クラウンズ・ゲート

猫宮乾

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―― 本編 ――

【004】僕の現実

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 僕はVR接続用のユーザーインターフェイスを外し、サイドテーブルに置いた。
 背もたれに体を預け、深呼吸をする。

 普段の僕は、二十一歳の大学四年生。

 就職活動が早く終わったため、大学三年生の十月からクローズドテストを始めた。その時のレベルは、一月末のテスト終了時に一度リセットされた。続いて二月十日から開始されたオープンβテストに参加し、四年次は卒論とゼミだけを残した状態で、クラウンズ・ゲートというゲームの正式配信である三月一日に臨んだ。

 今は九月。

 大型アップデートは、秋の連休直前に行われ、その期間に新規ユーザーの獲得を狙うらしい。前回の大型アップデートは、中高生の夏休み直前だった。

 僕の大学での専攻は、人工知能の感情モデル研究だ。
 文理学部という、文系と理系の中間学部に所属している。

 一見難しそうだが、講義の大半は、映像加工ソフトを弄ったり、論文を読んだり、ごくたまにプログラミングをしたりという、なんとものんびりとした学部である。

 別段僕自身は人工知能に興味はないのだが、人工知能関連ゼミが、たまたま〝クラウンズ・ゲート〟の、週に一度のアップデート日時と重なっていたので、そのゼミを迷わず選択した。その曜日と時間帯では、卒業単位が取れるゼミは他に無かった上、そもそも出席するよりも論文……という名の作文レベルでよい卒論を書く方が、僕には楽に思えたのも理由だ。ゼミを選択すると卒論、そのほかには出席の厳しい講義に全て参加すると卒業単位が貰えるというものもある。僕は根っからのひきこもりであるから、出席自由の卒論を選んだ。

 なお就職先では、人工知能つき電化製品――炊飯器等の企画をする予定だ。企画だけなので、当然プログラムすることもない。

 まぁそんな大学生活であるが、僕の学部は入学者全員に、丁度僕の年度からVR接続用のユーザーインターフェイスが試験的に無料配布された。そのおかげで、率直に言って富裕層が多いVRMMORPGのユーザーに、僕もなることが出来た。

 接続装置は、だいぶ安くなってきたとはいえ、まだまだ高額だ。

 僕はあまりゲーム内では、他者のプライベートを聞いたりはしない。能動的にも、受動的に聞く機会がないという意味でも、それは同じだ。だが、大体のユーザー層は分かる。

 富裕層の子息子女、ついで富裕層自身……お金に物を言わせてレベルを上げたり装備がキラキラしたりしている。正直言って羨ましい人々もいる。他には、僕同様、運良くユーザーインターフェイスを手に入れた庶民。庶民の半数は貯金した上で、限定個数しか流通しない品に当選し購入した人々で、残りは、僕同様無料配布された学生である。

 廃人が多いのは、専ら学生だ。
 そのため、年齢層は普通のMMORPGよりは比較的高い。

 だがクラウンズ・ゲートの場合は〝半〟VRであり、他の媒体からもアクセスできるので、全体的に見れば、VRゲームの中では、年齢層が比較的若いのかもしれない。

 他の媒体、例えばポータブルゲームやPCなどからアクセスした場合は、普通の音声通話が可能な3DMMORPGとなる。僕もどうしても外出しなければならない時は、携帯端末でレベルあげをし、必要があれば文字チャットをごく稀にする。

 そんな半VRMMORPGクラウンズ・ゲートとは――。

 ネットワーク接続型多人数同時プレイ可能のRPGで、基本的には【個人クエスト】と【大陸クエスト】を進めながら、自由に遊ぶ代物だ。

 中世欧州風かつ魔法のあるいくつかの大陸を移動しながら、一定区画ごとにフィールドと呼ばれ区切られた所で、BOSSを倒すなどの戦闘を楽しむゲームである。

 VRとして接続すれば、痛みこそ無いが、触覚や視覚・聴覚は再現される。
 味覚や嗅覚はほとんどない。

 例を挙げると甘味は、『甘くない・甘い・激甘』の三種類、それがさらに料理ごとに『不味い・普通・美味い』と掛け合わされて、最終的な甘味の評価は九種類の範囲に分類される。画一的だ。

 勿論食事はゲーム内で食事をとってもHPやMPの回復の役割しか果たさないし、尿意は実際の体に即してあるから、トイレに至っては、装置を外して普通にお手洗いへ行く。

 それから、クエストについて。

 個人クエストは、何をしていいか分からなくならないように、個々人に与えられるそうだ。〝冒険者シナリオ〟として、全員・・にあるクエストの他に存在し、レベルやステータス、異動先によって色々と引き受けられる内容が変化する。

 大陸クエストは、一つの大陸に一本のストーリーとして存在するため、誰か一人や、挑んだパーティがクリアすればOKとなる。個々人がこなさなくても、他のプレイヤーが攻略すれば問題ないということだ。

