困窮フィーバー

猫宮乾

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chapter:回想 ……お化け屋敷(本物)へ行く……

【*】裏側

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 ローラが藍円寺さんの看病を開始して、日付で言うなら、本日は三日目だ。本当に酷い風邪をひいていたみたいで、ほぼ丸二日藍円寺さんは寝ていた。連れてきた日とその翌日、さらには本日の昼間も藍円寺さんは目を覚まさなかったのである。

 ローラの心配っぷりといったら無かった。ただ、今日に限っては、既に熱は下がっているとの事で、念のため休ませていたらしい。

 これは、僕でも分かるが、普通だったら入院コースだったようだ。だけどローラがよく効く妖怪薬を処方したおかげで、藍円寺さんの風邪は、もうすっかり治ったらしい。

「藍円寺さんの具合はどうなの?」

 ダイニングに入ってきたローラを見て、僕は静かに声をかけた。料理をしている火朽さんも動きを止めて振り返る。火朽さんも、この家にローラが人間を入れた事に驚いていた。だが火朽さんはそれよりも、何やら大学の講義が忙しいらしく、あまり気にしている様子はない。

「おう。もう万全だ。今日は看病の報酬を貰おうと思ってな。いやぁ、藍円寺自ら、礼をすると言っていてなぁ」

 それを聞いて、僕は腕を組んだ。そんな僕の前で、ローラは椅子を引くと、一枚の鏡を取り出した。そしてその端っこを、トントンと指で叩き始めた。

「何それ?」

 テーブルの上に置かれた鏡を、身を乗り出して僕も覗き込んだ。するとそこには、藍円寺さんがいる客間が映し出されていた。

 鏡の中では、藍円寺さんが泣きそうな顔で――いいや、実際に涙ぐみながら目を閉じていた。思考を読んでみると、『窓を子供の手が叩いている』と考えているのが分かる。僕は、鏡の中で、窓を探した。位置はすぐに分かった。ローラが指で叩いている箇所が窓だ。

「何してるの? ローラ」
「怖がる藍円寺を見てる。面白いよなぁ、人間って」

 ニヤニヤと、楽しそうにローラは笑っている。僕も否定はしないが、あんまりにも恐怖している藍円寺さんが、ちょっとだけ不憫に思えた。鏡の中をよく見ると、ローラが作り出した、瘴気としか言い様がない霊力の塊(色付き)が、天井周辺に、雲のように浮かんでいる。すごい、B級のホラー映画みたいだ。

「なんか怖いアイテムとか思いつかねぇか?」

 ローラが楽しそうに言うと、火朽さんが興味なさそうに呟いた。

「人間は、人形を怖がると、そういえば昨日の発表の時に、夏瑪先生が補足していましたね」
「お、人形か。良いな。あー、日本人形も良いが――この家の空気的に、フランス人形あたりか?」

 口元で弧を描きながら、ローラが鏡を指で撫でた。すると藍円寺さんがギュッと目を閉じて震えているベッドの上に、金髪の小さな人形が現れた。眼球の作りが、確かに見ているだけで、どことなく怖いと僕も思う。

「ねぇ、ローラ」
「ん?」
「首がさ、ポロっと取れたら、もっと怖いんじゃないかな?」
「それ良いな。採用だ」

 その後、料理を運んできた火朽さんも加わり、僕達は、鏡越しに藍円寺さんを怖がらせてニコニコしていた。怪異に怯える人間というのは、僕達のような妖から見ると、拾ってきたばかりの怯えている仔猫のように思えて、非常に愛らしいのである。震えている藍円寺さんを見ていると、心が和む。

「あ」

 フランス人形を見た藍円寺さんが、気絶しまった。そんなに怖かったんだなぁ。
 ちょっと可哀想だと思い始めた頃、ローラが立ち上がった。

「よし、夕食を持って行く」
「彼の分は用意していませんが?」

 火朽さんが言うと、ローラがニヤリと笑った。

「俺の手料理を食べさせてやる。いやぁ、俺の料理が食べられるなんて、藍円寺は幸せ者だな」

 それを聞いて、僕と火朽さんは顔を見合わせた。実際、本気の場合、ローラの料理は非常に美味しい。しかし悪戯をする場合のローラの手料理とは、基本的にゲテモノ料理だ。この状況で、動物の目玉入りのスープなど出したら、藍円寺さんはショック死してしまうのでは無いだろうか。

「完璧なフレンチをご馳走してくる。じゃあな。俺もそっちで食べてくる」

 そう言うとローラが戻っていった。それを聞いて、僕は少しホッとした。

 ローラは鏡を置いていったので、僕と火朽さんは、二人で夕食をとりながら、そこに映る光景を眺めていた。まるでテレビみたいだ。

 外面を取り繕ったローラが、台車に乗せて、美味しそうな料理の数々を運んでいく。それからフランス人形を撤去した。そして料理をテーブルに並べ終えてから、気絶していた藍円寺さんを揺り起こす。すると藍円寺さんは、すぐに意識を取り戻した。

 それからベッドの上を見て、何度も人形が無い事を確かめていた。続いて顔面蒼白の藍円寺さんは、窓を凝視し、そこにも異変が無い事を確認している。

『なんだ、夢か』

 藍円寺さんの思考を読むと、そんな事を考えていた。まぁ妥当な判断だろう。人間は恐怖を受け入れられない時、夢や気のせいだとして片付ける事が多い生き物だ。しかし、黒い靄は、まだ部屋中に浮かんでいる。それには、藍円寺さんも気づいているようだったが――彼は意識的に見ないように努力していた。

 そんな藍円寺さんの前で、ローラが料理の説明をしていく。

 何も怖くないといった表情を取り繕い、藍円寺さんは偉そうに頷きながら聞いている。しかし時折、ちらっと天井の方を、怖いのに見てしまう藍円寺さんが、僕には非常に面白かった。

 よく見れば、ローラも完全に吹き出すのをこらえているのが分かる。本当にローラは性格が悪い。ローラの場合は、好きな子ほど虐めたくなるという気持ちらしい。それが伝わってくる。

 その後、鏡の向こうでローラ達が夕食を終えるまで、僕と火朽さんは雑談しながら、二人を眺めていたのだった。


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