暗に死ねって言ってます?

猫宮乾

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【一】俺の神様(SIDE:シノン)

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 俺には神様がいる。
 念のため述べておくが、決して怪しい宗教家ではない。

 ここは、物語想像区画エリアーデ。
 各々が生み出した物語を魔導書に変換して、それを魔術図書館に納める場所だ。
 魔力とは、想像力であり、それを駆使するために、物語を読んだりする事が必要になるのだが、その鍵本となる物語が生み出される街だ。

 中でもこの区画エリアーデには、物語を生み出す事が出来る者しか立ち入る事が出来ない。一応入る事が可能な俺も、大昔にはオリジナルの物語を想像し図書館に魔導書として納めていた事もある――が、専ら現在は、過去の特権で立ち入り可能なのを良い事に、市場に出回る前に、新作の物語(魔導書)を読み漁る事を趣味としている。

 そんな俺の最近のお気に入りの、物語の執筆者――それが、俺にとっての神様だ。
 無論、魔導書を左手で開いて、それを展開すれば、神様は非常に高威力の攻撃魔術や結界魔術、治癒魔術も使用可能だ。遠くから使用風景をチラ見した事があるが、本当に格好良かった。

 俺はとにかく、神様が綴る物語が好きすぎて、もうダメだ。
 神様の物語があるから、読めるから、生きていける。
 魔術はもうこの際、どうでも良い。
 俺は単純、純粋に、ストーリーが、ストーリーが、ストーリーが、いいや、登場人物も世界観も本当に尊くて大好きすぎて死にそうなのだ。愛している。

 ああ、神様が細胞分裂して、毎日提供してくれたら良いのに。
 供給が足りない。神様のお話が好きすぎて、毎日新作はないだろうかと図書館に向かう俺、無い日は既存作を読み返し、あった日は歓喜して物語世界に浸っている。魔力を得るために本を読むなんていう動機は何処かに失踪した。

 神様と話してみたいが、緊張しすぎてそれは無理である。
 俺の存在など認識されなくて良い。
 影からひっそりで良い、ただ、読めたらそれで良い。それだけで良いんだ!

 ――と、思いつつ、著者近影で、俺は神様のご尊顔を知っていた。その神様は、このエリアーデの街の噴水そばのベンチに座っている事が多い。大抵の場合、多くの人々に囲まれている。この区画にいるのだから、囲んでいる人々も物語を記しているのだろうが、俺は最近神様しか視界に入っていないので、神様の顔を素早く一瞥して通り過ぎるだけだ。

 噴水は、エリアーデの街の出入り口の楠門のそばにある。
 楠門の手前で右に曲がると、商店街に出る。
 門をくぐると……ダイナシア帝国となる。帝国領に一歩入れば、そこにはもう、物語想像者は、ほぼいない。ガツガツと、魔導書変換した物語から魔力を得て、術式を展開し、襲い来る魔獣を討伐する世界が待っている。

 色々あって、俺は現在帝国で働いている。
 俺は天涯孤独だと思っていたら、異母兄が見つかって、声をかけられたというのもある。
 ただ過去に想像者だったから、エリアーデに立ち入る事が出来るだけで、住居地も帝国だ。なお物語想像区画の人々は、楠門こそくぐれるが、その左手に広がる緩衝区画までしか立ち入りは帝国が許可していない。だからみんな逆方向にある、バイルシア王国側の紫陽門をくぐって、あちらの自由な世界に遊びに行くようだ。

 物語想像者である魔術師は、基本的には王国に保護されている。なお、王国と帝国は敵対し合っている。まぁ、隣国同士というのは、何かと仲が悪くなりがちだというのは、大陸全土を見ても明らかなので、俺はあまり興味が無い。

 ただ俺も本音を言えば、王国に憧れはある。
 何故ならば、帝国は何かとブラックだからだ。忙しいし、結構日々の職務も辛い。

 だからこそ、だからこそなんだ!
 仕事の前後の空き時間に、魔力の補充と言い訳して、神様の物語の中に現実逃避をするひと時は、俺にとって至福なのだ。

「ああ……尊い」

 俺はパタンと本を閉じ、暫く座ったままで物語に浸っていた。
 もっと読んでいたい。願わくば、一回でいいから、神様にサインとか貰いたい。
 今日は幸いお休みだし、我ながらストーカー臭があるが、噴水前を見に行こうかな。
 神様のお顔をチラっと見たら、きっともっと元気が出る……!

 そう考えて立ち上がり、俺は書架に本を戻した。

 魔術図書館を出ると夕暮れだった。朝から日が暮れるまで俺は本を読んでいたわけだ。
 神様は、毎朝俺が楠門を出る時も、今頃の時間に帰ってくる時も、噴水の所にいる。
 だから今日もきっといるだろう。いて欲しいなぁ。

 そう思いながら坂道をゆったりと下る。
 商店街に行くふりをして、チラ見しようと決意しながら、俺は噴水を目指した。

 果たしてそこに――……やったぁァああああ!! 神様がいる。囲まれている!
 歩く速度を落とした俺は、我ながら気持ち悪いが、全力で聞き耳を立てる。

「あーあ。俺も感想の一つや二つ貰ってみたいわ」

 その時、神様の声が聞こえた。
 ――!?
 俺は驚愕して、思わず足を止めた。目を見開く。前々からチラ聞きしていたため、神様の少しテンションが低めの声を、俺はよく記憶していた。今回も気怠そうな声が響いてきたのだが、その内容に声を失った。

 神様ほどの人が、感想を貰っていない!?
 そ、それは、素晴らしすぎて、いっぱい貰ってると皆が思っているから、逆にみんなが言わないといった事態が発生しているという事か? きっとそうに違いない。

「感想を貰うために書いてるわけじゃねぇけどな、たまに寂しくなる。貸出数しか伸びない。俺の書く話って、魔力量は増えても、心には残らねぇのかなぁ……」

 神様が憂いておられる……!?
 これは由々しき事態だ。

「たった一言、『面白い』『つまらん』で良いんだよ。たまに筆と心が折れかける」

 ――!?

 ま、待って欲しい。
 神様!? 神様の物語が読めなくなる!? 無理、無理だ。それ、俺が死ぬ奴。

「とても面白かった!!」

 気づくと俺は声を上げていた。

「セギ神の物語は――」

 そこから俺は歩み寄り、無我夢中で感想を熱弁してしまった。今しがた読んできた最新作、遡って処女作から全作品、その全てに対する俺の思いの丈を語った。とにかく語った。

 我に返った時、俺の神様――セギ先生はポカンとしたように俺を見ていて、その周囲にいた人の輪はちょっと距離が出来た上、全員が俺を見据えていた。しかしセギ神が筆を折ったら、俺はもう生きては行けないだろう。

「――と、こんな形で、俺はセギ神の大ファンなんだ。大ファンなんです。大ファンだ! 大好きです。セギ神! どうか筆を取り続けて下さい!」
「お、おう……」

 セギ神は、若干引き気味に、俺に対して頷いた。だから俺も大きく頷き返した後――さすがにちょっと恥ずかしかったため、さっとそのまま立ち去り、商店街へと向かった。初めて神様と話してしまった。頬が熱い……。



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