あやかしも未来も視えませんが。

猫宮乾

文字の大きさ
上 下
33 / 71
―― 第二章 ――

【033】日々の任務について

しおりを挟む
 緊張しながら執務室の扉をノックすると、すぐに入るようにと声がかかった。
 扉を開けると、そこにはなだらかな曲線を描く壁が広がっていて、突き当たりに行くに従い直線になっている部屋があった。その正面に大きな執務机があり、左右の角に別の机がある。中央には黒い短髪をした精悍な顔立ちの男性がいて、右手に青波、左手に偲がいた。偲の机の隣に、真新しい小さな机がある。壁一面には書架があり、様々な書類が収められている。左の端には、応接席が見えた。

 時生の姿を見ると、三名が立ち上がる。
 そして最初に、ニッと笑って、中央にいる青年が口を開いた。

「ようこそ、高圓寺時生だな。俺は、この深珠区あやかし対策部隊の隊長をしている相樂達樹と言う。たっくんとかと呼んでくれてもなんら気にしない、気さくな隊長だ」

 相樂の声に、偲が呆れた顔をし、青波が吹き出した。

「相樂さん、しまらないから、最初くらい真面目にして下さいよ」
「でもなぁ、青波。最初に怖い印象を与えたら、可哀想だろう。な? 時生くんもそう思うよな?」

 快活な声音の相樂を見て、時生は曖昧に笑う。その前で、相樂が続ける。

「あやかし対策部隊の代表として、歓迎する。しばらくは、破魔の技倆の訓練と――あとは俺達に非常に欠けている異国語、特に英語の書類の対応をお願いしたいと考えている。席は取り急ぎ偲の隣だ。英語の書類は機密が多いから、こちらで仕事をしてもらう。その他のあやかし対策部隊の軍人としての仕事も後々担ってもらうから、それに関しては向こうの通常業務を行う部屋にも席を用意する」

 精悍な顔立ちの相樂は、逞しい腕を組み、笑顔で語った。

「高圓寺時生です。宜しくお願いします」

 色々挨拶を考えてはいたのだが、時生はそれしか述べることが出来なかった。

「よし、まずは荷物を偲の横の席に置くといい。今から、破魔の技倆の訓練を行える鍛錬場へと案内する」
「は、はい!」

 言われた通りに、時生は筆記用具などを入れてある小さな鞄を机に置いた。この鞄もいつか偲に買ってもらったものだ。

「俺が行ってくるから、青波と偲は、議題に関する対応を続けておいてくれ」

 指示を出した相樂が、時生へと歩みよってきた。隣に並ぶと、身長こそ偲や青波よりも低いのだが、圧倒的な存在感がある。黒く短い顎髭を撫でた相樂は、それからポンと時生の肩を叩くと歩きはじめた。時生は慌ててその後ろに従う。

 隣室に戻ると、既に結櫻の姿は無かった。先程までは、己の相手を買って出てくれていたのだろうかと、時生は考える。

「こちらだ」

 対策部隊の本部を出て、少し歩いた先に、扉があった。そこを相樂が開けると、階下へと続く細い階段があった。

「ここは地下の鍛錬場に直通できる階段なんだ。これからはここを使うといいぞ」
「はい!」

 何度も頷き、時生は相樂に従う。
 それから四度ほど踊り場を抜け、時生は地下に降りた。そこには白い床に五芒星が描かれている広い部屋があった。壁中にお札らしきものが貼り付けられている。

「めったなことでは、壊れないように出来ているから、全力を出して鍛錬に励んでもらって構わない。先に奥を案内する」

 相樂に促されて鍛錬場の奥に行くと、片方には射撃訓練場、片方には案山子のようなものが三体立っている部屋があった。

「慣れてきたら、あやかし対策専用の――要するに討伐と威嚇専用の軍銃や軍刀を支給することになる。あの案山子は、軍刀の訓練用で自動人形からくりだ。式神の力と機械の力で動く擬似的なあやかしだ。もう一つの的の方は、射撃の精度をあげるために使う。どちらにしろ、破魔の技倆を込めた武器で倒す訓練となる。そのためには、破魔の技倆を自在に使えるようにならなければならない。これから時生はその訓練をするというわけだ」

 時生は説明を聞きながら、まだ実感がわかなくて、頷くことだけで必死だった。たとえば澪を守れるようになりたいと思ったのは本心だが、自分が具体的に武力を持つという想像がまだどうしても出来ない。

「さて、あちらに戻ろう。破魔の技倆の初歩は、瞑想なんだ。五芒星の中央に座ると良い。座り方は、正座でもあぐらでもなんでも構わない。自分が一番楽に出来る姿勢で、集中出来るようにすることが肝要だ」

 相樂はそう言うと、広い部屋の床を進み、中央の床に埋め込まれている球体を見た。
 時生もそちらを覗きこむ。

「これは、破魔の技倆を引き出す補助をする護石まもりいしだ。この前に座り、目を閉じて、自分の中の破魔の技倆が護石に集まる表象を脳裏に描く。それが初歩だ。そのために呼吸法を覚えたり、体の中に力が廻る感覚を掴んだりする」
「やってみます」
「ああ。それから破魔の技倆には、見鬼の才や先見の才が付属するのが常だ。特に見鬼の才に関しては、破魔の技倆が顕現した段階で、発現する事が多いが、一応その訓練施設が、こちらにある」

 相樂はそう言うと、射撃場とは逆側の奥の部屋へと視線を向けた。

「一度見てみるか?」
「は、はい」

 今度はそちらへと向かい、固く閉じられた扉を相樂が開ける。中に入った瞬間、時生の背筋に怖気が走った。硝子戸があり、その向こうに座敷牢があった。赤い着物姿で、長髪の女……いいや、人間には到底見えない何者かがそこにいた。

「視えるか?」
「はい……」

 時生の声が震える。

「あれは、本部うちが契約している、派遣で来てもらっているあやかしだ」
「派遣?」
「ああ。協力的なあやかし連中に、視る訓練のために、日当を払って、あそこに一日居てもらうんだ。見た目は様々だが、危険はない。細部までしっかり見えるように、訓練に協力してもらうようにな」

 なんでもない事のように相樂が述べる。時生は冷や汗をダラダラとかいたままだったが、おずおずと頷いた。

「まぁ何事も少しずつだ。とりあえず、今日は瞑想を試すといい。昼になったら偲に顔を出させる。初日だからな、今日は午前で上がっていい。明日からも宜しく。なにか困ったことがあれば、偲にでもいいし、なにより俺に言うといい」

 バシバシと時生の肩を叩き、明るい声で相樂が言った。
 まだなんの実感も沸かない時生だったが、大きく頷く。

「頑張ります」

 このようにして、時生のあやかし対策部隊での日々が幕を開けた。



しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!

どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入! 舐めた奴らに、真実が牙を剥く! 何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ? しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない? 訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、 なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト! そして…わかってくる、この異世界の異常性。 出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。 主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。 相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。 ハーレム要素は、不明とします。 復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。 追記  2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。 8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。 2024/02/23 アルファポリスオンリーを解除しました。

髪を切った俺が芸能界デビューした結果がコチラです。

昼寝部
キャラ文芸
 妹の策略で『読者モデル』の表紙を飾った主人公が、昔諦めた夢を叶えるため、髪を切って芸能界で頑張るお話。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない

一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。 クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。 さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。 両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。 ……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。 それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。 皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。 ※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。

処理中です...