天涯孤独になった結果、魔法学園(全寮制男子校)に放り込まれた。

猫宮乾

文字の大きさ
上 下
8 / 14
―― 序章 ――

【八】薬味について

しおりを挟む

 二階席には、洋風のテーブルがいくつもあった。

「ここは座る人数で、テーブルの形が変化するんだ。メニューには世界各国の料理がある」
「そうですか」
「何を食べる?」
「おすすめは?」

 榛名が聞くと、メニューを開いた烏丸が、俯いた。

「俺はそばが好きだ」
「ではそれで」
「ああ」

 烏丸がメニューに触れると活字が光った。
 そして少しすると、テーブルの上に料理が出現した。
 またしても魔法らしい魔法だなと、榛名は眺める。ただ出現したのは、純和風のそばだ。

「ところで榛名」
「なんですか?」
「改めて言うが、調律委員会に入ってくれないか?」
「……たった今、政宗に釘を刺された事を考えると、正直……」
「まぁ無理強いをしても仕方が無いしな。考えておいてくれ、即答を求めるものではない。ところでこの薬味だが――」

 こうして昼食の時はそこからは普通に流れていった。
 その後は真っ直ぐに、榛名は寮の部屋へと戻った。すると政宗が待ち構えていた。

「おい」
「ん?」
「烏丸とはどんな話をした?」
「いや、そばの薬味のわさびが北海道産だという話が八割だったな」
「……それだけか?」
「ああ」

 頷いてから、榛名は着替えを購入するという目的を失念していたことに気がついた。

「政宗、お前はパジャマはどうしてる?」
「あ? なんだ急に。俺は上は着ないで、下は制服だ」
「悪い、参考にならなかった。こうTシャツやスウェットはこの学園内には売っていないのか?」
「雑貨店にある。無料だ」
「そうか。位置を聞いていいか? それだけ欲しい」
「――ちょっと待ってろ」

 政宗はそう言うと、寝室に入って、自分の側のクローゼットから、真新しいスウェットの上下を持ってきて、袋ごと榛名に投げた。

「やる。どうせ俺は着ない」
「ああ、助かる」
「そんな口実でこの俺が逃がしてやるはずがないだろ?」
「口実? いや、本当に欲しかっただけだが」

 榛名が首を傾げながらリビングのソファに座ると、対面する席に座り直して、政宗が足を組んだ。

「道真については? 何か聞かなかったのか?」
「ああ、特に。誰なんだ?」
「……、……なら、いい」
「言いたいことがあるなら、きちんと言ってくれ。ああ、喉が渇いたな」
「それは暗に俺に用意しろって言ってんじゃねぇだろうな?」
「ん? そんなつもりはなかったが、用意してくれるのか?」
「しねぇよ! お前が俺に用意しろ!」
「冷蔵庫のものを俺も使って良いのか?」
「好きにしろ、この、究極のマイペースが!!」

 政宗の声に、榛名は立ち上がる。そして冷蔵庫を開けて、アイスコーヒーのペットボトルを見つけた。それをグラスに注いで、一つを政宗、もう一つを自分の前に置き、改めて座る。

「政宗は烏丸先輩と仲が悪いのか?」
「そういう問題じゃない。いけ好かないとは思ってるが、それはお前も同じだ」
「じゃあ学食での一件はなんだったんだ? どうして先輩の紙に俺が名前を書くのはダメで、お前の紙に名前を書くのはよかったんだ?」

 榛名が問いかけると、政宗が忌々しいものを見るような顔をした。

「あれは……っ、その……学内で、寮分け後に一番最初に名前を書いた相手は、一般的に多くの場合、恋人候補という事になるんだ」
「は?」
「もしあそこでお前が烏丸に手紙を渡して、あいつが同意した形で二階席に行っていたら、端から見たら、お前は烏丸の恋人に限りなく近い人間として見られる事になっていた」
「待ってくれ。だとすると俺は今、お前の恋人候補なのか?」
「この俺が榛名ごときを選ぶわけがないだろ。そんなの火を見るより明らかだ」
「そうか。じゃあそういった誤解は生まれていないんだな」

 榛名がホッとしたように体から力を抜く。すると政宗が残念なものを見るような顔をした。

「俺との仲を誤解されて喜ぶなら分かるが、逆は初めてだ」
「そう言われてもな。しかし烏丸先輩はなんでまた俺にそんな紙を……」
「知るか。烏丸は……恋人がいるくせに何やってるのか、本当。お堅い前委員長様が聞いて呆れる。それとももうアイツとは別れた気でいるのか? あの野郎」

