塩評判は当てにならない。

猫宮乾

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 ――翌朝。
 僕は久方ぶりに私服の袖に腕を通した。
 向かう先は、ロベルトの家である。僕は、待っているという言葉を真に受ける事に決めた。

「それに、聞かなきゃ。も、も、もし本当にロベルトが僕の事、好きなら……」

 まさかの両想いである。そう考えただけで、顔から火が出そうになる。
 何度も一人で照れながら、僕はロベルトの邸宅に向かった。ついでに家賃も貰ってきて欲しいと、祖父にも頼まれているので、仮に『冗談だった』と言われても、僕も『本気じゃなくて、家賃を貰いに来た』と返せる。僕はきちんと言い訳まで用意して、ロベルトの家を目指した。

 そして庭に入ってから、深呼吸をして、呼び鈴を鳴らした。
 するとすぐに扉が開き、黒い私服姿のロベルトが出てきた。昨日の騎士装束とは異なる、こちらの方が見慣れた姿だ。僕を見ると、ロベルトが両頬を持ち上げ、満面の笑みを浮かべた。

「来てくれて、有難う。入ってくれ」
「お邪魔します」

 つい見惚れそうになったが、そんな自分を抑えて、僕は久しぶりにロベルトの家の中へと入った。応接間に促され、僕の目の前には以前と同じように、ロベルトが淹れてくれたお茶が置かれた。ティースタンドには、シュークリームや小さなサンドイッチがのっている。

「ジル、元気だったか?」
「うん。僕は元気だよ。ロベルトは? 怪我とかはしなかった?」
「ああ。今回の討伐は比較的易かった。ただ――ジルとほぼ一ヶ月も会えなくて、寂しくてならなかった。好きだ」
「……僕も会いたかったけどさ。そ、それって、その……友達としての好きじゃないの?」
「友達だと思われている事は分かっている。最初は仕事だったしな。だが、俺はジルに対して恋愛感情を抱いている」
「っ、な、なんで僕に? 僕の何処が良いの?」

 卑下するわけではないが、僕は自他ともに認める平凡だ。それを、どうしてロベルトのように素晴らしい人が好きだと言ってくれるのだろうか。僕にはそれが、よく分からない。確かに恋愛は身分でするものではないかもしれないし、僕だってロベルトを好きかもしれないと思うのは、彼の性格に惹かれた事が大きいからではあるが……客観的に考えて、つり合いは取れないと僕は思う。

「仕事であっても気遣ってくれた事が、まず嬉しかった。だから、もう少し話がしたいと思って、当初俺は家に招いたんだ。だが――話せば話すほど、惹かれていった。自然体で俺と話してくれるのなど、ジルくらいのものだ。ジルだけは、俺を冷徹な騎士団長として恐れる事もせず、俺を怖がる事もなく、雑談に興じてくれた。幼い頃から知っているロルフは特殊だが、俺にとって、こういった経験は初めてだった。結果、好きになっていた」
「待って。だって、僕に対して、ロベルトは最初から怖くなかったよ? みんなの前でも笑っていたら、普通に気やすく話せるんじゃないかな?」
「好きでもない相手の前で、笑顔を浮かべることに俺は意味を見出せない。俺は、ジルと話している時は、自然と笑顔が浮かんでくるが、他の場合、そう言った事は無い。ジルは俺に、笑顔をくれる。俺に人らしい心をくれる。そんな存在なんだ、俺にとっては。それが、たまらなく愛おしい。愛している、ジル。好きだ」

 ロベルトが僕を見て、真剣な顔をして述べた。僕はやはり赤面してしまった。こんなの、照れない方が無理だ。しかも平々凡々な僕を、じっくりと見て、導出してくれた答えなんだなという感じがする。

「ジル、俺を好きになってくれないか?」
「……もう、なってるよ」
「本当か?」
「うん……僕は、ロベルトみたいにきちんと言えないんだけど、一緒に話していたら、楽しくて、ロベルトは優しいし、それで、その……好きだなって思ってて……」
「まずもって、俺と話していて楽しいや優しいという感想を抱いてくれるのは、ジルだけだ。誰にも言われた事がない」
「それは、みんながロベルトの事を知らないからでしょう?」
「――俺は、ジルにだけ、知ってもらえたら十分だ。愛しているのは、ジルだけなのだから。ジル、俺の恋人になってはくれないか? 結婚を前提に、付き合ってほしい」

 明確な問いに、僕は真っ赤のままで、硬直した。
 この王国では、好きになった相手と伴侶になる事が推奨されているので、恋愛に性別は問わない。同性同士の場合は、養子を取る事が多いが。

「本当に僕で良いの?」
「ジルが良いんだ。ジル以外の何者も、俺は必要とはしていない」

 真摯なロベルトの言葉に、僕はこの日囚われた。答えなんて決まっていた。
 僕が頷くと、ロベルトが小さく息を呑んでから、破顔した。
 こうして、この日から、僕とロベルトは恋人同士となった。

