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―― 第一章 ――
【十四】ボンゴレと寝台
しおりを挟む昼食を終えた後、教室に戻って榛名は荷物をまとめた。午後は調律委員会の委員会室に顔を出すようにと、指輪を通じて連絡が入ったからだ。教室で政宗達と別れた榛名は、廊下に出て、相変わらず物理法則を無視した校舎の中を歩き、外へと出てから調律委員会の委員会室がある塔へと向かう橋を渡る。
そして中へと入り、木の札を何気なく見てから、榛名は室内へと入った。
「ああ、榛名委員長。初日はどうだった?」
すると資料の前に立っていた烏丸が顔を向けた。
「順調でした。特にこれと言ったこともなく」
「そうか。学食で食べたんだろう?」
「はい」
ボックス前にいた先輩達に会釈をしたことを思いだし、それで知っているのだろうかと榛名が考える。だが烏丸が続けた。
「政宗の本命が、榛名なのか明日葉なのか、現在の学園内は大騒ぎだぞ」
「――へ?」
「調律委員会の委員長自らが、学園内を混乱させるという未曾有の騒ぎだ」
「ま、待って下さい、なんだそれは」
「冗談だ。お前に非が無い事は分かっている」
烏丸はそう言って苦笑すると、資料を置いて榛名の前に立った。背の高い烏丸を、僅かに榛名が見上げる。
「ただし明日葉には気をつけるように。注意した方がいい」
「気をつける? 注意?」
「明日葉礼音が、政宗を好いているというのは、初等科から在籍している生徒ならば多くが知っている」
「でも小学校って……そんな、淡い初恋かなにかの話を引き摺られたら、明日葉も迷惑なんじゃ……?」
「だといいが。今のところ心当たりは無い様子だと言うことのみを理解した」
烏丸はそう言うと、珈琲サーバーの前に立った。精密機械の一種にも思えるのだが、この委員会室の中でそれは無事に作動している。
「……」
そういえば自己紹介の時に目が合った際、僅かに睨まれたようにも思ったなと榛名は考えたが、気のせいだったかも知れないと言うほどの一瞬であるし、実際になにかされたわけではないのでまだ噂の域を出ないと思うことにした。他者の言葉をそのまま鵜呑みにするほど幼くないと、榛名は自分に対して考えている。
「ほら」
烏丸はそう言うと、委員長席にコーヒーカップを置いた。促されたので執務机の前に座りつつ、榛名は斜め角にある席に座った烏丸を見る。
「ありがとうございます」
「礼は不要だ、構わない。俺が出したかっただけだ。なにせこれから片付けて貰う書類の量が膨大だからな」
「……はい」
こうしてその後は、烏丸に教わりつつ、榛名は膨大な量の書類の捌き方を教わった。署名や押印するものも多いが、目を通して却下とした場合や、要確認の場合の対応方法などは多岐を極め覚えるのに時間がかかる。
そうしているとあっという間に下校時刻も越え、十九時近くにやっと調律委員会の塔を出る事が出来た。薄暗い中を、烏丸が新月寮の入り口まで送ってくれたので、そこで別れて榛名はエレベーターに乗り込む。
「夜は学食はまだやっているのかもしれないが……疲れたな。冷蔵庫の中身を拝借するか。今度、俺自身も買っていれておくべきだな……」
そう呟いて部屋に戻りエントランスのドアを開けると、中から良い香りが漂ってきた。
鞄をリビングのソファに置きながら、榛名はキッチンへと顔を向ける。
するとフライパンの前にいた政宗が、榛名に顔を向けた。
「お前、料理できるんだな」
「どういう意味だ? あ?」
「いや……なんというか作らせそうなイメージは合っても、自分でやる印象が無かった」
「だからなんだよそれは。俺はなぁ、学食はぎゃーぎゃー煩く言われるから元々好かないんだよ。基本は自炊だ。だから冷蔵庫が食材で埋まってんだよ。お前が買ってないのに中身が入ってるのを不思議に思わなかったのか? ん?」
「それもそうだな。今夜は……わぁ」
ダイニングへと向かってから、榛名はキッチンスペースに移動し、フライパンの中身を覗きこむ。
「美味そうなボンゴレだな」
「だろ?」
「ああ。お前にこんな才能があったとは」
「――べ、別にお前のためではないし、余ったら捨てようと思っていて、少し多く作りすぎたから、食べさせてやってもいいぞ」
「そうか。俺に気を遣って……」
「だから違う!」
「ごちそうになりたい。食べたい!」
「素直なところは認めてやる。座ってろ」
榛名の声に唇の片端を持ち上げた政宗が、最初から用意されていた二つの皿に、ボンゴレを盛り付けた。冷蔵庫からオレンジジュースの瓶を取り出し、コップに注いで飲みながら、榛名は政宗をまた少し見直した。
「とすると今日の昼も俺に気を遣って学食にしてくれたのか?」
「別に」
「明日はどうするんだ?」
