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【十二】

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 そのうちに、二ヶ月半がたった。

 僕に残された選択肢は三つだ。一つ目、警察に出頭する。二つ目、彼女を孕ませてデキ婚に持ち込む。三つ目、愛の告白をする。そんなことを考えながら、帰宅する春香たちを笑顔で見送り、僕は振り返った。そして小さく息を飲んだ。珍しく礼が物憂げな表情をしていたからだ。あまりみたことがない。ベッドで様々な表情を見て新鮮だったのは除くとして、考えてみると僕は、礼の笑顔各種と飽きた時の気だるげな表情しか見たことがない。ほかにももちろんあるが、ほかは、こういう顔も含めて、ほとんど見ていないのだ。

「どうかしたの?」

 思わず聞いていた。無意識だった。
 すると、ハッとしたように顔を上げた礼が、慌てたように笑顔を浮かべて首を振った。

「警察の番号を忘れちゃったとか? 法にも詳しい従兄の番号は、携帯に入ってるでしょ? 僕をやっと訴えるのかと思ったんだけど」
「違います。おかしな冗談を言わないでください! そうじゃなくて――……」
「そうじゃなくて? 何?」

 別に冗談でもなかったのだけど、何か言いかけて黙ったので、僕は続きを促した。

「礼。早く言って」
「……」
「早く」
「……」
「じゃないと、今日はすごくひどくするよ」

 僕は笑顔だったが、僕の声に、彼女はびくりとした。
 完全に性犯罪被害者みたいだ。
 それから彼女は、少し泣きそうな顔で笑った。

「……私、どうしてこんなに柾仁さんに嫌われちゃったのかと思って」
「え?」
「何が悪かったのか、どれが悪かったのか、考えても考えても……どうして嫌われちゃったのかなと思って……」
「……」
「ごめんなさい、変なこと言って」

 礼が取り繕うように苦笑した。無理矢理だとわかっている。
 今の言葉は、確実に本音だ。
 僕は思わずじっと彼女を見据えた。笑みが消えたのが自分でもわかる。
 胸がズキズキしはじめた。

「あ、いや、そ、その! ま、まぁ! 抱かれる価値が有るほど好かれてるだけでもすごいと思うんですけどね!」
「礼」
「あ、本当、気にしないでください! 今日は、どうします?」
「礼、あのさ」
「私、ちょっと珈琲淹れます!」
「――聞いてくれ」

 気づくと僕は、そばの壁を殴っていた。彼女が再び、びくりとした。

「どうして僕が、礼を嫌いだと思うの?」
「……さっきも、ひどいことするって言ったじゃないですか……好きな人に、そんなことしないですよ。だって柾仁さんは、優しい人だし」

 礼がその時、諦観するような顔で僕を見た。自嘲するような笑みを浮かべていた。

 ――この状況で、好きだとか、愛しているだとか言っても、おそらく慰めにしか聞こえないだろう。彼女の反応的に、警察案と告白案は、現在実行不可能だ。

 だけど。

 ――多分今、デキ婚に持ち込んだら、子供ともども礼は確実に自殺する。

 そう直感が言っていた。礼を失ったら、多分僕は、生きていけない。
 そして重要なことに、生まれながらの定めではなく、僕自身の個人的感情として、僕はまだ生きていたい。つまり、礼に死んで欲しくない。

「礼、僕は優しくないよ。利己的で自分本位な人間だ」
「……」
「礼の前だと本当の自分でいられるけど、それも自分勝手な話で、君の都合も感情も一切考慮してない。意地悪なのも知ってると思うけど。今度、ゆっくり一度、話さない? 僕が優しいかどうか」
「……話す?」
「うん、そう。ここじゃなくて、そうだな。食事の席を設けるから。それまでに、僕が優しいかどうか、じっくり考えてみて」
「……」
「良いよね?」
「……はい」
「今日はもう帰ろう」

 こうして、僕は帰宅した。そしてまた、周囲の人々を呼び出した。



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