65 / 71
―― 第四章 ――
【065】今年最後の月隠り
しおりを挟む
大晦日が訪れた日、時生はじっくりと年の湯に浸かり、迎えた夜、ゆったりと和装に着替えた。ここのところは軍服といった洋装が多かっただけに、慣れ親しんだ和の気配と、年の瀬特有の一区切りが訪れたような心地は、全身の指の先までの緊張を解すと同時に高揚感を与えてくれる。
歳神様をお迎えする用意を終えた礼瀬家では、本日は小春や真奈美、渉といった住み込みの皆も、静子や澪、なにより偲、そして時生も含めて、一年の災厄を断ち切るための蕎麦を食べながら、新年を迎えることとなっている。
西洋の暦が流入して久しいが、数え年の文化は今も根強く、あと数時間で時生は、数えでは二十一歳となる。新たな年の幕開けが間近だと肌で感じながら、時生は皆がいる居室で、大きく息を吐いた。
考えてみると、いくつもの事件が起きた。
特に鴻大の件を考えるならば、こうして全員がこの場に集い、元気に顔を合わせていられるのも、実は貴重な偶然だったのかもしれないと感じる。
いつの間にか、敵意あるあやかしが、ごく間近に忍び寄っている恐怖もまた、今年時生は初めて知った。
だが一番の学びは、追い出されたと感じ向かった先で、きちんと新しい世界と出会い、自分を受け入れてくれる場所があると見つけた事、なによりその後、自分自身が率先して踏み出す勇気を知った事なのではないかと考えている。蕎麦を食べた時、時生は過去の自分とも決別したいと考えた。ただし、忘れたいわけではない。前を見て進むことが出来るのは、紛れもなく過去があるからだと時生は感じている。人は、変わることが出来る。それは変化する以前を知らなければ、理解するのが中々に困難だと時生は思っている。
「ああ、除夜の鐘が聞こえてきたな」
偲の声で、時生は顔を上げた。
耳を澄ませば、遠くから心に染み渡る鐘の音が、確かに響いて聞こえてくる。
「なんとか午前中に終わったからいいですけど、明日はお掃除が出来ないなんて。やる事が無いというのも落ち着きませんね」
真奈美が苦笑するようにぼやく。小春は穏やかに笑っている。
「いいではありませんの。寝正月、楽しみましょう。皆様も。私を見て、『初鶴』と参りましょうね?」
静子の声に、渉が何度か頷いた。
「『初鶴』かぁ。俺、まだ季語が苦手なんですよね……来年こそ覚えるぞ!」
その決意に、偲が楽しそうに視線を向ける。
「渉なら出来る。今年もよく勉学を頑張ったようだな」
「そりゃあそうですよ! 俺、礼瀬の書生なんだから! 荷運びが仕事じゃないんですからね!」
渉は自慢げに言いながら、後半は真奈美を見た。真奈美は知らん顔をしている。
「時生!」
その時隣に座っていた澪が、時生の袖を引いた。それからギュッと時生の腕を抱きしめると、両頬を持ち上げる。子供らしいふっくらとした頬が愛らしい。
「来年も遊ぼうな!」
「――うん。澪様、いっぱい遊ぼうね」
するとそれを聞いていた偲が、喉で笑う。
「父のこともまぜてくれるか?」
「お父様はお仕事を休んだらだな! お仕事の方がおれより大切な時は、まぜてあげない!」
「……そ、そうか……」
「いつ行くんだ? 遊びに! お休みを待っているんだぞ!」
「ああ、新年の挨拶まわりや、来て下さるお客様の対応が済んだら、年始にはゆっくりと休む時間をもらっているんだ。その時こそ、約束だ」
「うん!」
澪の元気な声が響いてすぐ、除夜の鐘の音が鳴りやんだ。
一同は顔を見合わせる。
「あけましておめでとうございます!」
最初に声を上げたのも、澪だった。その場にいる面々は、そちらを見てから頷き、各々が口を開いて新年の挨拶を述べる。温かな礼瀬家の年末年始、新しい一年はこのようにして始まった。
歳神様をお迎えする用意を終えた礼瀬家では、本日は小春や真奈美、渉といった住み込みの皆も、静子や澪、なにより偲、そして時生も含めて、一年の災厄を断ち切るための蕎麦を食べながら、新年を迎えることとなっている。
西洋の暦が流入して久しいが、数え年の文化は今も根強く、あと数時間で時生は、数えでは二十一歳となる。新たな年の幕開けが間近だと肌で感じながら、時生は皆がいる居室で、大きく息を吐いた。
考えてみると、いくつもの事件が起きた。
特に鴻大の件を考えるならば、こうして全員がこの場に集い、元気に顔を合わせていられるのも、実は貴重な偶然だったのかもしれないと感じる。
いつの間にか、敵意あるあやかしが、ごく間近に忍び寄っている恐怖もまた、今年時生は初めて知った。
だが一番の学びは、追い出されたと感じ向かった先で、きちんと新しい世界と出会い、自分を受け入れてくれる場所があると見つけた事、なによりその後、自分自身が率先して踏み出す勇気を知った事なのではないかと考えている。蕎麦を食べた時、時生は過去の自分とも決別したいと考えた。ただし、忘れたいわけではない。前を見て進むことが出来るのは、紛れもなく過去があるからだと時生は感じている。人は、変わることが出来る。それは変化する以前を知らなければ、理解するのが中々に困難だと時生は思っている。
