上 下
64 / 71
―― 第三章 ――

【064】いくつあってもいいもの

しおりを挟む
 本日は雪が落ち着いている。久しぶりに雲の合間から陽光が覗く中を、時生は深珠区総合病院を目指して歩いていた。そこには新鹿鳴館事件であやかしと化した者達が、検査や体に残存している妖気の治療のために入院している。浄化の技法で腐食などは完治しているが、それでも一度傷ついた体には、妖力的な後遺症が僅かに残っているのだという。だがそれらもじきに癒えるだろうと時生は聞いていた。

 回転扉を開けて進み、階段を上り、目的の病室へと向かう。
 個室の扉の前に立ち、時生は深呼吸した。小窓からは、上半身を起こし、窓の方を見ている裕介の横顔が見える。騒動の後、意識を取り戻した裕介に会いに来るのは、これが初めてだ。見舞いの品は、ここまでの道中で栗饅頭を買ってきた。

 ノックをすると、不思議そうに裕介が扉の方を向いた。

『誰だ? 巡回には早いな』
「……時生です」
『っ、は、入れ』

 狼狽えたような声が響いてきたので、唾液を嚥下してから時生は扉を開けた。
 病室が思ったよりも暖かかったから、風を入れようと、開けたままにしておく。
 すると青い入院着姿の裕介が、眉を顰めてから、ぶっきらぼうに言う。

「座ることを許してやる。なんの用だ?」

 その声に、時生は苦笑した。そしてそばの棚に栗饅頭の箱を置く。

「助けてくれて、嬉しかったです。ありがとうございました」

 単刀直入に時生は切り出した。裕介が不機嫌そうに、時生を見る。

「別に助けたわけじゃない。高圓寺家の当主として当然のことをしたまでだ。なんで俺がお前なんかを助けるんだ」
「でも、助かりました。裕介様のおかげです。裕介様が僕を助けてくれたから、僕は牛鬼と戦えた」
「……」

 明るい声が自然と出てきた時生は、微笑しながらそう述べたのだが、裕介は沈黙するばかりだ。だが心なしか、その耳が朱く染まった。

「こ、高圓寺家の当主として、だ、だから俺は……同じ血を引く弟のことだって当然守る。それこそが、当主たる者の責任だ。一族を守るのは、俺の仕事なんだからな」

 それを聞いて、時生は笑みを深めた。

「……兄さん」
「っ……裕介お兄様と呼べと……まぁ、特別にそう呼ぶ事を許してやらないこともない」

 裕介がそう言った時、扉の方から、笑う気配がした。
 時生が視線を向けると、そこには雛乃と直斗が立っていた。

「素直じゃないのね、本当に」

 雛乃の声に、裕介が眉間に皺を寄せて、唇を尖らせる。

「煩いな。俺は当然のことを言っているだけだ」
「あら、そうなの。けれど、見直したわ。貴方にも、家族を守る技量があったのね。それは心強いことね。私、貴方のことをやっぱり婚約者として考えてあげないこともないわよ? 漢気おとこぎだけは、評価してあげてよ」

 雛乃が口角を持ち上げると、裕介が彼女を睨めつける。

「黙れ。俺の方こそお前なんてお断……いや、その……」

 だが、言いかけると赤面し、瞳を揺らしてから俯いた。そして時生をチラリと見ると苦笑した。

「……ああ、お前が言っていた通りだな。俺にも居場所や家族は出来るのかもしれない。お前もその一員に加わる事を許してやる。既に時生の居場所があるのだとしても、居場所はいくつあっても構わないだろう?」

 その声に目を丸くしてから、時生ははにかむように笑った。

「うん。また見舞いに来るよ、兄さん」

 時生はそう述べてから、雛乃と直斗を見た。

「兄を宜しくお願いします」
「時生さんに頼まれたのなら仕方がありませんね」

 頷き雛乃が入ってくる。直斗は、糸のような目を細めて笑うと時生を見た。

「僕は、ここに時生が来ると夢に視たから、会いに来たんだよ。今、帰るんでしょう? 僕も行くよ。時生は、そこの二人を、二人きりにしてあげたいんでしょう?」

 直斗の声に、裕介が狼狽えたような顔をし、雛乃は苦笑した。その通りの心境だった時生は、曖昧に笑ってから頷いた。

 こうして時生は、裕介達に別れを告げてから、直斗と共に外に出た。
 二人で回転扉をくぐると、日射しがより温かく変わっていた。

「そういえば、直斗は先見の才で沢山の未来の夢を視ていたと言っていたけど、今回の騒動の結果もその中にあったの?」

 歩きながら時生が何気なく問いかけると、悠然と笑って直斗が頷いた。

「あったよ。僕が視た中で、最善の結果だった。だから僕は、救世主の君の顔をいち早く見たくて、あの日公園で待っていたんだよ。裕介はなにかと意地が悪いから、時生は助けるのを迷うんじゃないかと僕は思っていたけれど、そうはならなかった。強いんだね」

 いつか灰野にも『強い』と言われた事を思い出してから、時生は首を振った。

「ううん。僕はみんながいるから、強くなれるだけだよ。強いのは、絆じゃないかな」
「そう。僕は、そんな時生の考え方がとても好きだよ」

 直斗はそう言って笑うと、目の前の馬車を見た。

「送るよ。黎千の馬車、あんまり人を乗せないから貴重だよ」
「ありがとう」

 こうして時生は、直斗に送ってもらい、礼瀬家へと帰還した。
 確かに居場所はいくつあってもいい。そして時生にとって、礼瀬家は大切な居場所であり、家族の住まう家だった。




しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

麻雀少女激闘戦記【牌神話】

彼方
キャラ文芸
 この小説は読むことでもれなく『必ず』麻雀が強くなります。全人類誰もが必ずです。  そういう魔法を込めて書いてあるので、麻雀が強くなりたい人はもちろんのこと、麻雀に興味がある人も全員読むことをおすすめします。  大丈夫! 例外はありません。あなたも必ず強くなります!   私は本物の魔法使いなので。 彼方 ◆◇◆◇ 〜麻雀少女激闘戦記【牌神話】〜  ──人はごく稀に神化するという。  ある仮説によれば全ての神々には元の姿があり、なんらかのきっかけで神へと姿を変えることがあるとか。  そして神は様々な所に現れる。それは麻雀界とて例外ではない。  この話は、麻雀の神とそれに深く関わった少女あるいは少年たちの熱い青春の物語。その大全である。   ◆◇◆◇ もくじ 【メインストーリー】 一章 財前姉妹 二章 闇メン 三章 護りのミサト! 四章 スノウドロップ 伍章 ジンギ! 六章 あなた好みに切ってください 七章 コバヤシ君の日報 八章 カラスたちの戯れ 【サイドストーリー】 1.西団地のヒロイン 2.厳重注意! 3.約束 4.愛さん 5.相合傘 6.猫 7.木嶋秀樹の自慢話 【テーマソング】 戦場の足跡 【エンディング】 結果ロンhappy end イラストはしろねこ。さん

麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る

黒木  鳴
BL
妖精のように愛らしく、深窓の姫君のように美しいセレナードのあだ名は「眠り姫」。学園祭で主役を演じたことが由来だが……皮肉にもそのあだ名はぴったりだった。公爵家の出と学年一位の学力、そしてなによりその美貌に周囲はいいように勘違いしているが、セレナードの中身はアホの子……もとい睡眠欲求高めの不思議ちゃん系(自由人なお子さま)。惰眠とおかしを貪りたいセレナードと、そんなセレナードが可愛くて仕方がない義兄のギルバート、なんやかんやで振り回される従兄のエリオットたちのお話し。完結しました!

処理中です...