クラウンズ・ゲート

猫宮乾

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―― 本編 ――

【005】幼なじみ兼親友(相手談)

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 そして現在は、引っ越しの最中である。

 これまでの母さんの部屋を、冬眞くんが使うことになった。二階に二部屋と物置、一階に生活スペースがある戸建てだ。

 要するに僕は引っ越さず、引っ越ししてきた冬眞くんを迎えた。母ではなく義弟とではあるが、僕からすれば、二人暮らし続行だ。二人暮らしに決まってしまったのである。

 既に旅立ってしまった母と義父は、もうここにはいない。

 僕は、自室を片付けている様子の冬眞くんには構わず、その他の食器類などの整理をしていた。母の言いつけで、僕は炊事を担当することになってしまった。今までも担当していたので、母から冬眞くんに相手が変わっただけだとはいえ、緊張度は格段に違ってくる。

 そろそろ、午後三時。

 昼食は、引っ越し蕎麦を食べた。母が出国前に出前を本日の昼付けで頼んでいたそうだ。
 朝は、冬眞くんが基本的に食べないそうなので、作る必要はないとの事。
 そのため、昼食時に冬眞くんを起こし、蕎麦を食べたのが、今日初めての顔合わせとなった。

 必死で気を遣い、聞かれてもいないのに、家の近所のコンビニの場所などを僕は語った。そして迷いやすいから最初は可能ならついて行くと言ったら、『ネットで事足りる』と一言。きっぱりと告げられた。以後の会話は、時折僕が、つけっぱなしのテレビに一言感想を挟む、と言う流れで終わった。僕が出前の器を玄関先において戻ると、既に冬眞くんは部屋の片付けをしに上の階に戻ったようで、それから時が経過し今に至る。

 お茶の時間だし、珈琲でも持っていこうか……。

 僕は逡巡しながら、迷って無意味に、携帯端末を手に取った。
 見るとギルドの青兎からメッセージがきていた。
 珍しいこともあるものだと思いながら読んでみる。


 ***

 送信者:青兎
 件名:初メッセージ
 本文:
 義理の弟とは上手くやれそう?

 ***


 この本文の内容に、僕は思わず眉を顰めた。
 ジッと何度もその文面を見返す。
 ――どうして知っているのだろう?
 僕は、自分のプライベートのことなど、学生だと言ったことがあるかどうかも曖昧なくらいしか披露した記憶がない。

 あれだろうか、これが俗に言う、情報屋の顔なのだろうか。
 よく分からなかったので、スルーすることに決めた。

 僕はギルドチャットでもスルーキャラだし、ギルドの携帯端末用のメッセージアプリのグループでもスルーキャラだから別にいいだろう。名指しされても返事せずを貫き、後日つっこまれて謝るところまでが僕だ。

 ただ、かといって現実世界で、兄弟についての相談を出来そうな親しい相手も殊更いないので、青兎にちょっとだけ愚痴りたくもなった。

 ――あ、一人いた。

 そこで僕は、数少ない友人の姿をやっと思い出した。
 必修のゼミが同じなので、週に一度は会っている。
 幼稚園から大学まで、見事に同じ進路を辿った幼なじみ兼親友……と、いうのは相手談だ。ゼミも同じである。

 僕は久方ぶりに、自発的に音声通話で、その相手を呼び出した。

『もしもし、どーした? 今日はゲームは?』

 その声の変わらなさにホッとする。

降大こうだい、今何やってるの?」
『んー、バイト』
「忙しいってことか……」

 友人である瀬居せい降大は、動画の編集のバイトをしているらしい。
 趣味と実益を兼ねた動画を投稿したところ、企業から声をかけられたのだそうだ。
 詳しいことは僕も知らない。

『いや、もう終わる。なんで?』
「あー……ちょっと、久しぶりに遊びにでも行きたいなぁ、とか」
『ん。じゃあ家いるから来いよ。それとも、どっか行くか?』
「家に行く」

 降大は、一人暮らしをしているので、部屋に行っても気が楽だ。
 彼の実家も近所にあるのだが、一人暮らしに憧れたそうで、大学二年の時から、降大は一人で暮らしている。高校時代に、一度降大は家族とともに、隣の市に引っ越したので、大学に入り、この街に戻ってきたいというのもあったようだ。

 なにせこの街は、大学に近い、と言うか大学のおかげで発展している学園都市である。
 駅前になんでもある、大体。

 さて、逃げ道を確保した僕は、意を決して、珈琲と、あとは好みが分からないので砂糖とミルクを持って、二階へと上がった。

 静かに元の母の部屋、現冬眞くんの部屋の扉をノックする。

「……」

 すると無言で扉が開いた。
 あんまりにも早く扉が開いたものだから、珈琲を零しそうになる。
 慌てて動揺を鎮め、努めて笑顔を作った。

「珈琲淹れたんだけど、よかったら……」
「……」

 僕が持ってきた盆を、冬眞くんが無言で受け取る。

「あ、夕食何時頃がいい?」
「……」
「僕今からちょっと外に出て買い物したりしてくるけど」
「……」

 無言で僕を見る冬眞くんから、顔を背けたくなった。
 なんともいえない威圧感及び、綺麗な顔に見つめられる気恥ずかしさ。
 ……一緒にいてすごく居心地が悪い。

 そこでふと、気まずいから外に出ると思われたくないがために買い物に行くと言ってしまった自分を呪った。着いてくると言われたら、詰む。

「……八時以降」

 そう言って、ちらりと接続用意をしているらしいVR機器へと冬眞くんが振り返った。

「わかった、じゃあ八時半頃にまた」

 僕はそう言って何度か頷き、踵を返す。
 よかった、意思疎通が図れた。
 そして着いてこないことに決まった。
 そもそも着いてくるタイプではないのかもしれない。
 ネットで買い物をすると言っていたし。
 うんうん、と、僕は一人頷き、自分を納得させる。

