あやかしも未来も視えませんが。

猫宮乾

文字の大きさ
上 下
68 / 71
―― 第五章:番外 ――

【068】バレンタイン

しおりを挟む


 塞の神が終わり、如月に入って数日が経ったその日。
 本日は休暇なので、時生は家の手伝いをする事にした。本日偲は、全体会議への出席で、本部に出かけている。何を手伝おうかと、時生は台所へ顔を出す。今日澪は、静子にモデルを頼み、鶴の絵を描いている。

「真奈美さん?」

 時生が声をかけると、テーブルの前に座り、なにやら唸っていた真奈美が顔を上げた。

「ねぇ、時生さん? チョコレートってご存じ?」
「チョコレート? うん」

 チョコレートは、裕介が好んで食べたので、たびたび目にした記憶がある。

「じゃあバレンタインも知ってるわよね?」
「バレンタイン、ですか?」

 そちらは聞いた事が無かったので、時生は素直に首を傾げる。すると真奈美に手招きされたので、彼女の正面の椅子を引いた。

「商社の広告記事によるとね? 女の子が、意中の男の人に、チョコを贈る日なんですって。つまり、告白する日って事!」
「そんな日があるんだね」
「そうなのよ。それで困っちゃって」
「真奈美さんも、誰かに告白するの?」
「そうじゃないわ! 自分の事だったら悩みませんから。自分が告白するなら、私は当たって砕けます!」

 力説した真奈美の姿に、信憑性を感じて、両頬を持ち上げて喉で笑ってから時生は頷く。

「奥様がね、偲様にチョコレートをあげたいらしいの」
「そうなんですか」
「ええ。それで作るのを手伝ってほしいと言われたんだけどね? 私、どうにもこうにも、湯煎っていうのが上手くできないのよ。何度か挑戦したんだけど、いつもチョコレートが溶けると風味が飛んでしまって」

 それを聞き、時生は腕を組む。チョコレート作りは、過去に何度か裕介にやらされた。何故なのか二月の半ば頃、裕介はそれを時生にラッピングさせ、学校へと持っていったものだ。なにやら『これで貰えなかった時も誤魔化せる』というような事を呟いていた記憶が、時生にはある。

「もしかして、湯煎をするお湯が熱すぎるんじゃないかな」
「え? 沸騰したお湯ではないの?」
「あ、その、沸騰はさせないで、その前に火から下ろして、それからさらに、指を入れても大丈夫なくらいの温度にしてから、チョコレートを溶かすんです」
「! 知らなかったです! 時生さん、ありがとう! やってみます!」
「手伝おうか?」
「お願いします!」

 こうして時生の、この日手伝う事が決まった。
 まずはチョコレートを刻んで器に入れた。それから二人で並んで、火の前に立つ。

「こんな感じかしら?」
「いいと思います」
「心強すぎる」
「あっ、そろそろ火から下ろして!」
「はい!」

 二人であれやこれやと話ながら、鍋を下ろして温度を調節する。そこにチョコレートの入る器を載せて、二人はゆっくりとチョコレートを溶かした。

「あとは型に入れて固めればいいのよね?」
「このままだとちょっと固くなっちゃって囓れなくなるから、僕は生クリームを入れて、丸く成形して、周りにココアの粉をつけて、トリュフというものにしてました」
「そんな品があるのね! 時生さんが言うなら、そちらで間違いないはず!」

 真奈美はそう言うと、生クリームを取りに行った。大抵のものは、この台所にはあるようだ。戻ってきた彼女は、器を見る。

「どのくらい?」
「えっと」
「やって見せて! お願い!」
「うん」

 こうして時生は生クリームのパックを受け取り、目分量だが記憶にあるレシピの量を入れた。それを確認してから、ゆっくりと真奈美がヘラで混ぜる。

「あとはココアの粉ね!」

 二人はそのようにして、無事に丸いトリュフを完成させた。

「なんだ? 甘い匂いがするな」

 そこへ偲が顔を出した。どうやら会議から帰ってきた様子だ。
 真奈美と時生がそろって偲を見る。
 台所に入ってきた偲は、それから完成して皿の上にあるトリュフをまじまじと見た。

「これは?」
「奥さ――……いえ、私と、ほとんど時生さんが作った、トリュフです」
「そのようだと見れば分かる。そうではなく、この季節にチョコレートを作るのだから、誰かに渡すのかと思ってな」
「誓って私は誰にも恋をしていません!」
「そ、そうか。では、時生は?」

 偲と真奈美のやりとりを見ていた時生は、不意に水を向けられて微苦笑した。

「女の子があげる日だそうです」
「なるほど。では、このトリュフは別段、行き先が無いという事だな。俺が貰う」

 すると偲がひょいと一粒摘まんで、口に含んだ。
 そして悪戯っぽく笑う。

「愛を感じる味だな」
「旦那様、それはどんな味ですか?」
「真奈美も食べてみたらどうだ?」
「あ、味見!」

 慌てた様子で、真奈美が口にトリュフを入れる。それから真奈美は、満面の笑みを浮かべた。

「さすがは時生さん。天才! なにこの美味しさ!」

 褒められた時生は、気恥ずかしくなった。真奈美は、時生の耳元に口を寄せる。

「本番もお手伝いお願いします」
「う、うん」

 こうして、この年のバレンタインには、偲の口には時生の手作りチョコレートが入る事になった。静子が幸せそうに羽を揺らしていたものである。なお偲には、味で露見していたのだが、それは幸い、真奈美と時生の知るところではなかった。


しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!

どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入! 舐めた奴らに、真実が牙を剥く! 何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ? しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない? 訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、 なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト! そして…わかってくる、この異世界の異常性。 出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。 主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。 相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。 ハーレム要素は、不明とします。 復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。 追記  2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。 8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。 2024/02/23 アルファポリスオンリーを解除しました。

髪を切った俺が芸能界デビューした結果がコチラです。

昼寝部
キャラ文芸
 妹の策略で『読者モデル』の表紙を飾った主人公が、昔諦めた夢を叶えるため、髪を切って芸能界で頑張るお話。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない

一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。 クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。 さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。 両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。 ……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。 それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。 皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。 ※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。

処理中です...