困窮フィーバー

猫宮乾

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chapter:裏 …………ローラの苦悩…………

【11】法具の効果

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「ん?」

 次に、今度は声を出して、僕は驚いてしまったのは、十五分後くらいの事だった。

 急に、経文の思考が消えたのである。

 マッサージに行ってなお、エロ吸血行為をされているだろうにも関わらず、藍円寺さんの強いお教への思考がこれまで見えていたのが、テレビを消すようにプツンと消えた。何があったのかと思って、透視してみる。変化はといえば、ローラが袈裟を取り去り、藍円寺さんを脱がせた事くらいだった。

 だが、その結果――今度は、経文の合間に時たま見えていた仏像の記憶映像一色になった。藍円寺さんの思考として、ドーンと仏像のみが見える。吹いた。

 ローラを真っ赤な顔でうっとりしながら見ている藍円寺さん――頭の中は仏像オンリー。
 ありえない。なんだこれ。
 いくらなんでもこれはおかしい。

 吹き出しながら、僕はローラが念珠を取ったのを見た。ローラは頭の中で、念珠で縛りプレイをしたいと考えていると伝わってきたが、僕にはどうでも良い。

「あ」

 その念珠が外れた瞬間、仏像の思考がプツンと途切れた。
 ――なるほど。僕は納得した。

 洋の東西に限らず、心を読まれると”魔”に付け入られるという思想があるから、多くの霊能力者といった人間の持ち物の中には、心を読ませない――というよりは、事前に何かを記憶させて、さもそれを頭の中で考えているように見せる品が存在すると思い出したのだ。

 いつも藍円寺さんはダダ漏れだったから忘れていたが、僧服の効果と藍円寺さんの能力は同一ではない。しかしまさか藍円寺さんも、自動お経再生装置的な袈裟や、自動仏像放送装置的な念珠を自分が身につけているとは思っていないだろうな。

 先程まで俺様だったその眼差しは、既にローラを見て、潤んでキラキラしている。この顔を見たら、誰にだって藍円寺さんの気持ちは、すぐに分かるだろう。

「ぁ」

 藍円寺さんが、ローラに陰茎を握りこまれた時、小さく震える声を上げた。相変わらず、色っぽい。特に僧服姿だと、うなじや鎖骨をなぞりたくなるような清らかさがあるし、それを脱がされてしまった今などは、いつも以上に無防備に見える。それまでなかった隙が一気に出来たように見える。まぁ、実際には、藍円寺さんは、隙だらけなんだけどね。

 いつもなら、快楽を感じ始めると、藍円寺さんは、涙をこぼしながら、小動物のように震え、暗示が効いてしまえば、普段の外見が嘘――というより、多分藍円寺さんなりのプライドのような何かが消えさるため、うっとりと喘ぎ始める。普段は緊張感が強いのかもしれない。
 しかし――今日の藍円寺さんは、なんだか声が小さいし、震えているのだが、食べられている小動物というよりは、今まさに目の前に捕食者が現れて、遭遇してど緊張中の草食動物かなにかに見える。いつもの震えは快楽からだが、明らかに今日の様子は緊張している風だ。

 一体何を考えているんだろう?
 そう思って、改めて思考を見ようとして、僕は目を瞠った。
 いつもならば『ローラ愛してる』だのしか見えないのだが……ん?

 何故なのか、翡翠色の水面が広がっている。何の感情も見えない。
 ……まだ、何かを身につけているらしい。
 いつもとは違う持ち物を透視しながら探していくと、藍円寺さんの手首に数珠が見えた。
 水面と同じ色彩だ。

「心を読むのが専門の僕で、こう見えるんだからなぁ……」

 多分、他の妖怪には、見えないだろう。それに同じ室内に袈裟だのがある段階で、よくて仏像が混じり込む所まで読み取るのが精一杯だと思う。着用していなくても、僕でなければ一定の空間にあったら、お教発動装置は正しく作動するだろう。

 とはいえ――僕は、覚であり、しかも藍円寺さんの”思考のピント”をよく知っている。

 各個人の意識には、周波数のようなものがあるから、それを合わせてしまえば、上にいくら重ねようとも、僕には無意味だ。僕は長めに瞬きをした。目を開けると、シュンっと音がして、藍円寺さんの思考が、いつも通り見えるようになった。

 ――夢じゃなかった!