 噂では【クラウン・クエスト】なる極秘クエストもあると囁かれるが、いまだそれをクリアしたというプレイヤーの話は聞いたことがない。

 他にもゲーム中に意識不明になった人がいるという都市伝説も聞いたことがある。
 ゲーム内に閉じこめられるという言うお話だ――が、この伝説は大抵のVRゲームにはつきものだ。実際にそうした事故を引き起こしたゲームもあるようだが、今のところクラウンズ・ゲートでは、実際に誰かが意識を喪失したとは聞いたことがない。

 そんなクラウンズ・ゲートの世界で、ソロで、あるいはパーティを組んだり、ギルドに入ったりして、自分の職業スキルや生産スキルを高めていくのが一つの遊び方だ。やりたいように個人がやっていいのである。本当に自由度の高いゲームだ。

 その中で僕は魔術師という職を選び、二つまで取れる生産スキルは料理と薬師にした。

 転職は出来ない。
 上位職もない。
 種族も人間しかない。
 海外サーバーもない。

 が、アバターを自由に設定できるので、ゲーム世界には個性的な人々が揃っている。

 元々の顔立ちはスキャン直後の自分自身の顔とはいえ、性別や体型も変えられるので、現実世界ですれ違っても滅多なことでは気がつかないだろう。

 ギルメンでいうと、青兎は海色の髪をしていて、白い兎耳が生えている。獣耳や刺青なども、任意で初期アバターに加えられる。僕の場合はほとんど変えていないが、口元までを覆うインナーと、口元まで降りているローブのフードのせいで、顔自体外界に晒していない。

 職業スキルは全部で六つ。
 聖剣士、聖職者、魔術師、鉄槌使、銃術士、召喚者。

 《血塗れ男爵》には丁度一人ずつ揃っている。

 生産スキルは、アップデートの度に増える。
 料理、薬師、鍛冶、漁業、農業、採取等々。

 初めはmobモンスターを倒して得た製品や誰でも採取可能なアイテムから、料理を作ったり薬を作ったりするだけだったが、今では採取自体もスキルになっていて、採取の専門家もいる。二つしか取れないが、生産スキルは取り直しが出来る。ただし、レベルあげは次第に困難になっていくので、あまり取り直しをする人はいない。

 ちなみにギルドのメンバーについて少し。

 まずは団長の日廻。
 身長178cm、体重非公開、キャラクターは女性だ。
 なお僕は、ギルメン全員の実性別を知らない。
 きまじめで強気と言った感じの頼れる姉御……漢と言ったら怒られそうだ。
 冷静で堅く険しい口調。ある意味武士の気配を漂わせている。
 均整の取れた褐色の肌をしていて、よく筋肉がついており、胸は大きすぎず小さすぎず。
 桃色に見えるくせ毛の銀髪を、後頭部で結んでいる。うなじくらいまでの長さだろうか。
 そして黄土色の瞳だ。何度見ても宝石のようである。

 続いて副団長の赤鐘。
 身長173cm。男性。
 非常に穏和で、そう穏やかで、笑顔以外滅多に見ない。
 ――ただし目が笑っていないことはしばしばある。それはVRでもハッキリと分かる。
 策士というか腹黒いというか……前者だという事にしよう。基本、いい人だ。
 僕が組んだ中で最も頼れる回復役だ。
 以前いたギルドでは駄目人間扱いされたこともあったというのだが、到底信じられない。
 最初から〝策〟を講じる場合は兎も角、基本的に普段は裏表が無く真っ直ぐだ。
 以前いたギルドで疲れたからと言って正直に生きている日廻に代わり、対外関係を一挙処理している赤鐘は、彼がいなければギルドが潰れると言っても過言ではないくらい凄い。
 赤髪で、同色の瞳をしている。細くて華奢だ。

 それから執権の一人目、青兎。
 一応もう一人の副団長は僕だが、実質このギルドのNo.3は間違いなく彼だ。
 身長155cm……兎耳を入れると169cmの少年である。
 中学二年生らしいが、大変大人びていて、赤鐘よりも淡々としている。
 赤鐘と同じように穏和なのだが、何故なのか青兎は、なんでも知っている。
 ゲーム内で彼は〝情報屋〟とされている、らしい。
 僕は何か情報を購入したことはないので真偽のほどは不明だが、よくギルドチャットでその話題が出る。ちなみに僕は、ギルドチャットにも大抵不参加だ。
 海色の髪に、金色の瞳、白い兎耳をしている。人間の耳も側部にちゃんとついている。

 次に執権二人目、粋龍だ。
 身長195cmと大柄で、肩幅も広い。
 黒い髪に焦げ茶色の瞳をしていて、長袖服で見えないが、海辺イベントで見た限り、筋肉がしっかりついている。
 ……あの時僕はローブを着たまま、体育座りで見守ったんだったなぁ。
 ボディビルダーとはまた違うが、女性の筋肉の付き方で最高に凄いのが日廻だとすると、男性No.1は粋龍かもしれない。
 精悍な顔立ちで、好青年という言葉が相応しい。現実世界では自営業だという。優しく気さくだが、モンスターを笑顔で倒していく様は、鬼だ。