 ――翌、月曜日。
第五騎士団勤務の僕は、本日も王宮へと向かった。
 すると本部に入ってすぐ、ロルフ団長に奥の部屋へと招かれて、その場で質問攻めにあった。他にも先輩達も大勢いた。僕がボソッと、『一昨日から付き合ってます』と正直に答えると、その場で拍手された。

 なお、毎週末は、僕はロベルトの邸宅で過ごす約束をしたと述べたら、お祝いだとして、ロルフ団長に香油をプレゼントされて、震えてしまった。僕は、完全にいじられている……。

 まだ付き合ったばかりで、そんなのは、気が早い……よね? と、思うのだが、僕にはどのタイミングで体を重ねるのかというのは、ちょっと分からない。

 それがより一層分からなくなったのは、その後梅雨を越えて夏が訪れ、僕らが付き合って三か月の記念日を迎えても、一向にロベルトが手を出してこなかった時だった。僕を両腕で抱きしめてロベルトは甘い言葉を囁き溺愛してくれるが、同じベッドで眠った事は、まだ一度も無い。第一騎士団は、第五騎士団とは異なり、毎日激しい剣技の鍛錬があるというし、ロベルトの寝つきは良いから、疲れているのかなと思って、僕側も誘えないでいる。

 本日も、金曜日から泊まっている僕は、客間で土曜日の朝を迎えた。
 身支度をして階下に降りると、夏苺のデザートを作っているロベルトの姿があった。食卓には、他にも様々な手料理が並んでいる。ロベルトは、いつも僕に食事を用意してくれる。

「おはよう」

 そして僕に気づくと歩み寄ってきて、僕を抱きしめ、僕の額にキスをする。いちいち赤面する僕は、まだその温度に慣れないでいる。少し体温の低い右手で、僕の頬を撫で、続いてロベルトが僕の唇に、触れるだけのキスをした。左手では僕の腰を抱き寄せ、啄むようにキスを繰り返す。幸せすぎる週末の朝である。

「おはよ。今日も美味しそう」
「ああ。ジルの事を想うと、つい手が込んだものを作ってしまうんだ」

 その後は二人で朝食とした。僕は穏やかなキスをされてからずっと、体の奥がじわりじわりと熱かったのだけれど、何も言えなかった。食後はずっと話をしていた。だが、そろそろ意を決する事にした。

「――ね、ねぇ。ロベルト」
「なんだ?」

 ソファの隣で僕を抱き寄せ、僕の耳の後ろをずっと擽っているロベルトに対し、僕はつい熱っぽい目を向けてしまう。

「明日もお休みだよね?」
「ああ。ジルもそうだろう?」
「うん。だ、だからさ、その……その……寝室に……」
「シーツならば洗ったものがあるが、確かに今日は他の寝具を干すにも最適だな」
「っ! そ、そうだよね? ものすごく快晴だもんね!」

 意識しているのが僕だけみたいで悲しくなる瞬間だ。
 だが僕は性欲だって平均的なので、ねっとりと耳の後ろ側を指でなぞられたりしたらゾクゾクしてしまうのは仕方がないと思う。

「……そ、そうだ、ロベルト」
「ん?」
「一緒にお風呂……」
「風呂掃除なら、朝しておいたぞ」
「あ、そ、そっか! たまには手伝おうと思ったんだけどね! う、うん、それだけ!」

 どうしよう……全然伝わらない。僕は泣きたい気分になってしまった。
 その時、不意にロベルトが喉で笑った。

「結婚するまで、待とうと思っているんだ。我慢しようと思っているんだ。だが、もしかして不安にさせているか?」
「! え……あ……あの……」

 急に悟られて、僕は言葉に窮した。

「抱いても良いというのであれば、俺は今すぐにでも欲しい。ジルの事が」
「っ」
「ジルを、俺にくれるか?」
「う、うん。僕も、その……ロベルトと一つになりたいよ」

 我ながら、誘おうとしていたくせに、僕の声は小さくなってしまったのだった。
 するとロベルトが、いつもよりも深いキスをしてきた。

「ん」

 ねっとりと舌を追い詰められて、絡めとられて、僕は目を閉じ、こみ上げてきた快楽に耐える。その後、僕らは寝室へと移動した。初めて入るロベルトの寝室には、僕がロルフ団長から貰った品と同じ香油があった。思わず目を据わらせた時、気づいたようでロベルトが苦笑した。

「ロルフは余計な気が回りすぎるな」
「うん。同じ意見」
 
 後ろから僕の体に腕をまわし、ポツポツとロベルトが僕のシャツのボタンをはずしていく。緊張しながら、僕はされるがままになっていて、気づいた時には、一糸まとわぬ姿になっていた。

 そうして寝台の上に押し倒された。ロベルトは、丹念に僕の全身を愛撫していく。その指先が齎す快感に、僕は何度も熱い吐息と嬌声を零した。僕の後孔を二時間もかけてロベルトが解しきった時には、僕は汗ばむ熱い体を震わせ、涙ぐんでいた。

