あやかし達の文明開化

猫宮乾

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―― 夢を語るあやかしの懐かしい未来の話 ――

【十一】懐かしい未来という言葉の矛盾

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 お正月も三日目になった。欠伸をしながら僕が、窓を見た時――隣でイクが飛び起きた。目を見開き、寝汗で髪が肌に張り付いている。真っ青な顔色をしているイクは、右手で胸のあたりを押さえている。

「おはよ。どうかしたの?」
「――ああ……いや……ここは……そうだ。ここは、大日本帝国だったな」
「? うん。里心でもついたの? あるいは別の時代に帰りたくなったとか?」

 何やら動揺している様子のイクを見て、僕は腕を組んだ。

「ちょっと、懐かしい未来の夢を見ただけだ」
「すっごい矛盾だよね。懐かしいのに、未来って」
「これから来る歴史的な事象だからな」
「イクはそれを変えたいんだっけ?」
「いいや。その事象の後の――……善い行いをしたのに、糾弾されたヒトの子の未来を変えたいんだ。名誉が回復されるのが遅すぎた」

 それを耳にして、僕は首を小さく傾げた。

「その行いが何なのかは知らないんだけど、一つ良い?」
「なんだ?」
「イクが知るその人間は、周囲に賞賛されたくて、その行いをしたの?」
「いいや。違うだろうな」
「しかも、最終的には名誉が回復されてるんでしょう?」
「……ああ。だが、俺には耐えられないんだ。未来になれば、人間の考え方が変わる事を、既に俺はもう知っている。だから、だからこそ、今の内から変えておいたならば、きっと――」
「僕はあやかしだから、ちょっとそういう人間への同情心とかはあまりよく分からないよ。僕だったらまずは、自分への冤罪をどうにかするけどなぁ。大義の前に、自分を守らなくちゃ」

 僕が指摘すると、ギュッと手で掛布団を握り、イクが俯いた。
 ただ、ふと興味を抱いて続けて聞いてみる。

「ねぇ、未来では、さ。人間とあやかしの関係も、開国しているの?」
「いいや。その点は、俺がこの『時の旅路』で変化させたい未来だ」
「ふぅん。まぁ、それよりも先に、日本のあやかしと、異国のあやかしの間の交流を深めないと、あやかし間でも、イクが言う所のひきこもったまんまという事になるかもしれないけどね。あ、そっちはさすがに未来では開国してる?」

 訊ねた僕を見ると、イクが微苦笑した。漸く、夢からさめたかのような顔つきになって、きちんと現実の今を見ている。

「国際交流というよりも、怪異同士は比較的自由に移動をしている。そして、様々な人間の技術進歩に伴い、沢山の新しい存在も生まれている」
「そうなんだ?」
「ああ」
「例えば?」
「ジェットババアや口裂け女、人面犬は騒ぎになったし、未来ではインターネットという技術があって、なんというか……それらは、都市伝説と呼ばれている」

 聞いた事がないあやかしの名前に、僕は頷いてから立ち上がった。

「よし、ご飯にしよう。何が食べたい?」
「血」
「……それは分かったよ。うーん。そうじゃなく、もっとこう、朝ごはんらしい人間的なもの」
「葡萄酒が飲みたい」
「僕も朝からお酒を飲む方だけどさ、葡萄酒は飲んだ事が無いんだよね。美味しい?」
「ああ。蜂蜜酒も好きだが、葡萄酒の方が血に似ていて俺は好きだ」
「それって色の問題?」
「まぁな」

 そんなやりとりをし、結局この日の朝は、わかめの味噌汁と、納豆を食べた。


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