 と、藍円寺さんは大歓喜しつつ、精神的な幸福感に満ち溢れていて、実に幸せそうだった。肉体的にも快楽に飲まれかけていたが、そちらは緊張感が本日は残っているようで、まだいつもよりは理性が残っている。

 うん。これ……ローラの暗示が、効いていない。

 さっき見ていた限り、肉体への作用はそのままだから、完全に無効化されているわけではなさそうだけど、藍円寺さんの中では、今まさに、愛する相手との初体験が行われようとしている。

 藍円寺さんは、童貞脱出の瀬戸際にいた。だからド緊張しているようだ。その合間に、まるでトト○のワンシーンのように、夢じゃなかったと大喜びしながらローラを大好きだとずっと考えているのが伝わって来る。
「なんだか今日は、暗示の効きが悪いな。服を見ても仕事帰りっぽいし、珍しく珈琲なんか飲んでいたしな。疲れてんのか? 人間って、疲れてると、効きが悪いんだよな」

 ローラの声が透視中に聞き取れたので、僕は嘆息した。
 気づいていないらしい。

 だから、藍円寺さんが胸中で考えているような、「恋心がバレたら恥ずかしくて死ねる」なんていう事態は来ないだろう。効きが悪いのではなく、恥ずかしがり屋の藍円寺さんが、必死に声をこらえているだけだ。

 だけど藍円寺さんが、暗示無しにこうして抱かれにきて、自分の事を好きだと知ったら、ローラ……喜ぶだろうなぁ。心配そうに藍円寺さんの頬に手を添えているローラが視えている。どこからどう見ても、食料扱いじゃない。

 ここの所、ローラは、藍円寺さんへの暗示をそれとなく、緩める日がある。意識して欲しいからだと思うし、自分の事を忘れて欲しくないというのが本音なのだろう。だが、仮にそうして吸血鬼バレしたらまずいというのもあって、そうなって怖がりの藍円寺さんが来てくれなくなってしまう事も嫌らしい。ローラはローラで複雑そう――というか、彼もまた、恋愛で頭の中がいっぱいみたいだ。

 だが、それが理由で、現在の藍円寺さんに暗示が効いていないわけじゃないのが僕には分かる。


 ――はっきり言って、吸血鬼バレしているようにすら思える。
 何せ、藍円寺さんは、「いかにして美味しいトマトになるか」を考えている……。

 ローラは、藍円寺さんを食料だとは思っていないが、藍円寺さんは自分が食料だと確信し、その上で、それでも良いからと会いに来たらしい。愛だな……。

 僕は透視を打ち切り、自分用のオレンジジュースを用意しながら考えた。

 あの怖がりの藍円寺さんが、吸血鬼だと気づき自分が食料だと感じながらも……それ以上にローラを好きすぎて大変らしいというのが、何とも言えない。

 僕から見ると、完全に二人は相思相愛なのだが、現在両片想い状態で、ちょっと、なんというか――悪いが、面白い。

 それから本番の最中は、悪いので僕は彼らを視るのを止めた。
 そしてオレンジジュースを飲みながら考える。

 藍円寺さんは、言うのだろうか?

 暗示が解けている事や、ローラの正体に気づいている事――何より、ローラが好きだという気持ちを。

 そう考えていると、マッサージが終わったようで、ローラが暗示を解く気配がした。
 今日は最初から思考にはかかっていなかったわけだから、肉体的なものだ。
 藍円寺さんにまとわりついている微弱な妖魔を追い払うという作業も含まれている。

 しかし何も言わずに、藍円寺さんは帰っていった。


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