「ん、ン……気持ち良すぎておかしくなる……っ」
「挿れても良いか?」
「う、ン、っッ……早、く……ぁ、ア!」

 ロベルトの陰茎の先端が、僕の菊門を押し広げた。そして実直に巨大で長いロベルトの陰茎が、僕の内側へと入ってきた。指で散々解されていた内壁だが、質量が違うから、痛みこそないが押し広げられる感覚がする。

「あ、ああ、ぁ……っ、ァん!」
「絡みついてくる」
「あ、あああ、ぁ……っゃ、気持ち良――あああ!」

 緩慢にロベルトが抽挿を始めると、屹立した陰茎が僕の内部の感じる前立腺を擦り上げるように刺激する形となった。思わず両腕と足をロベルトの体に回す。すると腰を持たれて、より深く穿たれた。深々と交わった状態で、一度ロベルトが動きを止めた。

「大丈夫か? 辛くはないか?」
「うん、平気だよ、あ、あ、ああ……ロベルト、もっとぉ!」

 快楽と幸福感にポロポロと涙を零しながら、僕は告げた。すると腰を揺さぶってから、ロベルトが激しく打ち付け始めた。僕の快楽がどんどん昂められていく。

「あああ! アぁ……んン――!」
「一生大切にすると誓う、出すぞ」
「ああああああ!」

 そのまま一際激しく貫かれて、中に飛び散るロベルトの白液を感じた瞬間、僕も同時に果てたのだった。僕の陰茎は擦れたロベルトの腹筋を放った精子で染めてしまった。互いの呼吸が落ちつくまでの間、暫しその状態で繋がっていたのだが、射精がお互いに終わると、一息ついてから、ロベルトが陰茎を僕から引き抜いた。そして隣に寝転がり、僕を抱き寄せた。

「愛している。本当に、最高だ。ジル、好きだ」
「っ、ぁ……僕も、ロベルトが好きだよ」

 こうしてこの日から、僕とロベルトの週末の逢瀬には、性行為が加わった。
 そんな日々を過ごし、結婚式の日程などの打ち合わせが本格的に始まった。
 毎日が幸せで、なんだか夢を見ているような気分になってしまうが――幸い、夢ではないらしく、日々僕は、ロベルトに溺愛されている。僕とロベルトの関係を知ったお祖父ちゃんも応援してくれているし、僕の両親もニコニコしっぱなしだ。また、ロベルトのご家族にもご挨拶したが、『最近少し息子が柔らかくなった』として、僕のおかげだと褒めてくれた。そんな事は無いと思うんだけれど、ロベルトの優しさを誰よりも知っているのが僕らしいというのは、ちょっと過ぎたる幸福である。

 このようにして、僕とロベルトはその後婚姻も結び、同じ家で暮らすようになった。今度は、僕もまた家賃を払う立場に代わったので、祖父が訪れる度、僕はロベルトと折半している家計から、金貨を払っている。家事はほとんどロベルトが行ってくれるのだが、僕の方が圧倒的に暇なので、最近の僕は、少しずつ料理を覚えようと心掛けている。溺愛されている僕だけれど、僕だって愛情を返したいからだ。特に、ロベルトが魔獣討伐の遠征に行く時は、不安な心情で見送りつつも、帰ってきた時にホッとしてもらいたいから、ロベルトが好きだと言ってくれたクリームスープを作るようにしている。

 そのようにして――僕らは、結婚後初の新しい春を迎える事になる。
 季節は、四月。
 王国の新緑が美しい季節だ。僕は、庭の花をロベルトと共に眺めていた。すると、抱きしめられた。ロベルトの顎が、僕の肩にのる。

「大好きだ、ジル」
「僕もだよ」

 惜しみない愛を注いでくれるロベルトの腕の中で、僕は幸せに浸る。
 その後も毎年、僕達は庭に芽吹く花を春が来る度共に見る事となる。
 ロベルトの溺愛は止まらない。僕は、満ち溢れた日々を歩んでいる、ロベルトと共に。僕もまた、ロベルトを愛しているからだ。毎日が、幸福だった。





     【完】



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みんなの感想(2件)

SAERIA
2024.11.18 SAERIA

楽しく読ませて頂きました♪
主人公にだけデレる無表情…大好物です!

ところでひとつ疑問があるのですが、2ページ目での騎士団の紹介の中で、第五騎士団は国境沿いの警備が主なのか騎士団全体をカバーする何でも屋的な仕事が主なのか、分からなくなりまして…
お話の流れ的にはさほど関係ないのですがなんだかモヤモヤしてしまって…語彙力、読解力共になくてすみませんm(_ _)m

解除
🌨
2024.01.02 🌨

ジルが本当にかわいい^^
ロベルトの一途なところも推せるし、2人が幸せそうで、私まで幸せになりました!
素敵なお話をありがとう♡

2024.01.14 猫宮乾

ありがとうございます(〃'▽'〃)
幸せになって頂けて、すごくすごく嬉しいと同時に励みになりましたー!
こちらこそご覧下さり、本当にありがとうございました!!

解除

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