ゼーレの御遣い

猫宮乾

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―― 本編 ――

6:忌々しい記憶(★)

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 聖騎士団の地下にある、祈りの間。
 本来であれば、こうして祈りを捧げるのは、塔の上に設置されている大聖堂だと決まっていた。しかしながら、加護を受けるのではなく、直接御遣いと話しをする際は、地下を使うのが正式な形だと、騎士団の古文書にはあった。

 第二十一代、聖騎士団騎士団長――それがオルカのその時の役職だった。

 黒い髪に、紫色の瞳をしていて、その透けるような白い肌も何もかも、その後六十年以上変わらない事になるだなんて、この時の彼は思いもしなかった。寿命があるのかは分からないが、兎に角この一件を機に、オルカの体は時を止めた。

 契機は、オリュンポス十二柱の一つであるハデスの背に乗り、定時の見回りをしていたときだった。空中に、不思議な遺物を見つけたのだ。唐突に出現したようにしか見えない、昨日までは存在しなかった、鉄の扉がそこにはあった。鎖で雁字搦めにされてはいたが、うっすらとその扉が左右に開こうとして、震動しているのを、オルカは確かに見て取った。

 ――まさか、〝冥界の扉〟?

 そんな馬鹿なと思いながら、じっと見据えた。

「おや珍しい。冥界の扉ではありませんか」

 その時不意に声がかかった。
 何の気配もなかった物だから驚いて振り返る。十字架を握る手に力を込めた。
 そして目を見開いた。

 そこには真っ白な羽を揺らしている、紅い目をした青年が立っていたからだ。金色の髪が揺れる度、羽根が周囲に舞い散る。決して目を離す事が出来ないほど、その美しいかんばせに惹きつけられ、見とれた。

「人間と会うのも久しく、滅多にありませんが。ただ貴方のように天界のすぐ側までやってくる珍しい人間というのは、興味があって、時折見ていました」
「――御遣い?」
「私に傅かない人間も珍しいですね」

 にこにこと穏やかに笑っている御遣いを眺めて、オルカは信じられない思いだった。
 その時まで、天使が本当に存在すると、彼は思ってもいなかったのだ。

「このままでは、また人間界は滅びかけるか――今度こそ本当に滅びる事でしょう」
「っ、対処法は……」
「前回はゼーレの御心により、扉は消滅しました。ただし残念ながら、現在ゼーレは不在なのです。私たち御遣いの力であれば、可能かも知れませんが、誰にも指示を受けたり頼まれたりしなければ、力を貸す事は出来ない」
「貴方に頼めば、この扉を消滅させる事が出来ますか?」
「恐らくは。私の名を喚び、正式に呼び出して下さい」

 にこりと笑った御遣いの姿に、オルカは思案した。

「名前はなんと仰るのですか?」
「ラファエルです」

 それが、初めてラファエルと会ったときの記憶だ。



「あなた方の〝祈り〟、しかと天界に届きました」

 そして騎士団の地下で、伝承に則り、オルカはラファエルを召喚したのである。
 ラファエルは、他にも、彼よりは下位の御遣いを大勢連れて現れた。

 冥界の扉を破壊する事は、思ったよりも楽に出来た。

 無論、ラファエルの強い加護と攻撃力があったからだ。
 残すは、御遣い達に帰還して貰うだけ――その時の事だった。

 それまでの戦闘で疲れ切り、団長室で休んでいたオルカの所に、騎士が幾人も駆け込んできたのだった。

「大変です! 御遣い様達が!」

 信じられない思いで報告を聞きながら、オルカは、地下まで走った。

 報告は――御遣いが、騎士達を犯そうとしているという、性的に陵辱しようとしているという、到底理解できない事柄だったからだ。

 聖騎士は、戒律で、正式な婚姻以外では、性的関係など持ってはならないと決まっている。その場合であっても、子供をもうけるときのみだ。また、同性など在ってはならない事だと決まっていた。しかし、騎士達は皆男で、現れた御遣いに性別があるのかは不明だったが、少なくとも声や骨格から推測する限り、男だった。
駆け込み、実際に制服を破られ、今にも襲われそうになっている騎士達を見回してから、オルカは声を上げた。

