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―― 本編 ――
【十四】草の精霊の記念日
しおりを挟む「今日は草の精霊の記念日だなぁ」
後宮の自室で、私はポツリと呟いた。
するとクレソンが紅茶を置きながら、私を見た。
「そうですね!」
草の精霊の記念日は、愛する相手に女性がお菓子を贈るイベントだ。
「手作りのお菓子が好まれるんだったよね?」
「そうですね。男はみんなそわそわしちゃうイベントです」
草の精霊は甘いお菓子が大好きだったらしい。
特にハーブ入りのお菓子を好んだというおとぎ話がある。
「私もフェンネル様にお菓子を贈りたいなぁ」
「きっと喜ぶと思いますよ!」
「フェンネル様って、意外とお菓子も好きみたいだよね」
「分かります。休息時間に、クッキーを食べているのをよく見ましたよ」
「クッキーは良いね。クッキーを作ってみようかな。ハーブを入れて」
「そうと決まったら、厨房に連絡を取らないとなりませんね。味見役は任せて下さいね!」
「お願い」
私が笑顔で頼むと、クレソンが大きく頷いた。
そして部屋を出て行った。
「フェンネル様、喜んでくれるといいなぁ」
これまで、私は恋人同士の行事に注意を払う事はあまりなかった。
だけどフェンネル様と出会ってからは、それが変わった。
そんな些細な変化が、とても嬉しい。
「フェンネル様と出会えて、私は少しずつ変わったみたい」
毎日が充実している。
そんな事を考えていると、クレソンが戻ってきた。
「厨房、借りられるそうです」
「有難う、クレソン」
「今から作れば、お茶の時間にも丁度良いですね。今日はフェンネル様も、お茶の時間にいらっしゃると話していたし」
「そうだね。それまでには完成するはず!」
私はあまり料理をした経験が無いけれど、簡単なお菓子の作り方は幼少時に実母に教わった記憶がある。私の母は、時折私に、甘いお菓子を振る舞ってくれた。
私もいつか子供が生まれたら、作ってあげたい。
「それでは参りましょう!」
こうして、私はクレソンに先導されて部屋を出た。
後宮の厨房に到着すると、料理人達や毒味係の人が挨拶をしてくれた。
「今日は宜しくお願いします」
「マリーローズ様にお会い出来て光栄です」
「いつも美味しいお料理を、本当に有難うございます」
本心から私はそう述べた。
既に台の上には、クッキーの材料が並んでいる。
「もったいないお言葉です。本日は微力ながらお手伝いをさせて頂きますね」
力強い味方を得て、私はクッキー作りを開始した。
手順やレシピの説明を口頭で受けながら、私は気合いを入れた。
「ハーブはいかがされます?」
「このハーブが良いかなと思って。小さい頃、母が作ってくれたものと同じなんです」
「それは素敵ですね」
それからまず、私は粉をふるう事にした。
丁寧に丁寧に、クッキー作りの準備をしていく。
真心を込めて、お菓子を作りたい。
そしてフェンネル様に喜んでもらいたい!
協力してくれるみんなの存在も、本当に温かくて嬉しい。
そのようにして、下準備を着実に進めていった。
「甘さはどうなさいますか?」
「そうですね……甘さは控えめにしようと思います」
私もだんだんフェンネル様の好みが分かってきた。
フェンネル様は確かにお菓子が比較的好きみたいだけど、あんまりにも甘すぎるものには手を伸ばしていないのを知っている。
「畏まりました。では砂糖は、このくらいの量を――」
その後計測を手伝ってもらい、私はクッキー作りに励んだ。
「後は焼けるのを待つだけですね。本当に良い香りがする……」
クレソンが繰り返すと、周囲も声を上げた。
「味見は任せて下さいね!」
「僭越ながら私も」
「私も是非少し」
私達は談笑しながら、完成を待った。
話をしていると、時が経つのが早い。
「完成ですね!」
そのようにして、無事にクッキーが出来上がった。
「うん。美味しいです! これなら、フェンネル様も大喜びだと思いますよ!」
クレソンの言葉に、私は胸をなでおろす。
「本当?」
そうだと良いなと心から思う。
その後、クッキーを皿にのせた。
みんなのおかげで、素敵なハーブ入りのお菓子が完成した。
気になるのはフェンネル様の反応……。
甘さはこれで本当に大丈夫かなぁ……?
