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 本当は、俺はこの程度ならばソロ余裕なのだが、そこは相手に合わせて、回復に専念する。攻撃力アップのバフをかけ、本当はほかの職業スキルのバフもかけたかったが、そこは我慢し、あとはひたすらヒーリングと蘇生術だ。その間、爪忍者はどんどん敵を倒していく。一人よりも効率が良いらしい。当然だ。俺は、支援しているに等しいのだから。

「名前は? 俺は、リュートと言うんだ」
「バジルだよ。よろしくな」
「――聖職者でバジルと聞くと、ランキング三位を思い出すな。ほら、伝説の【虹髑髏の聖なる十字架】を持ってるという、MMO版で最強のボス、エクエスドラゴンを初めて倒して連戦したパーティの。ギルド、シャムロックの元マスターだった」
「あはは。偶然だ」

 俺は嫌な黒歴史を知られていたことに、胸が痛くなった。伝説のその杖は、ガチャの限定版だったのだ。ゲーム内に一本しか存在しない。今でも聖職者の十字架武器の中では、最強らしい。

 エクエスドラゴンというのは、MMOのカンスト260レベル時点で、最強だったボスだ。今はもっと強いボスがいるのだが、職業相性があり、エクエスドラゴンは聖職者の光魔法に弱い。他のボスは、他の職業に弱い。そして高レベル聖職者が当時も、そして今もほとんどいないため、今尚討伐速度ランキングには俺の名前が載っているのである。当時の俺は、少なくともレベルでは最も強い聖職者だったのだ。

 シャムロックというギルドは、俺とアイツ――俺を捨てた術忍者、レイトが作ったギルドだ。俺はアイツにマスターを譲渡して止めた。ギルドにもレベルが存在するのだが、俺のギルドは、そちらのレベルもカンストだった。なおそれは、今もシャムロックが一位だ。どこのギルドも、レベルは50行っていれば高い。シャムロックのみが当時のカンスト87だった。現在は……解散しているらしい。シャムロックは、伝説のギルドだという。

「まぁ、そうだよな。MMO版でも、だいぶ昔に引退したと聞いてる」
「らしいな」
「一度で良いから会ってみたかった」
「なんで?」
「俺の兄が、同じギルドにいたらしいんだ」
「え? 誰?」
「レイトと言うんだ」

 俺は思いっきり咽せた。改めてリュートを見る。言われてみれば……似ている。現実世界で俺が惚れたアイツに、目元なんてそっくりだった。なんて世間は狭いんだろう。

「――今、レイトはどうしてるんだ?」
「このゲームのMMO版で知り合ったララっていう人と結婚して、無事就職した」
「……そうか」

 あの初心者の女の子と結婚したのかと、内心で祝福した。もう未練は無いが、俺が相手だったら、そういった生活は訪れなかったのだと思うと胸が痛んだ。素直に祝福するしかない。

「バジルは、恋人がいるのか?」
「いや、いないよ」
「そうか。俺もいない」
「へぇ。モテそうな顔してるのに、意外だな」
「――よく言われる」

 あっさりと頷いたリュートに、俺は半笑いを返した。これだからイケメンは……。
 そう思っていたら、奇妙な言葉が続いた。

「じゃあ恋人になるか?」
「は?」
「俺、バジルの顔、好みなんだ」
「いや、俺、男だからな。プレイヤー性別もVRじゃ偽れないって知ってるだろ?」
「その代わり、VRのバーチャルSEXは、男同士でも楽にできる」
「な」
「18歳以上だろ? 体液が飛び散るイメージが見えるのは、R18コードを解禁してる場合だけだ。お前さっきから避けてるし」
「それは、そ、そうだけど」
「俺はお前とヤりたい」
「は!? な、何言って……」
「何って……サンセット・グリードだぞ? 出会いヤリゲーなんだから、当然だろ」
「へ!?」

 知らなかった事実に、俺は衝撃を受けた。
 呆れたようにリュートは半眼になった。

「何お前、真面目にRPGやりにきた人? いたのか? そんなレアな人種……」
「な、な、な……」
「VRSEXの経験は?」
「あるわけがないだろ!」
「じゃあ俺で試せよ。世界変わるぞ? 気持ち良くしてやるから」
「え」

