不憫な侯爵令嬢は、王子様に溺愛される。

猫宮乾

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―― 本編 ――

【十二】年の瀬の夜会と新年

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 ――フェンネル様のお城から戻って一週間。
 もうすぐこの国は、年末年始を迎える。

「またお休み期間かぁ」

 とはいえ、王族の皆様がみんなおやすみなわけじゃない。
 フェンネル様もご公務があるみたいだ。

「新しい一年かぁ」

 フェンネル様と最初から過ごす初めての年。
 私には何が出来るんだろう?
 少しでもお力になりたい。

「今年も最後まで頑張ろう。確か今日は、今年最後の夜会もあるんだったかなぁ。フェンネル様と夜会……楽しみ」

 ぶつぶつと独り言を言いながら、私は寝室を出た。

「おはようございます!」
「クレソン、おはよう」
「年の瀬ですね」
「そうだね」
「今夜の夜会が一つの区切りですよね! 楽しんでください!」
「ありがとう。楽しんでくるね」

 それから私は紅茶の味を楽しんだ後、身支度をした。
 夜会の時間が待ち遠しい。

 そうして時間が流れ、夜会の時間が迫ってきた。

「準備は出来た?」

 訪れたフェンネル様を見て、私は微笑した。

「はい!」
「それじゃあ行こうか。楽しもうね」

 フェンネル様が私の手を握った。その温度に安心してしまう。

「楽しみですよ」

 こうして私達は、部屋を出る事にした。
 冬の風が、回廊にまで吹き込んでくる。
 でも、フェンネル様の手が温かいから、寒くは無い。

「今年ももう終わりだね」
「そうですね」
「君と出会えて良かった。君の傍に居られて、本当に幸せだよ」
「私こそです」
「今日のドレスもよく似合ってる」

 私はフェンネル様に手を引かれて、後宮の回廊を歩いた。
 階段を降りていき、外に出る頃には、既に月が昇っていた。

 それから王宮へと向かい、私とフェンネル様は夜会の会場に入った。
 既に多くの人が来ている。

「緊張している?」

 その時、フェンネル様の手に力がこもった。
 正直、私は夜会に全く慣れていない。

「はい……」
「俺がついているから」

 今はフェンネル様の手が心強く感じる。
 最初に触れた時とは、全く感じ方が違う。

「さぁ、今日は楽しもう。今年は、君と出会えて本当に良かった」
「私も同じ気持ちです」
「来年も傍に居る。そして君にも、俺の傍に居て欲しい」
「はい!」
「君は堂々と俺の隣に立っていたら良いんだよ」
「私、フェンネル様に相応しくなります」
「俺の方こそ、マリーローズの横に立つ者として、相応しい人間になるよ」