「ああ、除夜の鐘が聞こえてきたな」
偲の声で、時生は顔を上げた。
耳を澄ませば、遠くから心に染み渡る鐘の音が、確かに響いて聞こえてくる。
「なんとか午前中に終わったからいいですけど、明日はお掃除が出来ないなんて。やる事が無いというのも落ち着きませんね」
真奈美が苦笑するようにぼやく。小春は穏やかに笑っている。
「いいではありませんの。寝正月、楽しみましょう。皆様も。私を見て、『初鶴』と参りましょうね?」
静子の声に、渉が何度か頷いた。
「『初鶴』かぁ。俺、まだ季語が苦手なんですよね……来年こそ覚えるぞ!」
その決意に、偲が楽しそうに視線を向ける。
「渉なら出来る。今年もよく勉学を頑張ったようだな」
「そりゃあそうですよ! 俺、礼瀬の書生なんだから! 荷運びが仕事じゃないんですからね!」
渉は自慢げに言いながら、後半は真奈美を見た。真奈美は知らん顔をしている。
「時生!」
その時隣に座っていた澪が、時生の袖を引いた。それからギュッと時生の腕を抱きしめると、両頬を持ち上げる。子供らしいふっくらとした頬が愛らしい。
「来年も遊ぼうな!」
「――うん。澪様、いっぱい遊ぼうね」
するとそれを聞いていた偲が、喉で笑う。
「父のこともまぜてくれるか?」
「お父様はお仕事を休んだらだな! お仕事の方がおれより大切な時は、まぜてあげない!」
「……そ、そうか……」
「いつ行くんだ? 遊びに! お休みを待っているんだぞ!」
「ああ、新年の挨拶まわりや、来て下さるお客様の対応が済んだら、年始にはゆっくりと休む時間をもらっているんだ。その時こそ、約束だ」
「うん!」
澪の元気な声が響いてすぐ、除夜の鐘の音が鳴りやんだ。
一同は顔を見合わせる。
「あけましておめでとうございます!」
最初に声を上げたのも、澪だった。その場にいる面々は、そちらを見てから頷き、各々が口を開いて新年の挨拶を述べる。温かな礼瀬家の年末年始、新しい一年はこのようにして始まった。
12
お気に入りに追加
116
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。

ひきこもり瑞祥妃は黒龍帝の寵愛を受ける
緋村燐
キャラ文芸
天に御座す黄龍帝が創りし中つ国には、白、黒、赤、青の四龍が治める国がある。
中でも特に広く豊かな大地を持つ龍湖国は、白黒対の龍が治める国だ。
龍帝と婚姻し地上に恵みをもたらす瑞祥の娘として生まれた李紅玉は、その力を抑えるためまじないを掛けた状態で入宮する。
だが事情を知らぬ白龍帝は呪われていると言い紅玉を下級妃とした。
それから二年が経ちまじないが消えたが、すっかり白龍帝の皇后になる気を無くしてしまった紅玉は他の方法で使命を果たそうと行動を起こす。
そう、この国には白龍帝の対となる黒龍帝もいるのだ。
黒龍帝の皇后となるため、位を上げるよう奮闘する中で紅玉は自身にまじないを掛けた道士の名を聞く。
道士と龍帝、瑞祥の娘の因果が絡み合う!
[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!
どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入!
舐めた奴らに、真実が牙を剥く!
何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ?
しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない?
訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、
なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト!
そして…わかってくる、この異世界の異常性。
出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。
主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。
相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。
ハーレム要素は、不明とします。
復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。
追記
2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。
8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。
2024/02/23
アルファポリスオンリーを解除しました。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる