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chapter:後 ……それからの日常……
【番外】バイト
しおりを挟む「それにしても、ローラがバイトですか」
僕が淹れたハイビスカスティを飲みながら、火朽さんが言った。本日は、紬くんが家の仕事のため、大学はお休みだが暇らしい。
「マッサージよりは向いていると思いますが、バイトというより、過保護なだけに思えるといいますか」
呆れたような火朽さんの言葉に、僕は吹き出しそうになった。紬くんと終始一緒にいる火朽さんだって人のことは言えない。
「砂鳥くんが今どうして笑いかけたのかは、深く追求しませんが」
「っげほ」
「僕はあくまでも、妖相手に紬くんを保護しているだけで、ローラのように人間相手にまで独占欲や特別感を見せつけたりはしていませんよ」
「な、なるほど」
僕は笑顔を取り繕ったが、ちょっと謎だ。だって火朽さんは紬くんに特別だと言われて喜んでいる所を何度も見たし(透視で)、まだ報告を受けたわけではないが、付き合いてたての恋人らしいし……これまでの経験から言って、火朽さんはどちらかといえば束縛する。それも、相手に気づかれない感じで、それとなくだ。玄人である。
その点、「嫉妬した」「俺以外と出かけたらダメだ」と、人間らしい束縛力……というよりもワガママを発揮するローラの方が、人間にはわかりやすいだろう。
だが。
ローラの前で格好良くいたいらしい藍円寺さんに負けず劣らずで、ローラも藍円寺さんの時だけ限定で、格好良いふりをする。心が読める僕にわざと見せる以外は、藍円寺さんを溺愛しているのは、あんまり周囲には伝えない(ただし残念ながら見ているとすぐにわかる)。
「砂鳥くん、僕の言葉を信じていないですね?」
「だ、だって! 信憑性がゼロなんですもん……!」
素直に僕が言うと、火朽さんが吹き出した。
「では、今から一緒に、ローラ達のバイト風景を見に行きませんか?」
「あ、行きたいです!」
こうして、僕達は、ローラのバイト風景を見に行くことにした。
現在は、朝の八時過ぎである。以前の藍円寺さんは、遅い時間に仕事をしていたが、なんでも「ローラに危険が迫らないように」今は、主に明るい朝から昼に、ローラとバイトに出かけているらしい。
僕と火朽さんが本日のバイト先を調べて向かうと、丁度藍円寺さんと、昨日はお寺に泊まったローラが現地に到着した所だった。朝帰りが、最近ではローラの方が爆増しているが、何も言うまい。昼威先生と揉めそうなものだが、一度聞いてみたら最近は先生が、御遥神社に入り浸りらしいと言う話だった。人間も恋の季節なのだろう。
「よく来てくださいました!」
心霊協会の人々が、藍円寺さんに声をかけている。藍円寺さんは仏頂面だ。やはり一見すれば、「わざわざ来てやったんだ」と言うような眼差しに見えるが、内心ではすでにビクついているのがわかる。笑いそうだ、僕は。
なお、心霊協会の人々は、ローラにも声をかけた。ローラが笑顔で挨拶を返しながら、つま先でポンと床を強めに踏んだ瞬間、その階にいた微弱な妖魔は全て消滅した。
見えていた心霊協会の人々は、すでにローラが倒していると気付いているようで、感嘆している。藍円寺さんは、「なんだか嫌な感じがしなくなったのは、ローラがそばにいてくれるからに違いない」と考えている。僕は腹筋が痛い。今回の場合は、今の藍円寺さんには弱すぎて見えない微弱さだった。
「それでは予定通り、玲瓏院経文を唱えさせてもらう」
藍円寺さんがそう言った時、もう必要ないのは彼以外みんなが理解していたが、そんなみんなは「きっと、念には念を入れるんだ。さすがは藍円寺!」と考えていた。さらに彼らは、非常に強いローラを伴っている藍円寺さんはやっぱり強かったんだと確信している。実際ここにいる人々よりは強いが。
「ローラは休憩していてくれ」