「俺は明日からは、サロンで食べる。弁当を持参する。榛名こそ学食を続けるのか? あ?」
先に先に着いた榛名の前に、政宗がボンゴレの皿を置いた。
そして対面する席につく。そちらには榛名が政宗の分も注いでおいたオレンジジュースがある。
「何も考えていなかった」
「選択肢としては、弁当・購買・学食だ」
「そうか、そうだなぁ……学食でも構わないと思っていたんだが、委員会の仕事をしながらだと昼飯時とはいえ長時間空けるのも悪い気がしてな。購買か……」
「購買なら、一時間目の終わり頃の時間帯に、少し他と時間をずらして買いに行くといいぞ。ただ……まぁ、俺はどうせ一人分も二人分もそこまで手間は変わらねぇから、お前の出方次第じゃ弁当を用意してやってもいい。当面の間だけは」
「出方? 助かるが、でも出方とは?」
「嫌いなものがあっても残すな。買い出しには付き合え」
「そのくらいお安い御用だ」
ニッと笑った政宗を見て、榛名も笑顔を返す。
それから手を合わせてからフォークを手に取り、パスタを口に運べば美味な味が広がった。
「お前料理が上手いんだな」
「中等部に入学してからこれでもそれなりに極めた。俺はこだわる主義なんだよ」
「ふぅん。俺は授業の家庭科で習ったような家庭料理しか作れないから尊敬する」
「もっと俺を敬え」
「敬うとまでは言ってない。でも美味い」
そんなやりとりをしながら、二人で夕食を取った。食後はなんとはなしに二人でリビングへと移動した。食器や鍋は、魔法で自動的に綺麗になるそうだった。それを知り榛名は魔法技術は科学よりも凄いのだなと変なところで感心した。
それぞれ交互に入浴を終えてからも、リビングのソファでだらだらとしながら、二人はそれぞれテレビのような品を見ていた。精密機器であるテレビとは異なる、魔法を知る者のみが閲覧可能な魔法道具のモニターに流れる、魔法技術を介した放送が映し出されている。
『それでは魔法庁の長官、響生長官へのインタビューです』
そう流れてきたので、榛名は視線を向けた。毎日二十二時付近には、ニュースが流れるようだと覚えたのも最近だ。
「そろそろ寝るか」
眠くなってきたので榛名が述べると、特に示し合わせたわけではないが、政宗がリモコンでスイッチを切った。こうして二人でほぼ同時に寝室へと向かう。そして正面を見て、榛名は首を傾げた。
「ベッドが一つしか無い」
「なっ」
すると政宗が呆気にとられたような声を上げた。
室内には何処からどう見ても巨大なダブルベッドが一つしかない。普段のサイズよりは巨大だ。
「こういう日はどうするんだ?」
毎日ベッドの形状は違うので、榛名は何気なく聞いた。すると唇を震わせて政宗が言う。
「そ、そりゃあ……二人で寝るしか……」
「そうか」
「……俺はリビングのソファでいい」
「何故? 別に良いだろ。男同士なんだし」
「おい……だ、だからこの魔法使いというのは、だな……」
「ん? でも別に、例えばの話だが、男同士がありだとしても、政宗が俺をありだというわけではないだろ?」
「なっ、そ、そりゃあそうだ! 俺はお前がありだなんて一言も言ってない!」
「じゃあ問題は無いだろ。明日から弁当を作ってくれるんだろ? 早く寝るぞ」
と、こうして榛名は政宗の腕を引いてベッドに入った。そして壁際により、壁の方を見て目を伏せた。するとすっと睡魔が襲ってきた。熟睡出来そうだと考える間もなく、すぐに眠りに落ちる。
「――い。おい」
「……っ」
「おい!」
翌朝。
榛名は耳元で聞こえる声と、目覚まし時計のベルの音で目を薄らと開けた。最初何処にいるのか分からなかったが、顔を上げるとすぐ近くに政宗の顔が合った。政宗は真っ赤である。それから少して、榛名は自分が政宗に腕枕される形で、さらに抱きついて眠っていたことに気がついた。
「……」
チラリと時計を見る。まだ朝の五時である。
「なぁ……あと一時間は寝ていても怒られないと思うんだが」
「弁当! って、そういう問題じゃない。お前、体勢を考えろ! 俺に襲われてぇのか!?」
「ん……眠い……」
「榛名!」
「……今日のお弁当のメニューは?」
「肉団子!」
「分かった起きる」
こうしてしぶしぶと腕を放して距離を取り、榛名は欠伸をしてから起き上がった。
「悪いな、いつの間に俺はお前に抱きついていたんだ?」
「さ、さぁな? 起こさないようにしてやっていた俺に感謝しろよ本当! とにかく無防備すぎる。気をつけろ!」
声を荒げた政宗を一瞥し、榛名は頷く。
「悪いな。以後気をつける。今夜はベッドが二つあると良いな」
「……はあ。先が思いやられる」
それから先にベッドを降りて政宗が寝室を出て行ったので、榛名は一人で寝直すことに決めた。
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