27 / 71
―― 第一章 ――
【027】牛鬼
しおりを挟む半地下へと続くその石段の先には、硝子の開き戸がある。
細い三日月のその夜は、黒い雲が立ちこめており、しとしとと雨が降っていた。
その雨脚はすぐに強くなり始める。
「っく」
楽しげに喉で笑った、黒い短髪の青年は紺色の布を腰に巻いていて、袖を捲った白いシャツから見える逞しい腕を組み、精悍な笑顔でその戸の前に立つ。暖簾には、鴻大屋と書かれている。
中へと入ろうとした手前で、戸が影のような色の靄になり、視界が二重にブレるように変化した。鴻大晃が通り抜けると、その中には魑魅魍魎が跋扈していた。
それまで精悍な表情だった鴻大の瞳が、ニヤニヤと嘲笑するような色を浮かべて暗く歪む。視線を下ろした彼は、己の腰布から、いつか時生が白い波線と称し、己は護り神だと嘯いた――大蛇の生死を告げる模様が、すっと溶けるように消えていくのを見た。
「ああ、失敗か。残念だ。長い間、仕込んでおいたというのに」
周囲にいた悪しきあやかし達がそろって視線を向ける。目が一つだけの存在もいれば、多眼の者、そもそも無い怪異もいる。ここは、人間にとって害在る物の怪の巣窟だ。皆、人間を害する事を生きがいとしている。
「一番脆い高圓寺から崩そうと思ったんだが、さすがに一筋縄ではいかないな」
大蛇の物の怪を高圓寺家に取り憑かせていた鴻大は、さして困った様子もなく、そう口にして笑う。
「牛鬼様、楽しそうですね」
すると首の長い物の怪が話しかけた。そちらへと首だけで振り返った鴻大は、実際楽しそうに頷く。鴻大屋の本物の四代目を殺害して、成り代わってまだ日が浅い。本質が牛鬼である彼は、この帝都を壊すことを楽しみにしている。
「ああ。白い波線などと暢気に言われたことを思い出すと嗤ってしまってな。全く、人間とは本当に愚かだ」
「そうやって甘く見ていると、足下を掬われるアルヨ」
そこへ、キョンシーである凛絽雨が声をかけた。
スッと双眸を眇め、口元だけには笑みを浮かべて鴻大が頷く。
「お前のように俺達にも取り入り、人間にも取り入るものには、あまり言われたくないが、それだけ、あの忌々しいあやかし対策部隊も動いているという情報提供と認識していいのか?」
「好きにすればいいアルヨ。私、何を言われても怖くないアルヨ」
その言葉に鴻大は笑って見せた。
「それにしても、四将は邪魔だ。特に気になるのは――……高圓寺時生だ。高圓寺家の破魔の技倆の持ち主は全て大蛇に喰らわせたつもりだったんだが」
冷酷な目をした鴻大は、それから思案するような顔をする。
「礼瀬の息子に放った、突発的な攻撃ではあったとはいえ、死神も撃退され、長期的に策を練ってきた高圓寺の大蛇も撃退され……あーあ。俺達は劣勢だな」
そうは言いつつ、鴻大の目には、敗北したというような色はない。
「まぁいい、まだ策はある。ああ、だがあの澪という子供は、殺っておいてもよかったかもな。首を絞めてあの時殺せたが……まぁ、だが、それじゃあ退屈だしな」
鴻大はそう口にすると、ポンっと腰の紺の布を叩く。
すると波線があった場所に、今度は花の模様が現れた。
「さて、次はどのようにして害してやろうか」
それから鴻大は、奥の階段に座っている、あやかし対策部隊の軍服姿の人間を見た。
「お前はどう思う?」
「さぁ?」
答えた軍人の顔は、鴻大の位置からでは陰になり見えなかった。
13
お気に入りに追加
118
あなたにおすすめの小説
ブラックベリーの霊能学
猫宮乾
キャラ文芸
新南津市には、古くから名門とされる霊能力者の一族がいる。それが、玲瓏院一族で、その次男である大学生の僕(紬)は、「さすがは名だたる天才だ。除霊も完璧」と言われている、というお話。※周囲には天才霊能力者と誤解されている大学生の日常。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
あやかし雑草カフェ社員寮 ~社長、離婚してくださいっ!~
菱沼あゆ
キャラ文芸
令和のはじめ。
めでたいはずの10連休を目前に仕事をクビになった、のどか。
同期と呑んだくれていたのだが、目を覚ますと、そこは見知らぬ会社のロビーで。
酔った弾みで、イケメンだが、ちょっと苦手な取引先の社長、成瀬貴弘とうっかり婚姻届を出してしまっていた。
休み明けまでは正式に受理されないと聞いたのどかは、10連休中になんとか婚姻届を撤回してもらおうと頑張る。
職だけでなく、住む場所も失っていたのどかに、貴弘は住まいを提供してくれるが、そこは草ぼうぼうの庭がある一軒家で。
おまけにイケメンのあやかしまで住んでいた。
庭にあふれる雑草を使い、雑草カフェをやろうと思うのどかだったが――。
伊賀忍者に転生して、親孝行する。
風猫(ふーにゃん)
キャラ文芸
俺、朝霧疾風(ハヤテ)は、事故で亡くなった両親の通夜の晩、旧家の実家にある古い祠の前で、曽祖父の声を聞いた。親孝行をしたかったという俺の願いを叶えるために、戦国時代へ転移させてくれるという。そこには、亡くなった両親が待っていると。果たして、親孝行をしたいという願いは叶うのだろうか。
戦国時代の風習と文化を紐解きながら、歴史上の人物との邂逅もあります。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
腐れヤクザの育成論〜私が育てました〜
古亜
キャラ文芸
たまたま出会ったヤクザをモデルにBL漫画を描いたら、本人に読まれた。
「これ描いたの、お前か?」
呼び出された先でそう問いただされ、怒られるか、あるいは消される……そう思ったのに、事態は斜め上に転がっていった。
腐(オタ)文化に疎いヤクザの組長が、立派に腐っていく話。
内容は完全に思い付き。なんでも許せる方向け。
なお作者は雑食です。誤字脱字、その他誤りがあればこっそり教えていただけると嬉しいです。
全20話くらいの予定です。毎日(1-2日おき)を目標に投稿しますが、ストックが切れたらすみません……
相変わらずヤクザさんものですが、シリアスなシリアルが最後にあるくらいなのでクスッとほっこり?いただければなと思います。
「ほっこり」枠でほっこり・じんわり大賞にエントリーしており、結果はたくさんの作品の中20位でした!応援ありがとうございました!
捨てられ更衣は、皇国の守護神様の花嫁。 〜毎日モフモフ生活は幸せです!〜
伊桜らな
キャラ文芸
皇国の皇帝に嫁いだ身分の低い妃・更衣の咲良(さよ)は、生まれつき耳の聞こえない姫だったがそれを隠して後宮入りしたため大人しくつまらない妃と言われていた。帝のお渡りもなく、このまま寂しく暮らしていくのだと思っていた咲良だったが皇国四神の一人・守護神である西の領主の元へ下賜されることになる。
下賜される当日、迎えにきたのは領主代理人だったがなぜかもふもふの白い虎だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる