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【三】

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 病み上がりという事もあったし、怪我も治っていないという事――も、あったのだろうが、周囲は僕が王宮を怖がっていると誤解しているようで、僕は無理に王宮に行く必要はなくなった。心配してくれる周囲には申し訳ないが、僕は全力でその演技もして、怖いふりをしている。

 そうして半年が経過した頃、この日も珍しく早く帰宅した父上が、僕を見た。こういう時、嫌な予感しかしない。父が早く帰ってきて僕の部屋にくる場合、八割の確率で、王宮に来ないかという話だからだ。

「フェルナ。もうじき王宮主催の貴族の子供達の会があるのだが」
「そうですか。王宮……怖い……うえーん」

 僕のウソ泣きもだんだん適当になってきた。だが、僕が俯いて両手で顔を覆って声を上げると、これまで父は許してくれた。

「……フェルナ。ウソ泣きはやめなさい」
「!」

 しかしこの日は、つっこまれた。僕はぽかんとしたが、ちらっと父上を見てから、頷いた。仕方がない。今日は一段と適当な演技だったからな……。

「陛下直々のお願いだそうでな。フェルナが元気になった姿を、陛下も見たいから、ぜひ王宮に来てほしいそうだ」
「子供達の会なのに、陛下も参加なさるのですか?」
「……屁理屈を言わないように」
「……はい」
「実際、心を痛めておられるのは、分かってはいるだろうが、ジャックロフト殿下だ。王太子殿下は、お前が怯えているという噂を鵜呑みになさっていて、己のせいだと非常に悔いておられる」
「へ、へぇ……」
「元気な姿を見せて、安心させて差し上げろ」
「……はい」

 父上が真面目な顔をしていたので、僕は断る事が出来なかった。
 こうして翌日、僕は父上に連れられて、久しぶりに王宮へと足を運んだ。
 既に冬が近い。大広間には、同年代の貴族令息や子女がいる。

「っ……あ」

 その時声がしたのでそちらを見ると、ジャック様が目を見開いて僕を見ていた。どんどんその頬が紅潮していき、目には涙がたまっていく。泣く兆候を感じたが、今日に限っては、僕はまだ何も言ってないんだけどな? 失言をしないように発言自体をしていない。だが挨拶しなければならない相手の筆頭なので、僕は内心の溜息を押し殺し、そちらへと一歩踏み出した。すると――ジャック様が一歩あとずさり、より涙ぐんだ。こうして僕が近づき、ジャック様が後ろに下がっていき、ついに壁際に到達した。僕はちらっと全身を観察し、まだ僕のほうが背が高いことに気をよくした。

「ご無沙汰しております、ジャック様。まだ背が伸びないんですね!」

 ……僕の口は饒舌であるが、非常に無能だった。

「なっ、っく……フェルナのバカ!」
「悪口のレパートリーも増えていないらしいようで、安心しました。その間に、僕なんて、外国語を3カ国語も習い始めたんですよ」
「な、な、なんだと!? 人がせっかく心配して……心配……よかった……元気そうで……」

 と、威勢がよかったジャック様であるが、どんどん小声になっていったので、僕は聞いていなかった。挨拶はもういいだろうと考えることに必死だった。

「では、僕はこれにて」
「え!? もう帰るのか!?」
「はい。王宮は怖いので……」
「そ、そうか……い、いや! 待ってくれ! 俺はお前を守れるように、剣の稽古の量を増やした。だからもう、王宮に不安はないぞ!」
「? お守りするのは、臣下の仕事です。つまり、僕の」

 未来の国王陛下に守ってもらう存在など、それこそ王妃となる人物くらいではないだろうか。そんな事を考えつつ、僕は入り口を見た。本当にちょっと挨拶をすれば帰っていいと言われていたためだ。

「失礼します」
「っ……あ、あの」
「はい?」
「また……来てくれるよな?」

 そんな予定は微塵もないが、引き止められるのも面倒だったので、僕は頷いておいた。
 こうして帰宅してから――また僕は半年ほど、泣き真似をしていた。技に磨きをかける方向に調整をしたら、父の目がどんどん遠いものへと変わっていったが、父は半年間、何も言わなかった。だが、初夏のこの日は、またしてもつっこみをいれてきた。

「フェルナ、泣き真似はもうそろそろ卒業しなさい。お前ももう、八歳なのだから」
「……」
「ジャックロフト王太子殿下の生誕祭が行われる。出席するように」
「……贈り物のみではダメでしょうか?」
「だめだ」
「……はぁ」

 今度は本心から泣きたい気持ちになりつつ、僕はその日、父が呼んだ商人が並べた玩具の中からパズルを選んで、プレゼントを決定した。

 数日後。
 昼間に行われた生誕祭の場に、僕は父と妹と共に参加した。セリアーナは着飾っていて、とても愛らしい容姿をしている。僕と同じ紫色の瞳で、髪の色は金髪だ。今のところ、妹には悪役令嬢らしさはない。まず僕達は国王陛下達にご挨拶をした。続いてジャック様のもとには、妹と二人で向かう事になった。

「ごきげんよう、ジャック様。お誕生日おめでとうございます」

 さらっと人の輪に入って、妹が優雅に声をかけた。僕はその横で、早く帰りたいと思いながら突っ立っていた。

「ご要望通り、兄を伴いました」
「あ、あ、べ、別に俺は要望なんて……!! 違う、違うんだ!!」

 僕は近くのシャンパンタワーを眺めていたので、会話は耳に入ってこない。

「フェルナ、そ、その……元気だったか?」
「へ? ああ、はい」

 呼ばれて気づいたので、僕はジャック様を見て、本日も身長の確認をした。まずい、追い越されている。靴のかかとを念入りに見てしまったが、偽装された痕跡はない。

「お二人は親しいのでしょう? 妹として嬉しいです。久しぶりなのですし、少し二人でお話されては?」

 セリアーナが微笑して続けると、ジャック様が真っ赤になった。僕は泣く兆候かと感じ、慌てて否定した。

「セリアーナ、誤解だ。僕と殿下は親しくないよ」
「っ……フェルナ、そ、そんなにきっぱり否定しなくても……やっぱり、俺の事が嫌いになったのか……?」

 それは前世の記憶が戻る前から、嫌いだ! だが、そんな事を言って気分を害したら、国外追放時期が早まってしまうかもしれない。

「畏れ多いというお話です。それに今日は殿下のための生誕祭なのですから、僕がお時間を頂戴するわけにはまいりません。ほら、ご挨拶は済んだのだし、セリアーナ、あちらへいこう」

 僕が告げると、セリアーナが僕とジャック様を交互に見て、何故なのか残念そうに首を傾げた。

 しかしセリアーナは特に何も言わなかったので、僕は妹を連れてその場を離れた。

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