 そんなやりとりをしながら、私達は夜会の会場の中央へと進んだ。
 沢山の視線が飛んでくる。
 だけどフェンネル様が隣に居てくれるから、居心地の悪さは無い。

 一人ではないというのは、心強い。

「これはこれはフェンネル様、そしてマリーローズ様」
「本当にお似合いのお二人ですね」
「一枚絵のようです」

 その時、私達は声をかけられた。参加客達に取り囲まれた結果だ。

「照れるな」
「嬉しそうですね」
「今宵の夜会を楽しみにしていたので」

 その後、私とフェンネル様は、多くの参加客に囲まれた。
 皆に挨拶された。
 フェンネル様は終始笑顔で、その隣で私も言葉を返した。

「どうぞ皆様も楽しんで下さい。マリーローズも、ね?」
「は、はい!」

 そんなやりとりをしていると、会場に曲が流れ始めた。
 視線を向ければ、宮廷音楽家達が演奏を始めた所だった。

「さぁ、踊ろうか」

 こうしてダンスが始まった。
 フェンネル様に手を取られて、会場の中央に向かう。

 周囲には手を取り合った貴族の姿が多い。
 年代は様々だが、皆幸せそうだ。

 昔、家庭教師の先生に習ったものの、私はダンスの経験がほとんど無い。

「上手く踊れなかったらごめんなさい」
「君と踊れて楽しいよ。ただ、楽しんでくれたらそれで良いんだ」

 フェンネル様は優しい。
 曲の調べにあわせて、私達は踊り始めた。

 私の腰にフェンネル様の手が回る。
 フェンネル様は巧みに私をリードしてくれた。

 気がつくと、あっという間に一曲目が終わっていた。

「ダンスも上手じゃないか」
「本当?」
「うん。俺は君には嘘をつきたくない」

 視線を合わせて笑い合う。
 そのまま二曲目、三曲目と、私達はダンスを踊った。

 時間が流れるのが早い。
 四曲目が始まった所で、私とフェンネル様は少し休息する事にした。

「どうぞ」

 飲み物の入ったグラスを、フェンネル様が差し出してくれた。

「有難うございます」

 自然と私の頬が綻ぶ。
 よく冷えていて、喉が癒やされる。
 会場の熱気がすごい。

「少し、テラスで涼もうか」
「はい!」

 こうして私達は移動する事にした。

 テラスに出ると、月の光がよく見えた。

「マリーローズ。君と初めて言葉を交わしたのも、この場所だったね」
「そうですね。私が一人で立っていたら、フェンネル様がいらして」
「ずっと声をかけるタイミングを探していたんだ」
「自分の事を調査されているとは思ってなかったです」
「誰も姿を見た事の無い、精霊姫のような人物だと、噂にはなっていたんだ」
「そんな噂があったんですね」

 実際には色々あって軟禁されていたわけだけれど。

「誰も私には注目していないと思っていたのが本心です」

 侯爵家の名というのは、やはり相応の威光があるのかもしれない。

「――今の俺は、マリーローズの事しか見えないよ。勿論、この国や国民の事も大切だけどね」

 その時、フェンネル様が私を抱き寄せた。
 力強い腕が、私の腰に回る。
 フェンネル様は、私の顔をのぞき込んできた。

「好きだよ、マリーローズ」
「私もフェンネル様が好き」

 距離が近い。
 ダンスの時とはまた異なる距離感だ。

「会場の多くが、君に見惚れていたから少し嫉妬してしまったな」
「フェンネル様が贈ってくれたドレスが素敵だから」
「ドレスも本当に似合っているけど、君自身が魅力的なんだよ」
「フェンネル様こそ魅力的です!」
「マリーローズに魅力的だと感じてもらえるなら、嬉しいな」

 楽しそうなフェンネル様を見ながら、私は何度も頷いた。

「正直、最初に話した時には、こんな風に愛してしまうとは思っていなかった。自分が相思相愛の結婚をするとは、考えてもいなかったんだ」
「私も、想像もしていなくて。こんな風に恋をするとは、思っていませんでした」
「マリーローズのそばは居心地が良くて、ずっと隣にいたくなる」
「私も一緒に居たい」
「まるで運命だったみたいだよ、マリーローズとの出会いは」