「お止めください――!!」

 するとそれらの光景を、高い場所の巨大な十字架の隣にある窓辺に座り眺めていたラファエルが、床へとゆっくり降りてきた。

 これまでには優しい表情しか見た事の無かったラファエルが、しかし意地の悪い笑みを浮かべてニヤリと笑っていた。

「御遣いである私に、止めろ?」
「っ」
「誰のおかげで、冥界の扉を破壊する事が出来たと思っているのですか?」
「それは――ですが」
「今回は、あくまでも御遣いの〝厚意〟であなた方を助けたのです。褒美の一つや二つ、貰わなければ」
「だからと言って、こんな――兎に角、即刻止めて下さい」

 オルカは、目の前で服を切り裂かれているエリオットや、今にも犯されそうになっているワイズの姿に唇を噛んだ。

「では、こうしましょう。貴方が私の相手をして下さい」
「なッ」
「そうすれば、他の騎士達は、全員助けましょう。私には、此処にいる御遣い達を下がらせる力があります」
「……――お許し下さい、私は妻帯者です。妻子がいます」
「だからなんです? あなた方の神は、人間同士の不徳は禁じていても、御遣いとの交わりを禁じてはいないでしょう? 何せ私も同じ神、ゼーレを信仰しているのですから、よく知っています」
「……ですが……」
「では貴方はそこでただ見ていればいい。皆が、御遣いと交わるのを」
「……っ」
「貴方一人が体を差し出せば、他の者を助けて進ぜようと言っているのです」
「それは……」

 唇を噛んだまま、オルカは、笑っているラファエルを睨め付けた。

「……――本当ですか?」
「ええ」
「ゼーレに誓って?」
「――良いでしょう。皆、下がりなさい」

 ラファエルの声に、落胆したように御遣い達が、壁際まで下がった。
 服を切り裂かれていた騎士達が、体を庇うようにして、やはり下がっていく。

 幸いまだ、決定的に犯された騎士はいないようだった。

 最も被害が酷かった副団長のワイズであっても、口淫された程度だった。
 暗い地下の中央で、オルカはラファエルと対峙した。

 体を震えが走る。

 しかし団長として、皆を助けなければならないという強い想いがあったし、同時に御遣いを喚びだしたのは自分自身だという負い目もあった。




「うッ……ぁ」

 服を着たまま、胸を探られ、オルカは床に気づけば座り込んでいた。

「何故、騎士団が御遣いを呼び出すとき、この地下を使うのかは、古文書には載っていなかったのですか?」
「っ……ぁ」

 這い上がってくるおかしな感覚に、オルカは唇を噛み、声を堪えるので精一杯になった。

「代償に御遣いへと、聖職者が体を差し出すからなのです。これは、正当な契約です。何も我々御遣いが無理を通しているわけではない。てっきり同意のもとだと思っていました」
「……知らな――ふッ、ァ」
「どうしてあなた方聖職者に、厳しい戒律があるのかご存じですか?」
「え?」
「私に触られると、気持ちが良いでしょう?」
「そんなはずが――ひゃッあ、あ、あ」

 乳首を服の下ではじかれた瞬間、ゾクリと快楽が背をはいのぼり、震える声を上げて、オルカは目を見開いた。睫が震え、その瞳から、生理的な涙がこぼれる。

「我々御遣いは、あなた方聖職者の聖なる気を与える時、貴方がたにどうしようもない悦楽をもたらしてしまうそうです。それを戒めるための、戒律なのですよ」
「っ、ン」

 必死で唇を噛み、震える瞼をオルカはきつく伏せた。
 そんな団長の姿を、周囲にいる騎士達は、皆呆然と見ていた。

 誰よりも厳しく身持ちが堅く潔癖で強い騎士団長。その白い肌が上気している姿は、酷く扇情的だった。声を堪えるように、唇を結んでいるのだが、その赤い唇が震えるさまに、皆の目が釘付けになる。
力の入らなくなっていく体で、オルカは下衣をおろされたのを自覚した。

