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【6】「いやぁ、さすはオルガ様! 優秀!」
しおりを挟む翌朝俺は、侍従に揺り起こされた。朝の光の中で目を開けると、美味しそうな朝食が運ばれてきていて、クローゼットの扉は開かれ――本日の俺の衣装が入っていた。
「自分で着られます」
「ですが、オルガ様」
「ちょ、その呼び方、嫌なんですが」
まだ寝ぼけていたため、俺は外面を忘れた。それからハッとして息を呑んだ。そうして改めて、侍従を見た。この人物は、昨日からずっと、俺の部屋にいて、俺の世話をしてくれているのだ。
「あの……おはようございます」
「おはようございます、オルガ様」
「お名前は何と仰るんですか?」
「僕ですか? ワークワーク伯爵家の三男で、レストと申します」
「伯爵家!? も、申し訳ありませんでした……」
貴族に逆らってはならないのだ。俺は一気に覚醒しながら、シャツを着た。するとそんな俺にリボンを手渡しながら、レストさんがクスクスと笑う。俺と同じくらいの年に見える。
「オルガ様は、お妃様――候補といえど、一年後には御成婚なさるのですし、頭を上げてください」
「多分、その内、婚約破棄すると思います」
「ううーん、オルガ様の本意でないとしても……陛下がご結婚なさらない事は後宮や宰相府の頭痛の種で、外交的にも国内の行事的にも、書類の面でも厳しいものがあったので、陛下が絶対に嫌だとでも言い出さない限り、僕も含めて全力で外堀は埋めさせて頂きます! むしろ、陛下も断るのが不可能になるくらい、頑張ります!」
「……」
「僕の職務は、オルガ様の補佐及び、つつがなく挙式までことを運ぶ事なんです」
垂れ目のレストさんは、穏やかに言ったが、その瞳に有無を言わせぬ色を見て、俺は複雑な気持ちになった。その後口にした朝食は、非常に美味だった。
こうして食後――俺は、レスト(呼び捨てにするようにと言われた)に連れられて、後宮の第四塔へと向かった。緊張しながらノックをし、静かに扉を開ける。すると返事があったので、扉を開けた。
「……――!?」
そして俺は目を見開いた。膨大な量の書類の山が、今にも雪崩を起こしそうになっていたからである。なんだこれは。俺のいた部署ではありえない。こうなる前に、俺が片付けていたからだ。目の前をひらりと舞った羊皮紙を手に取る。
「……右の迎賓館の前の花壇に植えるお花の費用のまとめ……?」
俺はタイトルを口にした。その後、花の名前や種の名前を見てから、一番下の合計金額を見て、思わず叫んだ。
「白詰草が350万デクスって何!?」
デクスというのは、このフローララルリス王国の通貨である。
「白詰草なんて、その辺に生えてるだろうが!」
俺の声に、皆がぴたりと動きを止めた。そして、焦るように俺を見た。
「そうなのですか? 王妃様」
この国は、比較的大雑把なため、正妃・側妃・お妃候補は全て、『王妃』と文官は呼称する。だからおそらく、視線的にも、今の文脈で言う『王妃』は俺なのだろう……と、考えてレストをチラっと見ると、頷かれたので、俺は改めて室内を見た。
「そうなんです! だから、350万なんていう、一般庶民の年収みたいな額はありえません! しかも、一本に!」
「ここにいる者は皆貴族で、知識としてしか金銭感覚がなく、雑草についての知識は特に欠如しているんです。あ、私はルカス陛下妃補佐官室筆頭補佐官のデイルと申します。よろしくお願いします、オルガ様。改めまして、レスト様」
俺はおずおずと頭を下げた後――レストを見た。敬称を疑問に思ったのだ。どう見てもレストの方が若いし、役職はデイルさんの方が上だ。やはり伯爵家の人だから『様』なのだろうか?
「いやぁ、さすはオルガ様! 優秀!」
しかし目が合った結果、レストにはそう言われただけだった。馬鹿にされている気持ちになった。こんなの、子供だって分かる……ああ、平民の場合は、か。
「え? 貴族だって、文官府の人は知ってた気がし……」
「いえいえいえ、オルガ様の着眼点が違うんですよ!」
「レスト、それ本気で言ってる?」
「二割くらい」
「おい!」
思わず俺がムッとすると、レストがクスクスと笑った。この笑い方は、彼のクセなのかもしれない。その後俺は、正妃用の執務机に案内された。そして――そこから地獄の書類仕事が始まった。が、先週までの日々を思えば、どうという事もない。
仕事に貴賎はないわけではあるが、あちらは統計が必要だった。しかしこちらの仕事に必要なのは、一般常識だったのだ。その他は、共通の事柄――ハンコをひたすら押すという作業である。確認してはハンコを押し、確認しては羽ペンでサインをし……だが、その内容は、『南館の二階の窓から見える花壇に植える花の値段(向日葵)』だとか『東の宰相府別館の四階の図書館に入れる新しい書籍の精査(絵本)』といったものだったのだ。全てに驚くような高額が記載されていたので、俺は常識的な値段に修正し、修正印をひたすら押した。周囲はそんな俺を感動したように見ていた。
「ふぅ」
こうして、部屋中の書類を、昼食も忘れて片付けていたら、既に夜になっていた。
完璧に、部屋の書類が消えた。やりきった感がある。
満足して俺が笑顔を浮かべた時、レストがまたクスクスと笑った。
「確かに、これが適正価格じゃ、すぐに裏金だとバレてしまいますね」
「――え?」
「今度からはもっと上手くやれますね」
レストがそう言うと、感涙したような顔でデイルさんが頷いた。
「諜報部の方にそう言って頂けると、自信がつきます」
そこで、俺はやっと気がついた。レストはただの侍従ではなく、諜報官だったらしい……なるほどな。元を正せば、俺が間諜の予算を潰してしまったから……侍従という形で、監視がついていたのだろう……。
なんてこった。俺の境遇、結構シリアス!
そんな事を考えていると、この日の仕事が終わった。席を立ち、扉から出ると――近衛騎士団の人が伝言を持ってきた。
「ルカス陛下が、夕食を共にとお望みです。お連れ致します」
「え」
こうして――俺は、第三塔の自室ではなく、後宮一階のダイニングへと向かう事になったのだった。
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