困窮フィーバー

猫宮乾

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chapter:裏 …………よくある妖怪カフェ奇譚…………

【5】ただの食事だと思っていたら……

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 その日の食卓において、非常にローラは上機嫌であった。
 そりゃそうだろう。人間の食事をしている現在ではあるが――その直前に思う存分、藍円寺さんを貪ったのだから。ニヤニヤしっぱなしのローラを見ながら、僕はグラタンを口に運ぶ。それから、一転してこちらは珍しく憂鬱そうな顔をしている火朽さんを見た。いつも穏やかに笑っている彼にしては、とても珍しい。遠い目をしている。

「火朽さん?」
「おかわりですか?」
「あ、いえ。あの、なんか暗いですけど、何かありました?」

 僕はちなみに、頑張れば、やろうと思えば火朽さんの心は読める。しかし、だ。こういう表情の時、口で聞いて、口で話を聞く方が、以外と他者はスッキリするようだと僕は経験上知っているので、聞いてみるようにしている。プライバシーを詮索されたくなさそうな場合は、別だけど。

「……聞いて下さい。ほら、初日に、僕を無視ししてる人がいるって話をしたでしょう?」
「覚えてます」
「有難うございます。その人がですね……今も僕を無視してまして」
「辛いですね……」
「いや、別に。頭にきますしイラっとはしますが、無視如きで傷つくような繊細な心を、残念ながら僕は身につけていないので、そこは良いんです。ただ、ちょっと問題がありまして……」
「問題?」
「ええ。見かねた夏瑪先生が、僕と彼を同じ班として、共同発表を企画して……下さったのは、分かるんです。有難い配慮ですが、余計なお世話で――というのは兎も角、それで、今日の午後に打ち合わせをする事になっていたんです。僕は時間通りに行き、彼も時間通りに来たんですが……僕が話しかけても全部無視で、一度も視線も合わず……その後、二時間経過した時、彼がおもむろに立ち上がり、夏瑪先生の教授室へと行き、そして一言。『すっぽかされました。僕、帰って良いでしょうか?』と……言ったらしいんです。部屋にそのままいた僕に、直後、夏瑪先生から連絡があって、発覚しました。僕が教授室に着いた時には、既に彼は帰路についていましたよ」
「へ?」
「僕にはもう、彼の気持ちがまるで分かりません」

 どんよりとしている火朽さんは、それから溜息を吐いた。

「いくら僕でも、学業に支障が出るのは、ちょっと……そろそろ許容できないと言いますか」
「火朽さん……火朽さんは、悪くないです」
「ええ。僕の悪い部分は、我ながらゼロです。今悩んでいるのは、どのようにして、八つ裂きにしてやりたいこの心境を抑え、人間の法律的な意味合いで合法の範囲内で復讐してやるかというドロドロとした内心の收め方です」
「ファ、ファイトです……!」

 僕は引きつった笑みを隠すように顔を背け、とりあえずエールを送った。
 火朽さんは、相当鬱憤が溜まっているようである。
 僕が傾聴しても、あんまり意味は無さそうだ……!



 なお、その数日後、ローラの機嫌の良さは、最高潮に達した。
 理由は、一つだ。
 ついに、藍円寺さんを食べたのである(性的な意味で)……。

 さすがに、性行為時は、僕にも配慮というものがあるので、そっと席を外した。
 外に出て、窓を無駄に拭きながら、CLOSEの看板を出した事を何度も確認してしまった。二人が今頃繋がっているのかと考え、最近自分はご無沙汰だなと改めて思った。

 僕だって、肉欲は、ある。妖怪といえど、僕の体の作りは、さして人間と差異が無い。出したくなる事もあるし、自慰の回数も、多分一般的な人間と比較して少ない方ではない。どちらかというと、僕は自分的には、性欲が旺盛だと考えている。

 しかし……相手がいないのだ。
 藍円寺さんに、この一点でのみ、僕は非常に共感を覚える。
 ローラに突っ込まれたいとかは、一回も思った事は無いが。

 できれば可愛く綺麗で優しい女の子に、突っ込みたいのである。
 僕は別に処女性にこだわりがあるユニコーンといった妖怪では無い。


 そんな事を考えていた夜から――……一ヶ月程経った現在。
 一転して、ローラの機嫌が最悪になった。
 ヤった後も二回、藍円寺さんは来店したのだが、その後、ピタっと来なくなったのだ。来た頻度で言うと、ヤった日の翌々日と、次週に一回来て、以降それっきりである。もう、三週間来ていない。初回の次から一週間に最低一回、実際には週に何度か来ていた藍円寺さんが、来なくなってしまったのだ。

 食欲旺盛なローラに限らず、これには店番である僕も気になってしまう。
 何かあったのかな?
 そう思って、お客様の心を読む作業をしてみるが、特に藍円寺さんの変わった情報は出てこない。藍円寺さんは、沢山の人に知られているが、そう親しい人が多い様子でも無い。

「……あー、やる気が出ない」

 イライライライラしているローラは、長く端整な指先で、タンタンタンタンとテーブルを叩きながら、貧乏ゆすりをしている。紐付きの革靴が、先程から爪先で床を蹴りつけている。見かねて、僕は言った。

「藍円寺さん、どうしたんだろうね?」
「知らん。知るか。興味無ぇよ」

 ローラは表情を変えなかった。
 しかし――この反応を見て、僕はちょっと驚いた。
 実は、僕が知る限り、ローラは俗に言うツンデレなのである。

 本当に興味が無かったら『会えなくて寂しい』とか言い出すタイプだ。
 だが、こと本気で気になっている場合、何故なのかローラは、冷たい対応になる。
 そのため――彼は、長いこと、特定の恋人が出来ていないのである。

 決して下半身が緩くて、浮気性で、長続きしないわけではないのだ。
 食事の事情として、確かに体を重ねる人数は多い彼だが、特定の相手ができると、ぴたりとその人以外との行為は止まる。そこで僕は気づいた。考えてみると、ローラは、藍円寺さん以外のお客様に、手を出していない。あ。

「……」

 僕は言葉を探した。ローラが、藍円寺さんを無意識にしろ気になっていると、たった今気がついたからだ。全然想定していなかった。僕の中で、ただの食事だと思っていたら、いつの間にか、ローラの中では、LOVEが進行していたのだ。


 さて。
 この日の食卓においては、逆に火朽さんが、尋常ではなく上機嫌だった。

「何かあったんですか?」
「ええ。例の無視の件ですが、解決しまして――呆気ないものでした」

 満面の笑みを見て、僕は、彼が何をしたのか怖くなった。
 瞬間的に青褪めた僕に気づいて、火朽さんが首を振る。

「何もしていませんよ。無視されていた理由が分かったんです。そもそも無視というのが正確だったのかも分かりませんが。今では、円滑にコミュニケーションが取れていて、僕は満足しています」

 良かったですねと頷きつつ、僕は、その人物もまたツンデレなのだろうかと思案した。
 けど、世の中には、そんなにツンデレ人口が多いものなのだろうか?
 僕には、あんまりよく分からない。どちらかといえば、僕は素直だ。

 そんな風に考えながら、僕は手を合わせて、食事を終えた。


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