「けれどその代償を得てでも、時に聖職者は、私たち御遣いの力を借りる。その時にどうするか、貴方は本当に知らないようですね」

 クスクスと笑いながら、ラファエルが指を鳴らした。
 現れた小箱の蓋を彼があけると、細い十字架と、金色の輪が入っていた。

「教えて差し上げましょう」

 ぼんやりとオルカはそれを見ていた。次第に意識が朦朧としてくる。
 しかし達してなるものかという理性だけが残っていた。

「!」

 それを見て取ったかのように、そそり立ったオルカの自身に、ゆっくりとラファエルが細い十字架を突き立てた。

「あ、あっ、っ、ふ」

 ガクガクと体が震え、今までに感じた事のない、強い悦楽が先端から尿道を犯すように入ってくる。その上根本には、金の輪がはめられた。

 達するも何も、それは物理的に封じられた。

「御遣いの手で達すれば、聖職者は、もう快楽から逃れられなくなる。それを制限するための聖具です」
「っン」

 十字架をぐりぐりと抜き差しされ、オルカは涙がこぼれるのを止められなくなった。
 そのたびに、強い快感に襲われる。

「これは聖水です。人間の使うものとは、レベルが違う。これを聖職者の体にいれるとどうなるか、ご存じですか?」

 透明な液体を今度は手に取り、ラファエルが笑った。

「っ」

 繊細な指が、体内へと入ってきた瞬間、オルカは目を見開いた。
 瞬間、体の中が熱くて、どうしようもなくなった。

「っあ、はぁ、はっ、あ、や、やめ……っあ……あああ!」

 心臓が苦しいほど早鐘を打ち、息が上がる。
 そんな感覚、オルカは知らなかった。
 最早、声を上げずにはいられなくなる。

「うぁ、あ……っ、やだ、いやだッ……」

 幼い子供のように泣き叫んだ自分自身に堪えられなくなり、思わずオルカは叫んだ。

「頼むから見ないでくれ――ッ」

 自分の部下達がこちらを見ているという事実すら、辛い。朦朧とした視界に、あるいは侮蔑を宿し、こちらを見ている騎士団員の姿が映っていく。

「おや、見せてあげれば良いではありませんか」

 クスクスと笑いながら、ラファエルがオルカの陰茎を撫でる。

「ううッ……――! あ」

 同時に、内部を刺激され、オルカは背を撓らせた。
 電撃が走るように、全身を強い快感が襲う。

「ん、んぅあ」

 前と後ろを同時に刺激され、オルカは唇を振るわせた。

「おや、此処が好きなのですか」
「いやぁぁぁっあ、あ、やめ、やめてくれ、も、もう、やめッ」

 しかしラファエルは、見つけた場所を楽しそうに、緩急つけて刺激する。
 それだけで、オルカの頭は真っ白になった。

 その刺激が辛いのだ。震える足で何とか堪えようとするのに、射精したくてしかたがなくる。体内に渦巻く熱を、解放したくてしかたがない。

「んあぁああああ――!!」

 その時、圧倒的な質量を誇る、ラファエルの肉茎が入ってきた。
 そしてオルカの最も感じる場所を、嬲るように突き上げる。

「やだやだやだ、やめッ」

 無我夢中で首を振り、オルカは泣き叫ぶ。
 痛みなどまるでなかった。
 腰を揺らされる度に、全身を快楽が襲い、何も考えられなくなっていく。

「いやだぁッ、ううあ……や、や、はぁ、あ」

 息が上がり、ガクガクと体が震える。

「気持ちいいでしょう?」

 穏やかな声で、ラファエルが聞く。

「っ」

 しかしそれだけは認めたくなくて、きつく目を伏せ、オルカは首を振った。
 これまで聖職者として生きてきた彼にとって、これはどうしようもない背徳感を同時にもたらすのだ。

