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―― 黒船来航 ――
【一】黒船来航とすき焼き
しおりを挟む嘉永六年だとか、僕としては非常に最近である印象だ。
正直な話、当時ドドドーンと大砲の音が響いたりした時なんて、僕は泣きながら震えていた記憶がかなり強いけど、まぁ、そんな感じで、人間の国は開国した。怪狸である僕は、驚きすぎてついうっかり耳を出してしまったほどだが、数日もしたら、忘れてしまった。人間の姿を真似て、たらふく酒を飲みながら、葉っぱを小判にかえて、時の流れに身を任せていたものである。
――あれから、早数十年。
人間の髪形は、ちょんまげではなくざんばら髪に変化した。だから僕も化ける時に、狸と露見しないように気を遣う際、その時々の流行を取り入れる事に必死になった。
僕はちょいちょい傘をさして歩くのだけれど、傘もどんどん進化していった。
だが、僕が思うに一番の変化は、食生活だと思う。
狸生で初めてすき焼きを食べた時、僕の頬は蕩けた。美味しすぎてダメだった。動物の狸とは違い、あくまで『あやかし』の僕は、人間の食べ物を口に運んでも、特に健康に悪いという事は無い。
「よく食うねぇ、カイリ」
僕は周囲に、『カイリ』と呼ばれている。そのまんまの名前だ。なお、本日は人間の酒場ではなく、あやかし御用達の『鬼提灯(おにちょうちん)』というお店で飲食中だ。ここの主人は、赤鬼だ。僕は現在、友人の一反木綿と共に、初のすき焼きを味わっている。その一反木綿も、僕にいう割には、パクパクとすき焼きを味わっている。最初僕達は、解いた卵を鍋に入れるのかなと迷ったけれど、どうやら牛肉をつけて食べるようだった。これがまた美味しい。
「食べ物的には、どんどん開国してほしいよね」
僕が告げると、一反木綿が体を揺らした。宙に浮かんでいる彼は、箸と器を置くと、細い手のような部分で、腕を組むような仕草をした。
「……でも、最近西洋のあやかしが入ってきてるっていうよな? 怖くないか?」
「……怖い……」
僕は素直に頷いた。
先日、この芭蓮町の片隅で、人間の殺人事件があったのだが、その結果新聞には『吸血鬼の仕業か!?』と、大きく記載された。どうやら吸血鬼というのは、異国の怪異のようだが……本当に怖い。
怖い理由は一つだ。
一つ目、本当に吸血鬼の仕業だった場合……人間相手だけでなく僕ら、あやかしに対しても敵対的な可能性がある。
二つ目、もし吸血鬼の仕業であってもそうでなくとも……あやかしを恐れた人間に、僕達まで狩られる可能性がある……。
以上の二点が理由で、僕は肩を落とした。
「しかも僕な、チラって異国の宗教の本を見てみたんだ。そしたら、人間みたいに、貴族だの爵位だのがある大軍勢らしい……ほら? 日本は八百万の神々とはいうけど……別にみんなでまとまったりしてないし……どう見ても、あっちの奴ら、強そうだ……」
「ええー!? そんな怖い事を言わないでよぉ……」
涙ぐんだ僕と、震えている一反木綿。
そこへ、店主の赤鬼が笑いながら小鉢を置いた。見ればひじきの煮物が入っている。
「おまけだ。食べていけ。ま、国は違えど同じあやかしだろう? 何とかなるさ」
その言葉に救われたような気持になりつつ、僕は食べて忘れる事にした。
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