お茶の時間までは、もう少し。
クッキーを手に、クレソンと共に、私は後宮の自室へと戻った。
チラチラと時計を見てしまう。
「フェンネル様、喜んでくれますように」
私が祈る気持ちでそう呟いてから、数分後。
部屋の扉が開いた。
「マリーローズ、お茶を一緒に飲まない?」
「はい! お待ちしてました」
「待っていてくれたのか? 有難う――ん、良い香りがするね」
椅子に座ったフェンネル様は、それからテーブルを見た。
「美味しそうだな」
「草の精霊の記念日なので、その……フェンネル様に食べて欲しくて、作ってみたんです」
「マリーローズが作ったの? 嬉しいな」
そこにクレソンが紅茶を二つ運んできた。
「頑張っていらっしゃったんですよ」
「俺は幸せ者だね」
嬉しそうな顔をしたフェンネル様に、クレソンが頷いた。
それからクレソンが壁際に下がる。
「良かったら食べて下さい」
「勿論頂くよ」
ドキドキしながら私が見守っていると、フェンネル様がクッキーに手を伸ばした。
そして一枚手に取ると、食べ始めた。
「味はどうですか?」
「すごく美味しいよ」
「良かった」
甘さは、これであっていたみたい。
ほっとしてしまった。
私も食べる事に決めて、一枚手に取る。
きちんと味見はしたけれど、改めてこうして食べると美味しく感じる。
「マリーローズは料理が出来るんだね」
「小さい頃に母に教わった事があって」
「なるほどね」
「貴族らしくない、ですか?」
「まぁね。でも俺は好きだよ。そのままのマリーローズが、俺は好きだ」
「フェンネル様……」
「気遣いが出来て、飾らなくて、何より優しくて。君の傍に居ると、心が安まるよ」
「嬉しい」
「君が居てくれるだけで、俺は幸せだ」
柔和な目をしたフェンネル様は、それからもクッキーを沢山食べた。
気付くとすぐに、クッキーは無くなってしまった。
もっと作ったら良かったかな?
「来年も作りますね」
「楽しみにしてる」
「私もフェンネル様に食べてもらえるのが楽しみ」
喜んでもらえた事が、何より嬉しい。
私にも、出来る事が少し増えたみたい。
「来月の、雫の精霊の記念日には、俺も贈り物を用意するよ」
雫の精霊の記念日は、草の精霊の記念日の対となる行事だ。
男性が愛する女性に、贈り物をする日。
私は過去に、一度も贈り物を貰った事は無い。
「楽しみにしてますね。でも、あんまり気を遣わないで下さいね?」
「俺が贈りたいんだよ。マリーローズに喜んで欲しい」
私達は、お互いを喜ばせたいという、同じ気持ちを持っているらしい。
これが相思相愛という事なのかな?
なんだか照れくさい。
だけど、心が満ちあふれていて、本当に幸せ。
「フェンネル様と一緒に居られるだけで、本当に幸せなのに」
「もっともっと幸せにするよ」
人生で初めて出来た恋人、愛する相手。
出会えて、こうして過ごせる事が、奇跡みたい。
「私もフェンネル様を幸せに出来るように頑張ります。もっともっと、今以上に!」
「今以上に幸せに? 幸せすぎて怖いな」
「頑張ります!」
「俺も頑張るよ」
そんなやりとりをしながら、私達はお茶を楽しんだ。
「今夜は会食の予定が入っているから、そろそろ王宮に戻るよ。本当に有難う、マリーローズ」
「ご公務、頑張って下さいね」
私は帰っていくフェンネル様を笑顔で見送った。
すると扉が閉まってから、クレソンが微笑した。
「良かったですね、喜んでくれて」
「ええ。本当に良かった。クレソン達が協力してくれたおかげ。本当に有難う」
「いえいえ。俺は主に味見しかしてませんよ」
新しい紅茶を淹れてくれたクレソンが、冗談めかして笑った。
「マリーローズ様の頑張りの結果です」
「そうかな?」
温かい気持ちになりながら、私は両頬を持ち上げた。
その後私は、夕食までの間、クレソンと話をしながら過ごした。
お菓子を食べたせいで、夕食はあまり食べられなかったのが申し訳なかった。
こうして充実した時間を過ごし、私は夜を迎えた。
身支度をして寝室に行き、ベッドに横になる。
「来月の記念日も楽しみだけど……もうすぐ結婚式かぁ……」
儀式は既に終えているけれど、国としての行事がじきにある。
それが済んでから、私は漸く本物の、フェンネル様の正妃となる。
「フェンネル様の隣に、しっかりと並んで立ちたい」
「私自身の行いや振る舞いでも、フェンネル様を幸せにしたい」
フェンネル様は私を愛してくれるけれど、最初に求められた『正妃としての顔』もきちんと私は覚えたい。
国民を安心させられるような笑顔を、いつも浮かべていたい。
「これからも、もっともっと、頑張らないと」
そう一人、再度決意をしてから、私は静かに瞼を閉じた。
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