あやかし達の文明開化

猫宮乾

文字の大きさ
上 下
4 / 12
―― 黒船来航 ――

【四】アヤカシ長屋の僕の部屋

しおりを挟む




「ん……」

 窓から差し込んでくる光で、本日は晴れだという事が分かった。隣の、薄っぺらいおせんべいみたいな布団を見れば、そこではまだイクが眠っている。結局昨夜、僕は雨に打たれている彼を見捨てる事が出来ずに、この【アヤカシ長屋】へと連れて帰ってしまった。

 上半身を起こした僕は、欠伸をしてから、己の耳と尻尾が出ている事に気づいて、すぐに変化した。この長屋にはあやかししか住んではいないが、うっかり人間に見られでもしたら、追い立てられたりして困ってしまう。

「ご飯にしよう。別に起こさなくて良いよね?」

 僕はイクを一瞥してから、朝食をとるために立ち上がった。本日のおかずは、ゴマ昆布だ。あとは白いご飯。人間の世では、今日は一月二日だから、まだおせちやお餅をみんなが食べているのかもしれないけれど、我が家は質素だ。いいや、白いご飯があるだけ、豪華なのかもしれない。

 こたつの上にお茶碗類を運び、僕は両手を合わせた。
 その時、ドンドンドノドンと外壁を叩く音がして、僕の長屋の扉がガラリと開いた。

「大変だぁ!」

 入ってきたのは、一反木綿だった。ふよふよと浮かんでいる一反木綿は、いつもより険しい表情で僕の前まで漂ってきた。

「どうかしたの?」
「また吸血鬼が、人間を喰い殺したらしくて、陸軍の奴らがあやかしに話を聞くって言って、この長屋にも来るらしいぞー!」

 それを聞いて、僕は瞠目した。
 ちらりと寝入っているイクを見る。

「それって、いつの何時ごろ?」
「朝方の雨が上がった頃らしい」
「ふぅん」

 その頃には、僕はイクを連れ帰っていたから、とすれば犯人は少なくとも、すぐそばで眠っている吸血鬼ではない。仮に吸血鬼の犯行だとしても、別の存在の仕業だ。

「って? え、どちら様だ?」

 一反木綿が僕の視線に気づいて、イクを見た。一反木綿の声は大きいのに、イクには一切目を覚ます気配がない。

「渡来したあやかしみたい」

 種族は濁して僕は告げた。すると一反木綿の動きが宙で停止した。

「黒船で来たのか?」
「うーん。もう明治三十三年だし、江戸時代に来た様子ではなかったかなぁ」

 ――未来から来たらしいと僕は聞いていたけれど、その部分は伝えなかった。一反木綿は僕の大親友だけど、だからこそ、余計な事を離して巻き込むのも嫌だ。

「害は無いのか? 陸軍特別あやかし対策部隊の奴らは……ちょっと怖いぞ?」
「僕も怖いけど――うん、怖いね。イクの事、押し入れに隠そうか?」
「奴らは気配を察知するのが得意らしいぞ? 大丈夫なのか!?」

 心配してくれる一反木綿は、本当に友達甲斐があると思う。

「とりあえず、起こしてみるよ」

 僕はそう述べ、完食しちゃ茶碗類を流し台に置いてから、イクの隣に座った。

「起きて、イク」
「……っ」
「イク? おーい」
「……俺は、日光に弱いんだ。だから朝は目が中々あかなくて……」
「知らないよ。早く起きて!」

 掛け布団を引きはがし、僕は無理矢理イクを起こした。するとイクが眠そうな眼を手で擦った。それから窓の方を見て、嫌そうな顔をした。

「窓の障子を閉めてくれないか? 別に俺は、陽光で焼けただれるような属性はないが、辛いんだ」
「あのさ、それなら丁度良いから、ちょっとの間、押し入れの中にいてくれない?」
「何故?」
「陸軍特別あやかし対策部隊の人間が来るらしいから」

 僕がさらりと告げると、勢いよくイクが目を見開いた。

「俺を突き出すのか?」
「押し入れの中にいたらっていうのは、匿ってあげるって意味だけど? 別に突き出しても良いよ」
「――信じる。匿ってくれ」

 と、こうしてイクは自発的に押し入れに入り、ぴしゃりと戸を閉めた。まずは一段落だと思っていると、それまで無言だった一反木綿が、腕を組んだ。

「異国から来たというわりに、流暢に喋るんだなぁ」
「確かに」
「どこの国のあやかしなんだ? 一見、ただの人間だけど」
「さぁな? 僕も良く知らないんだ」

 僕が答えると、ふよふよと宙を飛び、一反木綿が押し入れの前の宙に陣取った。

「ここにいれば、俺の気配と紛れるかもしれない。俺も一人で尋問されるのは不安だから、一緒にここで待つぞ!」
「有難う!」

 こうして僕らは、内心では戦々恐々としつつも、陸軍特別あやかし対策部隊の人間が訪れるのを、長屋の僕の部屋で待つ事にした。




しおりを挟む

処理中です...