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【二十六】倖せを掴む権利が無いくらい俺は卑しい、喜ぶなんて、でも(SIDE:シノン)
しおりを挟む今日は曇天だ。まだまだ冬は続く。
本日の神様は、朝からどこか思案するような顔をしていて、熱心になにかの手紙を読んでいる。朝食のトーストも、神様にしては珍しく失敗したとの事で(ただ焼くだけだというのに……)真っ黒だった。俺が焼きなおした。
想像力が上手く働かない時というのは、誰にでもある。そんな時は、物語の創造が辛くなるから、物語想像者としての活動は重荷になる場合もあると俺は思う。
「なぁ、シノン。話がある」
「ん?」
「座ってくれ。真面目な話だ」
「……あ、ああ」
頷いて俺がテーブルの前に座ると、セギ神がコーヒーを俺の前に置いた。
「単刀直入に言う」
「はい」
「結婚してくれ」
「――へ?」
「結婚して欲しい」
唖然とするというのは、こういう事だろう。俺はパクパクと唇を開閉してしまった。言葉が見つからない。け、結婚。それは、その、今の生活が、二人での暮らしが、ずっと続くという事だろうか? それは嬉しい。だけど、リアス兄上がいつか来たら、結婚していたらそれこそ神様をおびやかす可能性が高い。
「嫌か?」
「そうじゃなくて、その……嬉しいけど、出来ないです」
「どうして?」
「……」
苦笑するしかない。リアス兄上の名前は、出さない方が良い気がする。
同時に、そろそろ俺が戻る頃合なのだろうと判断した。
「俺、帝国に帰るから」
「ダメだ」
「でも――」
「お前は俺が嫌いか?」
「好きだ!」
「お前は俺のなんだ?」
「こ、恋び……――熱心な読者! それで十分なんだ。俺、モブで良い」
必死に俺がそう告げると、セギ神が腕を組んだ。
「既に外堀は全部埋めたし、リアスへの対処は終わっている」
「――え?」
それを耳にし、俺は驚いて目を丸くした。
「シノン第三皇子殿下」
「っく、あ……い、一応俺は確かに皇族だけど、きちんとした教育も受けてないし……」
「殿下は、バイルシア王国の第三王子と結婚する事に決まっている。和平の象徴としての婚姻だ」
「……? それって、どういう……?」
「即ち、俺と結婚する事は、もう決まっている。決まった理由は無論政略的な理由じゃない。お前の事が好きだから、王国の王族である俺が手を回した」
「!?」
驚いて俺は息を飲む。すると、隣に座っているセギ神が、俺の腕に手で触れた。
「皇太子殿下、そして皇帝陛下の許しも得てある。そしてリアス第二皇子は……――もう、お前に害をなす事は永遠にない」
「……本当に?」
「ああ。死者は何も出来ない」
「死者……? え?」
「――急に現れた魔獣への対処中に、首を負傷し、亡くなられたそうだ」
「っ」
驚愕した俺は、どこかで安堵もしている己に気づき、そんな自分の浅ましさを呪った。兄の死に対して、ホッとするなんて、そんなのは最低だ。けれど、これでもう、神様に対してリアス兄上が何かをする事が無いと思うと、肩の力が抜けてしまう。
「葬儀があるから、結婚式自体は後になるが――もう俺は、お前を逃さない。お前が俺を愛していなくても、俺はお前を貰う」
「愛してる! 俺はセギ神が好きだ!」
「だから神は止めろ」
セギ神は小さく吹き出してから、俺の腕を引いた。その腕の中に倒れ込むと、ギュッと抱きしめられた。俺は目を伏せ、額を神様の胸板に押しつける。
「本当に俺は、セギ……と、一緒にいて良いのか?」
「勿論だ」
嬉しくて、嬉しくて、俺は思わず両頬を持ち上げた。そうしたら、何故なのか温水で濡れた。別にリアス兄上にコーヒーをかけられたわけでもないのに。どうやら、俺は泣いているようだ。
「ン」
触れ合うだけのキスをする。唇を、掠め取るように奪われたからだ。何度も啄むように、セギが俺にキスをした。幸せだ。嬉しくて、嬉しくて。
――俺は、この気持ちを残したい。
キスを終えてから、目を開き、俺達は見つめ合った。
「結婚してくれるな?」
「はい!」
「おう」
それからお互い笑顔を浮かべた。その日の昼食は、二人でエビフライを食べた。
神様の作ってくれる料理の中でも、エビフライは最高に美味しい。
俺は、この幸せが続く事を祈りながら――決めた。
久しぶりに、俺も物語想像者として、魔導書変換可能な物語の続きを書こうと。
最後に書いたのは、魔獣討伐で負傷して、兄上に休暇を貰った時だった。
「よし、俺は書いてくる。シノンは?」
「俺も、そ、その……書いてみる、久しぶりに」
「そういえば、お前は筆名は何なんだ? シノンでもムメイでも見つからなかったが」
「S.M.ギュートという名前で書いてるんだ。シノン=ギュートが、母さんの家の名前とつけてくれた名前で、Mはムメイだから入れたらどうだと、昔ちょっとな」
「――ちょっと、リアスが?」
「いいや。無名の作家だからな、ほら」
「リアスが絡まないなら良い――そして良くない事がある。ちょっと待て。お前、ギュート氏なのか?」
「え? 俺を知ってるのか?」
神様が、俺の筆名を知ってる? どうして?
「俺はギュート氏に会いたくて、物語想像者になったんだ。元々素養を認められて旅に出る許可は貰っていたが、本格的に始めたのは、ギュート氏の著作に出会ってからだ」
「嘘だろ? 盛っただろ?」
「盛ってない! おい、本物か!? 何故ポストを開けない!?」
「だってな……俺の妄想なんて、絶対不愉快に思った人からの罵詈雑言しか届いてないと思ってな……怖くて見られないんだ」
「そんなわけがないだろうが!」
神様は人をおだてるのも上手いようだ。
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