 嘆息した政宗を見て、榛名がアイスコーヒーを飲みながら考える。
 今、相談できそうな相手は、政宗しかいない。

「政宗。調律委員会に入らないかと勧誘されたんだ」
「っ、ぶ」

 すると政宗が、アイスコーヒーを吹き出しかけて咽せた。

「は? な!? なんて!?」
「実は、朝――」

 榛名が簡単にあらましを語ると、政宗がグラスを置いて、ティッシュで口元を拭いながら、信じられないという顔をした。

「魔法を使おうとしている相手に素手で突っ込んだお前がまず馬鹿だ。それは最早勇気じゃない、ただの無謀だ」
「……そ、それはその……魔法なんて見た事が無かったからな。人生で初めて見た」
「……まずそこが信じられねぇが……まぁなんだ? 無事でよかったな、その綺麗なお顔が。まぁ……確かにな。無効化の腕輪があれば、逆に言えば襲われそうになった場合には安全だ。お前のように何も知らない人間には、防衛装置としては適切かも知れない」
「つまり俺が調律委員会に入るのは、利点もあるのか」
「だが、それは俺と敵対するという意味だからな。俺を完全に敵に回すという意味だ」
「それはあまり怖くはない」

 榛名がさらりと述べると、政宗が頭痛を覚えたように、指でこめかみを解した。

「ただまぁ、なんとなく烏丸の考えも分かった。確かにお前が調律委員になった上、烏丸の恋人だという噂が広まれば、多くはお前に手出しできなくなる」
「悪い人ではないんだな」
「……かといって理由なしに、あいつがお前を守る必要は無ぇはずだ。なにか、お前を守る必要性があるんだろ。なにか他には言われなかったか?」
「だから心当たりは薬味の話だと言っているだろ」

 答えてから、榛名は小さく首を捻った。

「まぁいい。明日まで考えて、返事をする」
「おい、榛名。即答で断れ」
「そう言われてもな。寧ろ政宗の話を聞いて、俺にも利点が見つかった」
「逆効果だっただと? 止めてくれよ……お前、本当に俺を敵に回す恐ろしさが分かっていないんだな?」
「具体的に一切分からないからな」

 榛名が頷くと、政宗が立ち上がった。そして無理に榛名の隣に座る。

「手を出せ」
「ん?」
「早くしろ」
「?」

 言われた通りに榛名が右手を差し出すと、政宗がその手袋を奪った。そして持ち上げた榛名の右手の、親指の付け根をじっと見る。そして榛名の親指を自分の手で握った。

「人間には、いくつかの魔力供給ポイントがある」
「そうなのか?」
「ああ。一番量を多く取りやすいのが、首元だ。次が、背中や胸といった肌の接触。後ろから抱きしめるポーズでの供給が多い」
「へぇ。おい、なんだこの手は?」

 怪訝に思って榛名が問いかけるが、政宗は首を振るばかりだ。

「――三番目が、この親指だ。左右は問わない。指の付け根から、手を接触させると魔力を貰うこと、渡すこと、それが出来る。俺がいかに怖いかを教えてやるから、許可をよこせ」
「ん? どういう事だ?」
「供給をした事が無いから、そういうことが言えると確信した。俺に試しに供給してみろ。怖いか?」
「怖いような事柄なのか? ならば、怖いな」
「素直か。いいから、ものは試しと言うだろう」
「っ……そうだな。もし調律委員会に入らない場合、俺も誰かに供給することで、学食で食べるか――自炊となるんだろうしな。いいだろう。許可はどうすればいい?」
「その言葉で十分だ。これは同意だ」

 ニヤリと政宗が笑う。そして手にぐっと力を込めた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~

シキ
BL
全寮制学園モノBL。 倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。 倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……? 真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。 一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。 こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。 今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。 当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!

棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

乙女ゲームのサポートメガネキャラに転生しました

西楓
BL
乙女ゲームのサポートキャラとして転生した俺は、ヒロインと攻略対象を無事くっつけることが出来るだろうか。どうやらヒロインの様子が違うような。距離の近いヒロインに徐々に不信感を抱く攻略対象。何故か攻略対象が接近してきて… ほのほのです。 ※有難いことに別サイトでその後の話をご希望されました(嬉しい😆)ので追加いたしました。

婚約破棄をしようとしたら、パパになりました

ミクリ21
BL
婚約破棄をしようとしたら、パパになった話です。

BLゲームの脇役に転生した筈なのに

れい
BL
腐男子である牧野ひろはある日、コンビニに寄った際に不慮の事故で命を落としてしまう。 その朝、目を覚ますとなんと彼が生前ハマっていた学園物BLゲームの脇役に転生!? 脇役なのになんで攻略者達に口説かれてんの!? なんで主人公攻略対象者じゃなくて俺を攻略してこうとすんの!? 彼の運命や如何に。 脇役くんの総受け作品になっております。 地雷の方は回れ右、お願い致します(* . .)’’ 随時更新中。

処理中です...