 私も、フェンネル様が運命の相手だと感じている。

「俺は君を生涯大切にする」

 テラスを夜風が吹き抜けていく。
 フェンネル様に抱き寄せられたままで、私は真剣な声を聞いていた。
 こんなにも幸せで良いのかな。

「私はもう十分大切にしてもらっています」
「もっともっと大切にするよ」

 私もフェンネル様の優しさに応えたい。
 一体、私には何が出来るんだろう?
 少しずつ、出来る事を見つけていきたい。

「マリーローズ」

 フェンネル様の顔が近づいてくる。
 綺麗なフェンネル様の瞳を、私は吸い寄せられるように見ていた。
 それから自然と瞼を閉じる。

「っ……」

 唇に柔らかな感触がしたのは、その直後だった。
 初めてするキスに、思わず緊張して体が震えそうになる。

「好きだ」

 唇が離れた時、フェンネル様が囁くように言った。
 目を開けた私は、頬が熱くなっているのを自覚していた。

「私も好き」

 自然と気持ちを伝えると、再びフェンネル様の顔が近づいてくる。
 それから私達は、何度も何度も唇を重ねた。
 啄むようなキスを繰り返す。

 なんて私は幸せなんだろう。

「君の体温を感じていると、心が満たされる」
「私も……」
「君が欲しくてたまらない。俺は貪欲らしい。もっともっと、君が欲しい。全然足りない」
「嬉しいです」

 ああ……フェンネル様が好きでたまらない。
 なんて私は幸せなんだろう。

 その後私達は、夜会の会場内へと戻った。
 そして参加客達と歓談したり、時に踊ったりしながら、夜会を楽しんだ。

 気付いたら、夜会終了の時間が迫っていた。
 楽しすぎて、一瞬に思えた。

「楽しめた?」
「とても楽しかったです」

 夜会が終わると、フェンネル様が私の手を引いた。
 そろって会場を後にする。
 既に月も高い。

「俺も楽しかった。来年も一緒に夜会に来ようね。来年は式が終わっているんだな。君と出会ってからがあっという間すぎて、感慨深い」
「私も毎日が充実していて楽しいです」

 二人で話をしながら、後宮へと戻る。
 部屋に戻り、私はソファに座った。
 フェンネル様も腰を下ろす。

「もうすぐ新年だね」

 フェンネル様が時計を見た。
 つられて私も時刻を確認する。

 そのまま私達は、一緒に新しい年を迎えた。

「今年もよろしくね」
「こちらこそよろしくお願いします」

 今年は結婚式を始めとした行事が控えている。
 どんな年になるんだろう。
 ただどんな時も、私はフェンネル様のおそばにいたい。

「愛しているよ、マリーローズ。それじゃあ、俺はそろそろ戻る。おやすみ」
「おやすみなさい、フェンネル様」

 こうしてフェンネル様が帰っていった。
 残された私は、身支度を整えてから、寝室へと向かった。

 大きな寝台に横になりながら、天井を見上げる。

「夜会、楽しかったなぁ。キス……しちゃった」

 思い出したら頬が熱くなった。
 火照る顔に片手を当てながら、私は目を閉じる。

 きっと今夜の事を、私は一生忘れないだろう。



 ◆◇◆



 こうして新年を迎えた。
 結婚式前に、正妃となる女性には、特別な儀式があるそうだ。

「無事にこなせるかな」

 現在、私はその準備に追われている。
 過去の正妃様達も、皆が行った儀式らしい。

「王宮の礼拝堂で一晩過ごすのかぁ。一人きりなんだよね……きっと、大丈夫」

 私は気合いを入れた。
 そこへ、クレソンが紅茶を運んできた。

「どうぞ」
「有難う」

 儀式は今夜行われる。
 楽しみでもあり、緊張もする。

「新年早々から、中々お休みがありませんね」
「そうね」
「俺には応援しか出来ませんけど、頑張って下さいね」
「有難う――儀式の前には、ソレル様から説明があるんだよね?」
「本日の予定ではそうなっておりますね」
「頑張って話を聞く事にする」
「その意気です!」

 そんなやりとりをした後、私は図書館から借りてきた儀式についての本を読んだ。
 まだまだ王族文化の知識が、私には全然無い。

「少しずつでも覚えていかないとね」

 フェンネル様のおそばにいるのに相応しくなるためにも、頑張りたい。

「マリーローズ様なら大丈夫ですよ。頑張り屋さんじゃないですか! 俺、いつも見てますよ!」
「有難う。私、頑張れてるかな?」
「俺が保証します」

 クレソンに元気づけられて、私は嬉しくなってしまった。
 その後、書籍を読み終えてから、私は着替える事にした。

 クレソンが下がり、代わりに侍女が入ってくる。
 手伝ってもらい、私は儀式に備えて特別なドレスを身に纏った。



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