俺は意識を切り替え、あの新興宗教――”日没の夜明け”が関わっているのだろうかと考える。一部の信者の犯行かも知れない。先程の二人の話からすると、VRに手を入れているのだから、これはテロだ。宗教テロは、そう珍しい事件ではないのが、ニュースを見た限りの時流である。それから餓死についてのお知らせ後、ウィンドウは消失した。
「――まずは、食料の確認をするか」
珍しく溜息を吐いてから、リュートが俺の肩をポンポンと二度叩いた。
「リュート、ギルド露店のほか、個人露店も一時的に閉めたほうが良い。ギルドホームを含めた確認はその後の方が良いだろう。買い占められるとまずい」
「それもそうだな。じゃあ俺は先に一瞬行ってくるから、ギルドホームの手続きをしながら、バジルを見ていてくれ。目を離すな」
「分かった。さっさと行ってこい」
頷くと、リュートが姿を消した。視線操作で島へと向かったのだろう。残された俺の手を、その時ミスカがそっと握った。
「安心してくれ。何事にもテンプレが存在する」
「テンプレ?」
「ああ。食料の買い占めからの衣料品不足、こういった一連の流れは、Web小説において変わらない。土台は、実際の災害時を念頭に置いているようだから、するべきことは災害時と同じだ。じっさいこういったVRテロは一種の人的災害だ」
「だったら先に薬剤POTを確認したほうがいいんじゃないのか? 食料は数日すれば支援物資が届くから、災害直後に本当に必要なのは包帯や絆創膏だと俺は聞いたことがあるよ。二・三日食べなくても死なないし」
「――支援物資が届くならば、だろう。ここはVR内部だ。支援物資を届けてくれる機関が存在しない。今後支援するギルドなどはできるかもしれないが」
そんなやり取りをしながら、リュートはもう片方の手で、ギルドホーム操作用パネルを中に喚び出し、指先で触れた。淡い黄緑色の光が動き、ギルドの間取りやステータスを表示している。すぐにギルド露店の表示部分に、白いバツ印が描かれた。すると丸マークの中にSTOPと表示される。一瞥すれば、露店売上は五億三千ガルデとなっていた。俺から見れば少ないが、一般の露店からしたら非常なる資産だろう。残っている品を見ると、生産武器が置いてあった。ミスカかリュートが生産者なのだろう。生産武器は、ここに並んでいるレベルのものならば高く売れる。五千ガルデから二億カルデの高額武器ばかりだ。
続いてミスカが、ギルド倉庫を表示させた。そしてこちらを、ギルマスとサブマス以外持ち出し不可設定にした。つまり今後は、俺も持ち出せなくなった。別に構わないが、まだギルドのメンバーとは認識されていないのだなと思って、少し胸が痛くなり俯いた。
「――バジル。これは、安全対策だ。俺とリュートだけならば、どちらが持ち出したかすぐに分かるから、バジルを余計な争いに巻き込む事が減る。そう思っただけで、お前を泣かせたくて認証から抜いたわけじゃない」
するとミスカが、俺の手を握っている指に力を込めた。ハッとして顔を上げる。
俺は、泣きそうだったのだろうか?
なんと答えようか迷っていたその時、リュートが帰ってきた。
「ミスカ、俺の家は終わった」
「こちらもギルドの露店と倉庫は封鎖した。倉庫の中身に限っては、あとでピックアップした方がいいだろう。目算だと一ヶ月分程度の食料素材アイテムや加工品、回復用薬剤POTの飲み物はある。多いか少ないかは不明だ。俺も自宅に行ってくる」
「おう。有難うな。よし――……じゃあバジルは、俺と一緒に行くか。バジルの家に」
ミスカが立ち上がる。すると代わりに歩み寄ってきたリュートが、俺の手を取った。
こうして、俺は俺の島へと向かった。誰かを連れて行くのは、VRにおいては初めてである。昔はアイツとよく二人で星空を眺めたのだが……そう考えながら降り立った草の上で、ちらりとリュートを見る。真剣な顔をしているリュートの目元は、やはりアイツに似ていた。ただ、アイツは俺の前では滅多に真剣な顔などせず、いつも明るく笑っていたものである。頼り甲斐は無かった。しかし俺の手首を持って隣に立つリュートは、非常に大人びて見える。アイツは俺の八歳年上だったから、その弟だというし見た感じリュートは、二十代半ばだ。俺がアイツと出会った時、その当時のレイトと同じ年代なのである。ミスカもリュートと同世代に見えるが、もう少し上かも知れない。
「本当に重課金者のガチ生産廃って感じだな」
「……」
「馬鹿。綺麗だって言ってんだよ。褒め言葉だ」
リュートはそう言って微笑すると、神社型の俺のホームへと迷わず歩き始めた。その間視線操作で、俺は島にギルメン以外が入れない設定をし、栽培収穫物は全て採取した。しばらくは枯れないから、後は放置だ。
「露店を閉じればいいんだよな?」
「おう」
中に入ってから再度確認し、俺は中にパネルを呼び出した。お金の回収は現在の所持レベル的にこんなんだから取り置き、弄っていない棚にも食料が無い事を確認する。それ以外の品も購入(買い占め)できないように、俺は露店を【CLOSE】にした。続いて個人倉庫の中を見る。ここには大量の生産調理品や食材がある。俺は取り敢えずリンゴを取り出した。そして驚いた。甘い本物のような香りが広がったからだ。嗅覚がよりリアルになっている風だった。
「お、美味そうだな」
「う、うん」
「今夜はリンゴが食べたい気分だ。ジャムで。よければ、それ、三個くらい欲しい」
「ああ、分かった」
「――あっさり出せるってことは、倉庫は潤沢なのか」
「リンゴくらいはな」
「心強いな。後で詳しく内容物を聞かせてくれ」
俺は頷いてから、カゴ一杯の99個のリンゴを取り出した。倉庫ひと枠につき、同じアイテムは99個まで預けられるのだ。その状態で、倉庫の閲覧権限を自分のみに変えた。
「持ってやる、よこせ」
リュートがカゴを右手で奪った。そして左手は俺と繋ぐ。
「よし、完了か? 一旦ギルドホームに帰るぞ」
些細な優しさに何故なのか胸が少しトクンとした。俺は小さく頷き、視線操作で【戻る】を選んで、二人揃って島から元々いたギルドホームへと戻る事にした。
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