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【三】俺の犬(SIDE:リアス)
しおりを挟む「遅かったな、ムメイ」
アイスコーヒーを飲みながら、俺はやってきた部下に声をかけた。
このダイナシア帝国騎士団の朝は早い。
現在、午前八時。
始業は十時からだが、犬は犬らしく、朝五時には来ているべきだと思った。それが今日の気分だった。
俺の言葉に、無表情のままムメイが頭を下げた。
「申し訳ございま――」
最後まで言わせず、俺はその頭にアイスコーヒーをかける。
彼の艶やかな漆黒の髪が濡れていく。ボタボタと黒い騎士の服と白いシャツをコーヒーが汚す。そこに回し蹴りをしてから、俺はコーヒーサーバーを見た。
「新しいコーヒーを淹れてくれ」
「承知致しました。ホットとアイスのどちらがよろしいでしょうか?」
「ホットだ」
俺は鞭を片手にそう告げた。火炎魔術で服を乾かしたムメイが歩いていく。清浄魔術で既に服も綺麗だ。こいつに使用できないのは、治癒魔術のみで、特に攻撃魔術は群を抜いている。そうでなければとっくに殺している。正直殺しても構わないのだが、物語想像区画エリアーデに出入り出来る貴重な権限の持ち主であるから、今は生かしておく。
もうすぐ上辺だけではあるが、我が帝国はバイルシア王国と和平を結ぶため、エリアーデの街との往来が可能になる。そうなれば用済みだ。それまでは甚振って気晴らしでもするかと決めている。
「お持ちしました」
「アイスだと言っただろう」
受け取り俺は、今度は熱いコーヒーをぶちまけてやった。肩が濡れたムメイは、一瞬だけ息を詰めた。軽い火傷でもしたのだろう。もっと苦痛に歪む顔が見たい。
俺は物語想像者が大嫌いだ。
空想に耽り現実逃避をする輩、帝国の苛烈な魔獣との攻防に無知な者達。
しかし彼らの魔導書が無ければ、我々は戦う事が出来ない。矛盾。
帝国人の多くは、物語想像者を快くは思っていない。それを彼らも理解しているから、王国にばかり力を貸す事が多いのだろう。
そんな中で、このムメイがここにいる理由。
それは一つだ。
エリアーデの街は、元々、帝国が創り出した。これは多くが知らない、帝国皇族だけの知識だ。俺は第二皇子で、騎士団長を務めている。だから――知っている。
帝国の皇帝家に伝わる魔導球という魔力蓄積宝玉と、物語想像区画の魔術図書館の地下にある魔導球は繋がっている。もし帝国が魔導球を破壊すれば、魔術図書館は瓦解する。物理的に、全魔導書が喪失する事になる。魔術保管庫は、脆弱なのだ。
ムメイは、多くの物語が消失する事を危惧している。
俺はムメイを見つけ、この事実を述べ、脅迫した。
――魔導書が大切ならば、犬なれ、と。
たまたま緩衝区画に魔獣が出た時、そこにいたムメイが攻撃魔術を使ったのを見て、俺は犬にすると決定した。以後のムメイの働きは目覚しい。危険な魔獣討伐を、どんどんやらせている。死んでも構わないから、使いやすい。
そうしていつもボロボロになって帰ってくるムメイを、鞭打つ事が酷く楽しい。
「そこの書類を片付けておけ」
俺はそう命じて、執務室から外に出た。
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