「おい」
「はい!?」

 唐突に呼び止められ、僕は硬直した。

「珈琲……有難う」


 ――冬眞くんは、もしかしたら案外いい人なのかも知れない。


 そんなことを考えつつ、僕は安堵しながら外出した。
 僕が緊張しすぎているだけなのかもしれない。
 なんて考えながら、見慣れた道を歩いていく。

 降大の家は、僕の家からスーパーを挟んで丁度均等くらいの距離にある。
 階下のエントランスで到着を告げ、ロックを開けてもらい、僕は迷うことなく降大の家がある階へと進んだ。そして再びインターホンをおす。

「よぉ」

 すると降大が、すぐに出てきた。
 染め上げた橙色の髪が、目元までを隠している。180cm代の高身長で、PC作業用の黒縁眼鏡をかけている。

 中へと上がり、僕は深々と溜息をつく。

「どうかしたのか?」

 降大が珈琲を淹れながら聞いてくれたので、僕は事の次第を話した。
 親の再婚や、義理の弟が出来ることは、ゼミの帰りに話題にしたことがあったのだが、一緒に住む――それも二人暮らしだと告げると、納得がいった顔で降大が頷いた。

「で、逃げてきたわけだ」

 僕の前にカップを置き、正面に降大が座る。

「逃げるなんて人聞きが悪いなぁ」
「で、買い物ついでに親友の家へとやってきたわけだ。これでいいか?」

 揶揄するように笑った降大に対し、肩を竦める。

「まぁ正直エスケープであってるよ」
「だろうな。俺でも逃げる」
「家事しなきゃならないから、顔を合わせないわけにもいかないんだけど……会話の糸口が見えない。まだ会って三日目だけどさ」
「俺の所に嫁に来るか? 同じ条件だぞ」
「ここに泊まりに来てるのがバレたら母さんが激怒すると思う。しかも嫁ってなにそれ、気持ち悪いなぁ」
「じゃあ俺が嫁に行ってやろうか?」
「部屋がないよ。それに僕の嫁は、二次元にいる!」
「ただ正直、一回見てみたいよな。お前がそれだけ顔を褒めるんだから、弟くんはかなりのイケメンなんだろ」
「うーん。それは、多分。僕の美的センスが世間と大幅にズレていない限りは」
「ズレていないとは言いきれないから、なんともなぁ」

 降大が腕を組む。

「ズレてるっていうよりかは、若葉は人の顔をじっくり見ないよな」
「え、そう? これでも人の目を見て話をするようにしてるんだけど」
「基本的にお前さ、必要に迫られた義理の弟とか、親しい俺とかを除いて、話自体しないだろう」
「確かに」
「つまり見てない。歩く時も地面を見てるし。その上、慣れてくると、それはそれで人の顔を見ない。今だって俺の顔を見てないだろ」

 言われてみると、そう言えば最近、はっきりとは降大の顔を見ていなかったことに気がついた。

「……うーん。降大って、そう言えばよく見ると……」

 誰かに似ている。
 さて、誰だっただろうか。

 そもそも長く鬱陶しい前髪のせいで、目元がよく見えないので、記憶の中から、髪を上げている顔を思い出すしかない。

「惚れ直したか?」
「ちょっと前髪上げて」
「嫌だね」
「ああ、そう」

 まぁいいかと思いながら、僕は珈琲を頂くことにした。

「それにしてもお前がゲームをしてないなんて珍しいな。最近はどんな感じなんだ?」
「今アップデート中でゲームが出来ないんだよ」
「なるほどな」
「どんな感じって、特に変わったこともないし」
「人間関係とか」
「特に新規でギルドに入る人もいないし、そもそも僕は別にギルドでも積極的に誰かと話したりもしないし」
「つまらないな」
「いや、楽しいよ? 狩りしたり、狩りしたり、狩りしたり」
「想像しただけで気が滅入る」

 降大はPC関係、ことネットには詳しいのに、ゲームをしている姿を見たことがない。いつも僕は新規にゲームを始める時に降大を誘うのだが、大抵三時間くらいで、『飽きた』と言って彼は止めてしまう。そもそも狩りがそれほど好きではないのかもしれない。

 そのようにして暫く雑談をしてから、僕はスーパーにより、帰宅した。

 今夜の夕食は、ハンバーグ。
 八時半丁度に、完璧に作り終え、僕は初の二人っきりの夕食に備えた。


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