 最後が三人目の執権をしている、月極。
 身長176cm、男性。
 今年二十歳になったと聞いたから、本人には伝えていないが僕の一つか二つ年下だろう。日廻と赤鐘と粋龍の年齢は知らない。
 普段は、月極も大学に在籍しているらしい。
 明るく元気で、コミュニケーション能力抜群だ。
 リア充っぽいが、ネットスラングが半端無い。
 チャラい風なのだが、変なところで緊張したりする、あがり症のようだ。
 緑がかった黒髪に、同色の瞳をしている。
 着やせするタイプらしいが、何故なのか実際にはもっと背が低いはずの赤鐘よりも、さらに月極の方が小さく見えたりもする。赤鐘の存在感が大きすぎる可能性もある。

 ちなみに僕はと言えば、身長は173cm……内3cmは靴底に鉄板が仕込んであるアイテム効果だ。実際には170cmというリアルの身長そのままだ。体重は50kgをきらないようにしている日々で、我ながら貧弱だ。髪は短髪で黒、目も黒。肌の色も、スキャンそのままで特に日焼けしてもいない。登録時に飲んでいた発泡酒からとって黒麦。何かと際だつギルドにおいて、まさに平凡中の平凡である。外見だけは、装備で常時顔が見えないので、ちょっとだけ特異かも知れない。

 こんな感じである。

 そうして脳内で整理していると、部屋の扉がノックされた。
 今日は、義理の兄弟との初顔合わせなのである。

 実は、明日が再婚した両親の結婚式だ。
 そして明後日が、引っ越しなのである。

 見事にアップデート日にぶつかってくれた。神様有難う――というか、僕がその日程を母にごり押ししたというか。どうせ結婚式と言っても家族だけで行うし、大安だし。平日だが、母は基本的に土日に仕事をしているので問題ないはずである。寧ろ好都合だったはずだ。母の仕事は、シェフである。そのため家では料理をしたくないらしく、僕は小さい頃から料理を作らされ、そして技術を叩き込まれた。

春秋はるあきさんと冬眞とうまくんが来たから、下に降りてきて」

 その声に、義父である朝霧あさぎり春秋さんと、もちだ見ぬ義兄弟のことを念頭に置く。返事をしてから少しして、僕は階下へと降りた。

「久しぶりだね、若葉わかばくん。冬眞、こちらは若葉くんだよ。今日からお前のお兄さんだ」

 いきなり兄と言われても困るだろうと思い視線を向けると、弟になったという冬眞くんは、案の定、気怠く苛立つような顔でこちらを見ていた。半眼だ。恐ろしい。

 俗に言う金髪碧眼という異国情緒溢れる顔立ちだった。事前情報でクォーターだと聞いてはいた。どうやら髪と目の色彩は天然のもののようだった。日本人的な顔といえばそういえなくもないが、だとしてもあり得ないくらいに整った、端正な顔をしていた。

 どことなく既視感があるようにも思ったが、こんなに綺麗な顔を見たら、二度と忘れない気がするから気のせいだろう。

 冬眞くんの身長は僕よりも高い。

「はじめまして」

 無機質な声で、素っ気なく言われた。

「はじめまして、若葉です」

 僕は精一杯笑顔を取り繕って笑った。
 しかし我ながら頬が強ばり、口元が引きつった気がする。

「冬眞くんはね、飛び級して、既に大学院まで卒業しているそうなの。天才的ね! それで今は、大学の研究室で、難しい研究をしているんだって。大学は海外だけど、なんていったかしら、そうそうVR? あれで、在宅で研究が出来るんだったかな」

 母の言葉に、はぁそうですかと、僕は間抜けに頷くことしかできなかった。

「明後日から一緒に暮らすんだから、家事はしっかり、若葉がしてね。冬眞くんはお仕事なんだから」
「そこは母さんがしようよ」
「無理ね、VRじゃ家事は出来ないんでしょう?」
「だから現実で――」
「言ってなかったかしら? 明日式が終わったら、新婚旅行がてら、〝あちら〟の家に行って、そのまま三年は向こうにいるのよ、私たち」
「あちら? 私たち?」

 僕は母の言葉に、思わず首を傾げた。すると春秋さんが咳払いをした。

「突然のことだけどね、若葉くん。私が暫く海外赴任することになったから、佳奈かなさんにはついてきてもらうことになったんだ。だけどねぇ、放っておくと寝食も忘れてVRに接続している冬眞を一人にするのも不安だから……こうして君というお兄さんが出来て本当に良かったよ」

ええと、これは。

 要約すると、天才らしき冬眞くんとやらと、僕は二人で暮らすという事だろうか。
 冬眞くんの実年齢はまだ聞いていないが、社会人だ。
 その社会人と、もうじき社会人になる僕が、あえて二人で暮らす意味などあるのだろうか。お互い一人暮らしで何か問題があるのだろうか。絶対無いはずだ。無いことくらい、天才的なら分かるだろうと、冬眞くんを見やる。

 相変わらずつまらなそうな、不機嫌そうな顔のまま義弟は俯いていた。

 ――というか、正直、コミュ障の僕には難易度が高すぎる相手なので、一緒に暮らすとか本気で無理ですと、切実に叫びたい。

 が、叫べないまま、翌日、結婚式を終えた。

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