もう怖くないのと、ローラに危険が迫らないようにと言う考えからか、藍円寺さんはそういうと、みんながいる控室からステージの裏へと向かった。ここは廃ホテルの宴会場だ。僕と火朽さんは、気配を殺して古びたエレベーターのそばから彼らを見ている。
「おう。藍円寺、無理はするなよ?」
「ただ読むだけだからな。無理なんかしない」
藍円寺さんが憮然としたような顔で答えたが、内心はローラが自分を気遣ってくれたとして嬉しくて死にそうになっている。すごいなぁ。そんなにローラが好きなんだ。
こうして藍円寺さんのお経が始まって、少ししてから、心霊協会の人が、缶コーヒーを飲んでいるローラに声をかけた。
「あの、絢樫さん」
「ん?」
「よろしければ上の階もお願いできませんか?」
その言葉に、ローラは猫のような目をすっと細めた。
「断る」
「そこをなんとか」
「依頼は一階で経文を読めと言う内容だったぞ?」
「それは、そうですが、さっき、ささっとやってくれたみたいに……」
「あれは藍円寺がお経を読む前の準備を俺がしたんだ。俺は、バイトだからな。アシスタントだ。そもそも藍円寺が俺にバイトの内容として除霊と言わない限り、俺は基本的には何もしない」
「困ってるんです、お願いです!」
「嫌だね」
それを聞くと、一人が不思議そうに首を傾げた。
「独立はしないんですが?」
「しねぇよ」
「貴方のように強い方が、どうしてまた享夜くんと一緒に?」
「……名前で呼んでる、だと……? お前、誰」
「た、た、ただの高校の同級生でっす!」
ローラの気配に、人間が噛んだ。
すると最初に話しかけた一人が、慌てたように前に出た。
「それはともかく、お願いしますよ、除霊」
「嫌だ」
「藍円寺さんに頼まれたらやるんですか?」
「まぁな。だが、お前らは藍円寺じゃぁない」
「……経文が終わるのを待つかぁ」
「お前らさ、なんで最初から二階の依頼もしなかったんだ? まさか俺の藍円寺に、無賃労働を強いようとしたんじゃないだろうな? ただでさえ働きすぎなのに!」
ローラ、「俺の」って言ってしまっている。結果周囲は生暖かい眼差しになった。何と無く誰も何も聞かないと言う空気が漂っているらしい。聞かれたらローラは忘却させる暗示の用意がきちんとあるようだが、今の所それを使っていないようだ。
「いつも藍円寺さんはサービス……といいますか、お経だけでは不安な時や、ほかの場所も気になる時、丁寧に聞いてくださるもので、ついつい、相談が増えてしまいまして」
それから少しして、藍円寺さんのお経が終わった。そして……心霊協会の人が頼みこんだ。
「そうか、それは心配だな」
藍円寺さんは、じっくりと訴えを聞き、真剣な顔で頷いた。それからローラを見た。
「ローラ、上を見てくる。除霊の必要があるかもしれない」
だから危ないし、ローラはまっていてくれと、藍円寺さんは言おうとしていた。どう考えても危ないのは藍円寺さんの方だし、上にいるのは藍円寺さんにも見えるだろう強い地縛霊だ。
「わかった。藍円寺の頼みだからな。いくらでも除霊する」
ローラが笑顔になった。そして……目をスッと細めて唇で弧を描くと、苛立つように缶をゴミ箱に放り投げた。瞬間、ホテル全体が浄化された。
「よし、これで仕事は終わりだ」
「え」
藍円寺さんが目を見開いている。すると、心霊協会の人が呟いた。
「本当に……」
享夜くんの頼みならやるんだな、と言いかけた彼は、名前呼びして怒られるのを回避するため、そこで声を飲み込んだ。
「いやぁ、さすがは藍円寺さん!」
そしてもう一人の人が、パンパンと手を叩き、藍円寺さんに分厚い封筒を渡した。これにてバイトは終わりらしい。
僕と火朽さんは、ローラはともかく他の人々にバレる前にその場を後にした。
「どうでした? ローラは、人間相手にもすごいでしょう?」
「うーん、ローラはすごいですね」
「僕はもう少しまっとうです」
僕は笑顔で頷いたが火朽さんの言葉は、信じず保留としておいた。
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