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―― 第一章 ――
【024】死に装束と地下
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目が覚めると時生は、己が薄手の白い装束姿に着替えさせられていることに気がついた。持ち上げた手が酷く重い。頭部には、包帯の感触がある。
「起きたか」
父の声にハッとし、慌てて上半身を起こせば、ズキリと鈍く頭部が痛んだ。
顔を向けると、父は口元に笑みを浮かべて、傍らの卓の前から立ち上がった。黒い漆塗りの卓の上では、なにやら書き物をしていたらしく、墨の匂いが香ってくる。
「今より、高圓寺家の護り神様の元へ連れて行く」
それを聞いて、父がたびたび地下へと向かっていたことを、時生は漠然と思い出す。
「早く立て」
隆治の声が厳しいものへと変化した。ビクリと肩を跳ねさせた時生は、萎縮しながら、慌てて立ち上がる。既にふらつくような感覚はなくなっていた。その時、俯いて気がついた。着物の合わせ目が逆だ。これでは色彩も相まって死に装束のようだと感じつつも、父がその時、強く手首を握って引いたから、直す間もない。
和室を出れば、そこは二階の客間だったのだと分かる。
ひと気の無い暗い廊下、窓の外の闇を見れば、既に夜が訪れているようだと理解出来た。
使用人とすれ違うこともなく、父に強引に手を引かれたまま、階段を降りていく。
一階、そして地下へと進む。
半地下の踊り場から見上げた窓の向こうには、細い三日月が見えた。周囲は黴臭く、湿った臭いがする。季節が季節であるから、薄手の衣一枚では寒さを感じずにはいられない。
「お前も護り神様にお会いできるのが光栄だろう?」
「……」
「なんとか言え!」
「……は、はい」
激高するような声を浴びせかけられ、時生は必死で声を絞り出す。
急な階段を一段一段降りていき、一番下まで降りると、右手にはずらりと鉄格子が嵌められた牢があった。自分が知る地下とはまるで違うその光景に、時生は目を疑う。そこには――体の一部が透けていたり、角があったりといった、一見して〝現〟の〝理〟からは外れた存在……それこそ直感的に怪異やあやかしだと理解出来る存在が入れられていた。床には金色の紋章があり、いずれの存在もぐったりとその上に体を預けている。時折金切り声のような音を発するその存在達は、皆隆治の姿を見ると怯えた気配を醸し出した。
「これは……」
「ああ、少しは見鬼の才も発現したのか。もっともっと時が経てば開花したのだろうな」
父の声は明るい。茶色い紋付き姿の父は短髪を揺らし、皺の深い口元にさらに笑みを刻む。
「これらは護り神様への供物だ。皆、誉れに思っておるだろう」
「供物……?」
「護り神様に喰らわれ、その血肉、霊力の一部になれるのだから。時生とて、最高の誉れだと感じるだろう?」
「……?」
「皆、愚かなのだ、四将の他の三家も、この帝都中はおろか、この国に住まう破魔の技倆の持ち主を身近に得た者も。真の幸福を知らぬのだからな。力在る者を手中に収めたならば、やるべき事は一つだというのに。それこそが、本当の栄誉であるにも関わらず」
嘆かわしいというような声を出す父の横顔を見て、時生は背筋に怖気が走った。隆治の瞳に、どこか恍惚としたような色が宿っていたからだ。確かにここにいるはずなのに、なにか違うものを見ているように思えた。
「全く。力があると分かっていたら、最初から蛇神様に捧げていたものを」
牢獄のある通路を進み、正面にある鉄の扉を、隆治が押し開ける。
足をもつれさせながら、時生はその中へと腕を引かれ、連れて行かれた。
そして正面に広がる床を見て、困惑した。
そこは何も無い暗く広い部屋だ。いいや、一つだけ中央に巨大な井戸がある。
「さぁ、護り神たる蛇神様にお目通りできること、喜ぶがよい」