「達したいのでしょう?」
「っ、違、違う!!」
「おや、まだ理性が残っているのですか」

 楽しそうにそう言うと、ラファエルが激しく腰を打ち付けた。

「ああああ、や、あ、うあぁあああああ」

 もう絶叫する事と涙を流す事しかできなくて、無我夢中でオルカは首を振る。

「ふぁっ」

 その時両手で乳首をつままれ、ガクンとオルカの腰から力が抜けた。

「ぁ……あ……」
「このまま気が狂うまで嬲って差し上げても良いのですよ」
「っ……は……あ」

 なにかが、プツンと音を立てて、途切れたような気がした。

「や、あ、あああっうあ、あ、ああああ」

 そのまま前を扱かれ、オルカは泣きじゃくった。

「いやだ、あ、も、もう……っ」

 ――イきたい。出したい。射精したい。

 もう何年も、そんな事など考えた事はなかった。しかし最早、それ以外の何も考えられなくなる。

「いやだ、ううっ、こんな――……っあ、あああああ!!」
「言いなさい、気持ちいいと。達したいのだと」
「……っ」
「強情ですね」
「んんぁああああッ」

 腰をゆるゆるとゆすられ、オルカは訳が分からなくなってくる。

「あ、あ、あ……や、やぁっ、く、あ」

 全身に広がった熱が、思考を蝕んでいき、喉は嗄れ、最早涙すら涸れ始める。

「……イかせ」
「なんですか?」
「イかせてくれ、お願いだから、ああ、もう、もう駄目だ、頼むから、あアあっ」
「何故ですか? 気持ちよくないのでしょう?」
「気持ち、良い」
「もう一度」
「気持ちいいからッ」
「部下の前で犯されてよがってイかせて欲しいと、そう言う事ですか」
「っ、く」
「おや、違うのですか?」
「……」

 力の抜けた体で、オルカは小さく頷いた。
 すると吹き出すように笑いながら、ラファエルが、オルカの前の拘束を外した。
 それだけで、出てしまいそうになったオルカの自身を、ラファエルが静かに掴む。

「!」

 そしてそのまま、中を一際強く抉りながら、軽くオルカの男根を撫で上げた。
 あっさりと達したオルカは、そのまま床に倒れ込み、意識を失ったのだった。



 目を覚ましたとき、御遣い達は既に天界へと帰って行った後だった。

 寝台の上で、茫然自失としながら、オルカはその報告を聞いていた。
 以来、騎士団でオルカは、腫れ物を見るような視線を向けられた。

 勿論それは、本人の罪悪感がもたらす、勘違いもあったのかも知れない。

 けれど以前と同じように、屹然と指令を下す事なんて、もう出来るはずがなかった。

 時にはあからさまに、御遣いに犯され気持ちよかったんだろうという、嘲笑混じりの言葉を向けられるときもあったが、何も言い返せなかった。――何せそれは、事実だったのだから。

 妻が自殺したのは、それから一週間後の事だった。
 息子を妻の実家が引き取るという報せに頷き、籍を抜いてから二日後の事である。

 ――冥界の扉は閉ざされた。

 けれど、己の幸せもまた閉ざされたように思えて、オルカは泣きながら笑った。
 もう何も、オルカには残ってはいなかった。

 騎士団も家族も、信じていた信仰も、何もない。
 初めて神を呪った。
 世界を恨んだ。

 いっそ狂う事が出来たら、どんなに良かったのだろう。
 そうして死ねたのならば、残酷な世界から姿をとっくに消す事が出来ていたはずなのに。
 ああ、そうだ、これは忌々しい記憶だ。


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