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―― 本編 ――
【第二十三話】魔王、放課後ベンチに座る。
しおりを挟むそんなこんなで夏休みが終わった。クラス替えが行われると、林間学校で話していた通りで、俺とリザリア、ルゼラ、シリル殿下とアゼラーダは同じクラスになった。これからは毎日五人で顔を合わせるのかと思うと、なんだか感慨深い。
それはそうと、気になるのは王太子殿下の事だ。王太子殿下は、一学年上だ。
俺は二学期が始まって数日後の放課後、ひっそりと中庭のベンチに座った。そこからは、正面にある四阿がよく見える。花園の中にあるそこに、王太子殿下が座っている。彼が肩を抱いている平民の少女の名前は、確かスカーレット。彼女も二年生である。
二人は昨年同じクラスとなり、運命的な出会いを果たした――というのは、王太子殿下が周囲に語っている話である。一目で恋に落ち、自分の身分を気にせずに気さくに接してくれる可憐さに惹かれたのだという。俺は正直どうかと思う。アンドレ殿下は、不敬罪と称して、男子については平民や貧民、時に貴族であっても、バシバシと罪をきせて罰している。なのに女性には比較的貞操観念が緩い様子で、それも手伝い、女子の事は『不敬』でなく『気さく』と表現するらしい。
噂によると、入学パーティに於ける一方的な断罪劇も、「お前は俺の上辺しか見ていない」だとか「宗教は愛の自由を尊重しているのに指一本触れさせてくれない」だとか、そんな糾弾から始まったらしい。何とも言えないが、俺としてはリザリアがちょっと不憫に思えた。とはいえ、彼女も嬉々として婚約を解消していたのは事実だ。
そう考えていると、俺の目の前でアンドレ殿下が、唇が触れ合うくらい、スカーレットに顔を近づけた。スカーレットの瞳はうっとりとしているし、アンドレ殿下の目も輝いている。あんまりにも甘いムードが漂っているから、確認するまでもないとは思いつつ、俺はステータスを閲覧する事にした。
他人が他人に対して抱いているステータスを見るのは、この体になってからは初めてだ。
見れば、王太子殿下のスカーレットに対する好感度は、98%。完全に恋心である。
一方のスカーレットの好感度も、87%と十分高い。やはり二人は、相思相愛らしい。
それを眺めていた時、二人の顔が重なった。
思わず俺は視線を逸らし――そしていつの間にか隣に立っていたリザリアを見つけて、ビクリとした。
「いつからそこに?」
「グレイルが熱心にアンドレ殿下達を見ていた頃ですわ」
「……声をかけてくれたらよかったのに」
「あんまりにも熱中しているようだったものですから」
「なにその言い方。俺に盗み見る趣味があるみたいな言い方は、止めてもらえる?」
「あら、違いました?」
「違います」
俺が目を据わらせて否定すると、吐息に笑みをのせて、リザリアが悪戯っぽく笑った。
それから少し考え込むような顔をした後、リザリアが俺から四阿の方に視線を向けた。
「グレイルもその……キスをしたいと思ったりするのですか?」
「別に」
ドきっぱりと俺は答えた。
「そ、そうですか」
するとホッとしたような声で言ってから、リザリアが改めて俺を見た。俺もじっとそちらを見ると――不意にリザリアが、今度は苦笑するような顔をした。何処か傷ついているようにも見えるその表情に、俺は困惑した。俺、何か悪いことしたか? そう思いつつ、好感度が下がっていたら困るので、俺はステータスを閲覧する事にした。
――78%。
その好感度の数字を見て、俺は思わず瞠目して息を呑んだ。こ、これは……75%からが基本的に恋心であるから……え? 待ってくれ、え? 俺は思わず口走った。
「もしかして俺の事好き?」
「なっ」
するとリザリアが、呆気にとられたように声を出した。それから暫く呆然としたように俺を見た後、一気に真っ赤になった。ギュッと目を閉じていて、長い睫毛が揺れている。
「わ、私は……! 好きだから婚約すると、最初に申し上げたと思います!」
俺は引きつった笑いを浮かべそうになった。確かに言ってはいたが、それは嘘だったと俺は知っているし、先日だって治癒魔術や医療院の活動が気になっていたと聞いたのだし、と、ぐるぐると一人考えてしまう。だが、嘘だと指摘するのは無理だ。ステータスが見えると露見したら、それこそ魔王だとバレてしまう。普通はそんな力は無い。
その時、頬を染めたままで目を開けたリザリアが、僅かに瞳を潤ませて俺を見た。
「グレイルは、私を少しは好きになりましたか?」
「……」
逆に問いかけられて、俺は完全に言葉に詰まった。そもそも円満解消しか考えていなかった俺は、恋愛的な感覚で、リザリアを見た事が無い。無いよな? しかし何故なのか、俺は自分で自分の気持ちが分からないほど、内心では動揺してしまった。そのせいで言葉が何も出てこない。いつもだったら否定すると思うが、その声すら出てこない。ただ内心の動揺を悟られたくなくて、俺は表情だけは平静を装った。
「……沈黙が、答えですわね」
すると非常に小さな声が聞こえてきた。リザリアのあんまりにも悲しそうな声音に、俺はハッとして息を呑む。どこからどう見ても落ち込んだ顔をしているリザリア。彼女の顔を見ていたら、俺の中でムクムクと罪悪感が頭をもたげた。
「リザリア、その――」
何か言おうと俺が口を開いた丁度その時、下校を促す鐘が鳴った。だから俺は咄嗟に言葉をとめる。そもそも何を言おうとしていたのかすら、自分でも分からない。
「帰りましょうか。馬車が来ている時間ですわ」
リザリアが苦笑してから、気を取り直したように、校門の方を見た。
「そうだね」
頷いた俺は、ベンチから立ち上がる。その後校門まで、俺達は並んで歩いたけれど、どちらも無言だった。そしてそれぞれ別の馬車に乗り、帰宅した。
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