 俺があっけにとられていると、双剣を消去させてリュートが振り返った。
 そしてぐいと俺の腰に手を回して、抱き寄せた。

「あ、あの……」

 唇が近づいてくる。俺は怖くなってギュッと目を閉じた。逃げなければと思うのに、体が動かない。――地を蹴る音がしたのは、その時のことだった。

「離せ」

 底冷えがする声に、俺は咄嗟に目を見開いた。
 見ればリュートの首筋に、真っ直ぐに大剣が突きつけられていた。

「お前のヤりグセは目に余る」
「――ん、だよ。邪魔するなよ、ミスカ」

 現れた大剣士に、リュートが目を細めた。銀髪の大剣士は、切れ長の瞳を細めると、忌々しいものを見るようにリュートを見下ろした。背が高い。

「そこの聖職者は、明らかに困っている。そうでなくとも、善良なユーザーを不埒な道に引き込むことは許容できない」
「不埒じゃないユーザーの方がすくねぇだろうがぁ……なぁ、バジル? 俺とヤるのと、ミスカと冒険ごっこするのどっちが良い?」

 リュートがそう言って俺の体をさらに抱き寄せた。俺は今度こそ押し返した。

「冒険に決まってるだろ!」
「えええ!?」

 俺の答えに、大げさに驚いた顔をしてから、リュートが俺から離れた。真面目にレベル上げをしているから、性格も真面目かと思ったら、決してそんなことは無かったようだった……。

「リュートが迷惑をかけたな」

 ミスカはそう言いながら、剣を鞘にしまった。背中に背負っている。助けてくれた彼を、俺は少し格好良いと思ってしまった。

「同じギルドの者として、代わりに謝罪する」
「い、いえ……」

 俺は意外に思った。真面目そうなミスカと、印象が真面目から一変してヤリチンなリュートでは、反りが合わなそうに思える。なのに同じギルドなのかと驚いた。意外と同じギルドでも仲が悪い相手がいると片方が抜けたり、片方を強制脱退させたりという事がMMOでは多かったのだ。俺も……アイツの件があってギルドを抜けた。

「こんな奴だが、リュートは根は真面目でな。シモさえ緩くなければ優秀なギルマスなんだ」
「ギルマス!?」
「ああ。俺がサブマスをしている」

 心底驚いて、改めてリュートを見てしまった。するとリュートは面倒くさそうな顔で、後頭部で手を組んだ。

「いつでもミスカに代わってやるって」
「俺はお前についていくと言っているだろ」
「じゃあそろそろヤリ専ギルドに――」
「ぶち殺すぞ」

 再びミスカが剣を抜いた。だが、言われてみると二人はじゃれあっているようにも見える。仲が良さそうだ。なんだか俺は、疎外感を感じた。

「リュート。いい加減、初心者から中級者のフリをして、レベル上げの狩場をあらすのはやめろ」

 その言葉を聞いて、俺は呆然とした。え。俺と同じ……?

「だって、レベル低い奴の方が可愛いんだもんよ。しょーがねぇだろ。実際ほら、バジルだってさ、くぅ、俺好み!」
「――確かにちょっと目を瞠るのは事実だ。だからこそ、丁重に保護するべきだ」

 顔を褒められて、俺は複雑な気分になった。別にそう大した顔では無いと俺は思うのだが、昔から時々褒められてきた。というのも女優だった母にそっくりだからだろう。母は――富豪の父の愛人だった。本妻に刺殺された。父もだ。そのため、一人残った俺に、莫大な遺産が転がり込んできた次第である。

「バジルは、ギルドに入ってんのか?」
「いや、入ってないけどな……」
「そうなのか? じゃあ俺とミスカの所に来ないか?」
「え」

 俺は確かにギルドに誘われる日を夢見ていた。だ、だが……初対面でヤりたいと迫ってくるギルマスのギルドなんて不穏だ……。そう思ってチラリとミスカを一瞥する。

「安心してくれ。俺が責任を持って守る。歓迎するぞ」
「……ええと」

 その力強い言葉に、俺は答えに詰まった。もう少し色々と見てみたいというのが本音である。だが、他にツテもない。ここは意を決して見るのも良いかもしれない。

「俺でよければ、よろしく……」

 こうして俺は、ギルドに入った。

「まずはギルドホームに行こう」

 頷いて――俺は、VRにて初めてのギルドホームへと向かうことになった。



 ――これが、間違いだった。
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