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【56】第一王子殿下を幽閉した罪で投獄される!?③
しおりを挟むその時だった。
俺の体を鮮血が濡らした。呆然としていると、がくりと始祖王の体が倒れてきた。
慌てて身を引き、寝台の上で、壁に背を預ける。
シーツに血だまりができていき、その中央に始祖王が倒れた。
それからゆっくりと顔を上げると、開け放されたままだった牢屋の扉から、一歩中に入った所で、聖剣を始祖王に突き刺している人物が見て取れた。いつもとは違いすぎる、冷徹な瞳をしていた。怒り以外の何の感情も見えない。冷たい怒りだった。
グッとさらに強く剣を刺す音がしたあと、ハロルドが今度は剣を引き抜いた。
始祖王の体からは、血が溢れてくる。
背後から聖剣を突き立てていたハロルドは、片手でそれを握り直し、刀身から血を払った。そして呆然としている俺を見て、力強く頷いた。
「もう大丈夫だ。完全に【心臓の転換点】を潰した。もう始祖王は、生命の理の中には戻れない」
「……」
「無事で良かった」
ハロルドはそういうと、寝台に歩み寄ってきた。
そして聖剣で鎖を断ち切ると、俺を強く抱きしめた。誰の温度とも異なる、強いぬくもりに、俺は気づくと震えていた。一気に恐怖がこみ上げてきて、始祖王を一瞥したらそれがさらに強まり、思わずハロルドの服に額を押し付けた。
「無事で良かった。本当に良かった。フェルが連れて行かれたと聞いた瞬間から、心配で何も手につかなくなった。ただただお前の無事な姿だけを見たかった」
「ハロルド……」
「ここから出よう」
ハロルドはそう言うと、俺を抱き上げた。俺は彼の首に両手を回し、まだ麻酔薬が残っているらしくて、力がうまく入らない体を意識した。
「どこに行くんだ?」
「希望はあるか?」
「――俺は、父を殺害し、今また兄の殺害に立ち会った人間と捉えられるだろう。どこへ行っても、すぐに牢屋に逆戻りすることになるのかと思ってな……」
自嘲気味に呟くと、ハロルドが苦笑した。
「いいや、安心しろ。今回の一件は、国王崩御の混乱に乗じて、俺の帝国が国土拡大のために戦争を仕掛けて、新国王になるはずだったウィズ殿下を処刑したとして処理される」
「え?」
「自分でやるのは初めてだが、こういった歴史の流れは、帝国の得意芸だ」
「ハロルド……ありがとう」
「礼は、ユーリスに言え」
「?」
「この残処理の手引きは全てユーリスが行っていったものだ。俺に手紙を残していた。俺にもユーリスの記憶はないが、召還獣のエクエスが保持していた。先程ラクラスとライネルからエクエスが全て聞いて、俺にも状況がわかった」
ハロルドはそういうと、胸の内ポケットを視線で指した。
そこには、いつか師匠のガイルと庭にいた時に、ユーリスが持っていた手紙が入っていた。見せて欲しいと頼んで、中を見る。
『もしも自分が亡くなったあと、我が主が処刑の憂き目に際したら、助力を請う』
そんな文章とともに、始祖王殺しの経緯や、他国のものには秘密だったはずの長子への心臓転換の件、関われば他国の王族殺しとなるわけだが、その場合に、帝国がどうこうどうすれば難を逃れられるのか、そういった事柄が、端的に綴られている手紙だった。読みながら、俺の涙腺はゆるんだ。ハロルドは、これを召喚獣経由で先程受け取ったのだという。俺は思わず、ハロルドにすがりついた。すると強く抱きしめ返された。
「本当に無事で良かった。手紙を見た瞬間は、心臓が凍るかと思った。ずっと探していた」
「ハロルド……ありがとう。本当に、ありがとうな」
「……フェル。俺は、お前を愛してる」
「っ」
「礼は不要だ。失いたくなかった俺が、自分のために動いただけだ。始祖王を許せないという正義感でもない。むしろ、始祖王にお前を奪われたくないという嫉妬はあったかもしれないが――……好きだ。一目見た時から、ずっと」
そう言って、ハロルドが俺の頬に唇で触れた。
「今、そういう話をしているべき時じゃないというのはわかってる――ただ、もう抑えられない。フェル、俺を見て欲しい」
「……」
「好きなんだ、どうしようもなく」
俺は何も答えられなかった。
その後、ハロルドは俺を、安全な結界を張った一室に連れて行ってくれた。
そこにはラクラスがいた。ラクラスは、ハロルドから俺を奪うように引き寄せると、苦しそうな顔で俺を見た。一気に安心した俺は――直後再び眠ってしまったようだった。
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