うっとりしたような声で、隆治が時生に声をかける。しかしその瞳は、正面を見たままだ。巨大な井戸から、ゆらりと白い影が現れたのは、その時の事だった。
「起きたか」
父の声にハッとし、慌てて上半身を起こせば、ズキリと鈍く頭部が痛んだ。
顔を向けると、父は口元に笑みを浮かべて、傍らの卓の前から立ち上がった。黒い漆塗りの卓の上では、なにやら書き物をしていたらしく、墨の匂いが香ってくる。
「今より、高圓寺家の護り神様の元へ連れて行く」
それを聞いて、父がたびたび地下へと向かっていたことを、時生は漠然と思い出す。
「早く立て」
隆治の声が厳しいものへと変化した。ビクリと肩を跳ねさせた時生は、萎縮しながら、慌てて立ち上がる。既にふらつくような感覚はなくなっていた。その時、俯いて気がついた。着物の合わせ目が逆だ。これでは色彩も相まって死に装束のようだと感じつつも、父がその時、強く手首を握って引いたから、直す間もない。
和室を出れば、そこは二階の客間だったのだと分かる。
ひと気の無い暗い廊下、窓の外の闇を見れば、既に夜が訪れているようだと理解出来た。
使用人とすれ違うこともなく、父に強引に手を引かれたまま、階段を降りていく。
一階、そして地下へと進む。
半地下の踊り場から見上げた窓の向こうには、細い三日月が見えた。周囲は黴臭く、湿った臭いがする。季節が季節であるから、薄手の衣一枚では寒さを感じずにはいられない。
「お前も護り神様にお会いできるのが光栄だろう?」
「……」
「なんとか言え!」
「……は、はい」
激高するような声を浴びせかけられ、時生は必死で声を絞り出す。
急な階段を一段一段降りていき、一番下まで降りると、右手にはずらりと鉄格子が嵌められた牢があった。自分が知る地下とはまるで違うその光景に、時生は目を疑う。そこには――体の一部が透けていたり、角があったりといった、一見して〝現〟の〝理〟からは外れた存在……それこそ直感的に怪異やあやかしだと理解出来る存在が入れられていた。床には金色の紋章があり、いずれの存在もぐったりとその上に体を預けている。時折金切り声のような音を発するその存在達は、皆隆治の姿を見ると怯えた気配を醸し出した。
「これは……」
「ああ、少しは見鬼の才も発現したのか。もっともっと時が経てば開花したのだろうな」
父の声は明るい。茶色い紋付き姿の父は短髪を揺らし、皺の深い口元にさらに笑みを刻む。
「これらは護り神様への供物だ。皆、誉れに思っておるだろう」
「供物……?」
「護り神様に喰らわれ、その血肉、霊力の一部になれるのだから。時生とて、最高の誉れだと感じるだろう?」
「……?」
「皆、愚かなのだ、四将の他の三家も、この帝都中はおろか、この国に住まう破魔の技倆の持ち主を身近に得た者も。真の幸福を知らぬのだからな。力在る者を手中に収めたならば、やるべき事は一つだというのに。それこそが、本当の栄誉であるにも関わらず」
嘆かわしいというような声を出す父の横顔を見て、時生は背筋に怖気が走った。隆治の瞳に、どこか恍惚としたような色が宿っていたからだ。確かにここにいるはずなのに、なにか違うものを見ているように思えた。
「全く。力があると分かっていたら、最初から蛇神様に捧げていたものを」
牢獄のある通路を進み、正面にある鉄の扉を、隆治が押し開ける。
足をもつれさせながら、時生はその中へと腕を引かれ、連れて行かれた。
そして正面に広がる床を見て、困惑した。
そこは何も無い暗く広い部屋だ。いいや、一つだけ中央に巨大な井戸がある。
「さぁ、護り神たる蛇神様にお目通りできること、喜ぶがよい」
うっとりしたような声で、隆治が時生に声をかける。しかしその瞳は、正面を見たままだ。巨大な井戸から、ゆらりと白い影が現れたのは、その時の事だった。
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