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―― 第三章 ――
【048】壊したくない平和
しおりを挟む鍛錬場の中央に座り、時生は正座をしていた。
臍の上に温かな力が集まるようイメージしながら、深々と息を吐き出す。
瞼を伏せ、脳裏には五芒星を描いている。
高圓寺家の血筋にのみ伝わるという、浄化の技法を集中的に訓練することになった時生は、午後は鍛錬場に入り浸っている。午前中は特別執務室で英訳を手伝ったり、対策室で待機したりしているが、昼食後はずっと集中している。
傍目に見れば、ただ座っているに等しいのだろうが、これがとても体力を使う。
午後の帰宅を促す鐘が鳴る頃には、びっしりと体に汗をかいていることも珍しくない。
今では随分と見鬼の才の力の方は伸びてきて、視えないあやかしが少なくなり始めている。あまり根を詰めすぎないようにと、温かい声をかけてくれる協力的なあやかしも多い。
ただまだどうしても軍刀や軍銃を扱うのは難しい。
急がなくていいと周囲は声をかけてくれるし、武力が強さではないと灰野はいつか話してくれたけれど、時生は少しでも自分が役に立てることがあるのならばと、日々鍛錬を重ねている。
本日もそうして訓練を終え、時生は本部から外へと出た。
高東に会釈をしてから、ゆったりと道を歩く。本日は馬車を頼んでいない。
今日は霙が降っているから、黒い傘をさして歩いている。
少し早い帰宅であるから、澪と遊ぶ時間が取れるだろうか。そんな事を考えながら歩いて行き、礼瀬家へと戻る。
「おかえり時生!」
すると繋いでいた渉の手を離して、澪が駆け寄ってきた。抱きしめて、時生はその小さな温もりに微笑する。
「おかえりなさい、時生さん」
渉もそう声をかけ、それから中へと振り返った。
「さっき回覧板を持ってきた子が、饅頭をくれたんだよ。夕食前だけど食べよう」
「お腹がいっぱいになっちゃうよ」
時生が喉で笑うと、渉がやれやれという顔で苦笑する。
「俺は育ち盛りだからいいんだよ。時生さんも痩せすぎだから、食べた方がいいってみんな言うと思う」
そうして話ながら、三人で中へと入る。
控えの和室へと澪を伴ったままで向かうと、真奈美と小春が振り返った。小春は編み物をしている。真奈美はすぐに湯飲みの用意を始めた。
こうして平和な場所にいると、先日の牛鬼との遭遇――鴻大の件や、結櫻の事が、夢であったかのように、現実感を欠いてしまう。けれど、決して夢では無かったと時生は知っているから、この穏やかな時間を守るためにも、出来ることを頑張りたいと決意する。
五人で饅頭を食べながら偲の帰りを待つ。
静子は自室で、羽を広げているらしい。
この日偲が帰ってきたのは、午後の九時前の事だった。眠そうながらも起きていた澪が、食卓についてすぐに、偲を見た。
「お父様、明日はお休みだろ?」
「ああ」
「前にお出かけするって言った! 約束した!」
「――そうだな。明日は特に予定もない。行こうか。時生は都合はどうだ?」
「は、はい。僕も空いてます」
時生がおずおずと答えると、その場に静子のかろやかな声が響く。
「澪、時生さんに迷惑をかけては駄目よ? 時生さん、澪を宜しくお願いします。本当に、澪ったら、毎日時生さんのお話ばかりなんだもの。私、どんどん時生さんのことに詳しくなってしまいました」
静子の声に照れくさくなって、時生がはにかむように笑う。家族の団欒に己が加わっていいのかという不安が当初はあったのだが、今はこうして迎えられていることがなにより嬉しく、不安は消えた。
時生は柔和な表情で、食事を楽しんだ。
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