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【四】
しおりを挟む九歳の一年間、僕は泣き真似の腕前をさらに鍛えた。目薬を用いるように進化した。その成果なのか、王宮には呼ばれなかった。父上と妹が時折打診してくるが、断っている。かわりに、弟がついていくようになった。弟ももう六歳だ。
僕は外国語の習得にも励んでいる。何処の国に追放されるのかは分からないが、そこそこ語学は上達を見せているし、読み書きが得意になってきた。多分僕がまじめに勉強している事も、父が僕のウソ泣きを見逃してくれる理由なのだろう。
こうして十歳になった年の冬……父上がやってきた。
「王宮から聖夜の日の昼間の交流会への招待状を預かってきた」
「いってらっしゃいませ!」
「お前宛だ」
「……僕、その日は風邪をひく予定なので」
「仮病はやめなさい」
そんな内に、聖夜当日になった。今回僕は、妹と弟のアルバートの三人で参加した。礼儀としてジャック様と、後は本日は第二王子のエドワーズ殿下と、第三王子のカール殿下にご挨拶をする事になっている。ジャック様と第二王子殿下は一学年差、第三王子殿下は弟と同じ年だ。
「フェルナ……」
僕達が挨拶に向かうと、ジャック様が目を丸くした。すると第二王子殿下が腕を組んだ。
「ジャック兄上、僕はフェルナ卿とはあまりお話をしたことがないので、改めてご紹介ください」
「あ、ああ……フェルナ・エルレス。エルレス公爵家子息だ」
「改めまして、エドワーズ殿下」
「うん。よろしくお願いします。ええと……挨拶を受ける役目もそろそろ終わりだから、僕とカールで代行できるし、少し話をされては? 兄上、ほら」
「あ、あ、ああ! うん! フェルナ、ちょっとそ、その……」
「特にお話することはないので、お気遣いは不要です」
僕が笑顔で断言すると、何故なのか妹と第二王子殿下がちらっと視線を交わしてから溜息を零し、弟と第三王子殿下は二人で話し始めた。その場を見守っていると、父上が顔を出したので、僕はそちらを見た。
「兄上……毎日会いたいと言っておられたのに……」
「……」
「殿下……お兄様から殿下への好意を私は一度も感じ取ったことがないのですが、本当に幼少時には親しかったのですか?」
「……」
「ただ確かにフェルナ卿は、セリアーナ嬢にそっくりで、すごい美少年だね」
「ええ。兄上は顔はとても整っています。私ほどではありませんが」
「セリアーナはそれ、人前で言わない方がいいよ」
僕以外の三人と、弟たちはなにやら喋っているが、僕は何も聞いていなかった。
このようにして、聖夜の一幕は流れていった。
なお幸いなことに、十一歳から十三歳までの二年間、僕は王宮に呼ばれなかった。理由は知らないが、とても幸運だった。代わりにセリアーナと弟がちょくちょく呼ばれている。僕はその間もひたすら語学力を磨いた。
十四歳になったこの日、僕はどうしても調べたい事があり、図書館へと向かう事にした。王宮付属の専門書がある図書館で、僕は既に何度か一人でも来た事があった。せっかくだから古代語も覚えることにしたので、どうしても手に入らない本が出てくるせいだ。
しかし目的の本の位置が高くて届かない。ただ台を持ってくるほどではなく、もうちょっとで届きそうだった。だから僕は背伸びをした。
「あ」
すると声がかかった。手を伸ばしたままそちらを見ると――会いたくなかった、ジャック様がいた。
「……ご無沙汰いたしております、ジャックロフト王太子殿下」
「……ああ」
ジャック様は声変りをしていた。僕はまだなのに二次性徴も来ている。完全に身長で負けて、イラっとしたが、僕は会釈をしていた。
「どの本だ?」
「え?」
「届かないのだろう?」
「……届きます!」
僕のプライドが傷ついた。僕は背伸びを再開した。つま先立ちで手を伸ばす。
すると――ひょいっと目的の本をジャック様が取ってくれた。
「ほら」
「ありがとうございます……」
「……お前は変わらないな」
「どうせまだ背は伸びませんよ!」
「そういう意味ではなくて――っく……ああ、もう……」
「じゃあ僕は帰りますね」
「そういうところだよ!」
と、こうして僕は接近を回避した。
そんな僕に二次性徴が訪れたのは、十五歳の時の事で、それが終わったのは十六歳の終わりごろだった。来年は十七歳……十八歳になったら、僕も問答無用で王立学院へ行かなければならないので、準備期間はあと一年ほどである。
なお――まだセリアーナがジャック様の婚約者になったという知らせはない。
最近のセリアーナは、僕を見ると複雑そうな顔になる。
「お兄様」
「ん?」
「……その……お兄様は、外国語以外に興味はあるのですか?」
「え? あるけど? 急にどうしたの?」
「お兄様を紹介してほしいと、幾度か言われておりまして」
「どこの誰にどんな理由で?」
「遠隔的な縁談です」
「断っておいて」
「それは……心に決めた方がおられるから、とか……?」
「まさか」
「ですよね。ジャック様に初恋をなさったなんて言うのは、盛大なデマですよね?」
「うん? 誰が?」
「なんでもありません」
こんなやり取りが多い。
さて――いよいよ十七歳になった僕は、最後の一年何を頑張ろうか検討していた。
ノックの音がして、父が入ってきたのはその時の事だった。
最近ではめったにこういう事は無かったので、僕は首を傾げた。
「フェルナ、話がある」
「どんなご用件ですか?」
「――大切な話だ。お断りする事は不可能な、王宮からの……いいや陛下からの勅命だ」
「僕にですか?」
僕と国王陛下にはあまり接点がない。そもそも僕に出来る事など限られている。
「座ってくれ」
父がソファの方に僕を促した。僕は机の前から立ち上がり、父上と対面する席に座す。すると父が咳払いをした。
「実は、ジャックロフト王太子殿下の閨の講義に関してなんだ」
「閨の講義?」
「ああ。王族の男子は、慣例として、王立学院入学前に、子の作り方を学ぶ」
「はぁ」
「今回、そのお役目を、畏れ多くも当エルレス公爵家が引き受ける事となった」
「そうですか」
「即ち、お前だ。フェルナ、頑張るように」
「ん? え? 僕は男なので、子供は作れませんけど……? 僕? セリアーナでは?」
「セリアーナは女子だ。身ごもってしまう」
「生々しいです父上……」
「……嫁入り前の娘に、そのようなことはさせられない」
父上は冗談を言っている顔ではない。そして僕をじっと見据えた。
「筆おろしは大切な事だ」
「つまりジャックロフト王太子殿下はまだ童貞……?」
「……本人に確認すればいい」
「待ってください。僕こそが筋金入りの童貞なので、教えられる事がゼロです」
「安心していい。その……まぁ、ええと……処女への対応の仕方が主とした講義内容で、実際に童貞処女のお前がそれをお引き受けするという事だから、お前は未経験であればあるほど望ましい」
「……へ……あ、あの……父上、それって、直接的に聞きますけど、僕にジャックロフト王太子殿下に抱かれてこいって言ってます?」
「そういうことだ」
「えっ、え!?」
「断れば極刑もあり得る」
「な!?」
「明日の夜、王宮から迎えの馬車が来る。着替えだけしておくように」
僕は唖然とし過ぎて、歩き去っていく父上を引き止められなかった。
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